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アイシアの後ろに続き、メルリナとオルガに押される形で、借り上げ邸に足を踏み入れる。
何年も離れていた訳でもないのに、途端に懐かしさが膨れ上がった。
ネイサンから滞在について訊ねられたが、未定である事を伝える。
両親や他の皆も転移紋を使って、直ぐにでも王都の邸に移動してくるだろうし、その時次第になってしまうのは致し方ない…と、ネイサンもあっさりと了承してくれる。
その後はサーペント襲撃時の事を詳しく聞く為に、談話室に向かう事になった。
ヘルガがカップにお茶を注ぐ様子を見ながら、エリューシアは口を開いた。
「サーペント襲撃時の事を教えて欲しいの。
あの報告だけでは詳しくわからなくて……」
簡潔にまとめられた報告書だけで察するのは、どうしたって無理がある。
何より対峙したらしいオルガが居るのだから、直接聞くのが早いと思うのは間違っていない。
エリューシアの問いに、当然の様にオルガが答える。
矢継ぎ早に繰り出される質問にも、澱みなく返答していた。
「なるほど…ね…。
じゃあ死亡者はいないのね?」
「はい。
私はその場を離れた後の事なので、伝聞でしかありませんが、重傷者は聖女とか言う輩が癒したと聞いております」
「その聖女が癒したと言う生徒の名前はわかるかしら?」
「直ちに調べて参ります」
オルガが止める暇もなく退出する。
それを苦笑交じりに見送ってから、エリューシアは同じように微笑みを浮かべて見送るアイシアを見つめた。
視線に気づいたアイシアが振り向き、首を小さく傾ける。
「エルル?」
きょとんと目を瞬かせるアイシアに、エリューシアは無言で何でもないと言う。
(聖女の危険性について、何処まで話せば良いかしら……。
お姉様を怯えさせたくはないのだけど)
「そうだわ。
エルル、貴方も行かない?」
唐突なアイシアのお誘いに、今度はエリューシアの方が目をぱちくりしてしまう。
「こんな騒ぎが起きたでしょう?
だから暫くは、学院自体に立ち入りが出来なくなってしまっているの。
それで明日は買い物にでも出かけようかって話になってね。
一緒にどうかしら?」
領地の皆が王都に新たに得た屋敷に引っ越してくるのは確定事項なので、その手伝いをしなければ思っていたのだが、姉アイシアのお誘いにエリューシアが、首を縦に振る以外の選択肢はない。
どのみち手伝うと言っても、ナタリア達メイド軍団を始めとした使用人達に、手出し無用を言い渡されるだろう。
「まぁ、嬉しいわ。
じゃあ明日は久しぶりにエルルと一緒に居られるのね」
心底喜んでくれているのがわかる、ほわりとした微笑みに、エリューシアはものの見事に心臓を撃ち抜かれた。いや、もしかしたらヘッドショットかもしれない。
(あぁ、やはりお姉様……尊い…)
薄暗い一室にはローブを羽織った何人もの人が、其々作業に没頭している。
一見学院の制服にも見えるが、誰もが羽織っているだけだし、何よりヨレヨレだ。
その中にギリアンが居た。
ギリアン・メフレリエ――メフレリエ侯爵家3兄弟の末っ子である彼は、学院卒業後、塔に職を得ていた。
当人が望んで塔に就職した訳ではなく、半ば拉致のように引き摺りこまれたのだが、逃げ出す程でもないと今に至っている。
メフレリエ侯爵家の現当主ゲウートは、筆頭宮廷魔法士として軍部に属してはいるが、同じく軍部に属するガロメン侯爵達とは一線を画しており、暫定中央に逆らうような愚は冒さない人物だ。
夫人であるオルミッタはエリューシアも面識がある。とても美しい貴婦人だ。
嫡男スロークはゲウートと同じく宮廷魔法士として活躍している。
次男ロベールはラステリノーア公爵家騎士団に所属しているので、馴染み深い。
そして3男ギリアンだが、筆頭宮廷魔法士である父親を凌ぐ魔力を持つので、嫡男同様宮廷魔法士になると思われていたのだが、塔からの横やりでそちらに籍を置く事になった。
魔法も好きだが、それ以上に魔具が好きで、紛う事なきヲタクだった事もあり、本人的には塔でも何ら問題なかったのだ。
そのギリアンの席へ、同じくローブ姿の男性が一人近づいてきた。
「おい、面会人がきてるってさ」
「………ん? ……ん…」
声を掛けられたギリアンの方は、今弄っている魔具の調整に忙しいのか、顔も上げない。
「おーい、聞いてるか~?」
「……んぁ? 今、良い所なんだって…。ここの調整が終わったら試したいんだよ。だからそっちは頼む」
何時もの事だがと呟く同僚男性は、そこで今回は引き下がらなかった。
「おいってば…いいのか?
面会人……メフレリエ夫人だぞ…」
「げ!! 嘘だろ?」
「嘘でこんな事言うもんか。ほれ、さっさと行ってこい」
「うぐ……仕方ない…」
渋々と言った体で立ち上がったギリアンは、廊下に出て1階に向かう。
通称『塔』と呼ばれるだけあって、外観はとても縦に細長い。
しかも所属魔法士達が勝手にフロアを増設したりするので、正確にこの塔を把握している者等いないのではないかと危惧される程だ。
当然、そんな状態なので階段での昇降は不可能に近く、エレベーターの様なモノが設置されている。
無事1階に辿り着いた。
1階は勝手な増設他が禁止されているので、外部の者でも安全に出入り出来る。
外部との窓口に顔を出せば、一番手前の面会室に案内したと教えてくれたので、その部屋の扉を開くと……黒髪の、到底3人の子持ちとは思えない女性が、少女を一人連れてソファに腰を下ろしてカップを傾けていた。
連れられた少女は、夫人と対を成すように白い。
「スミマセン……」
「本当よ、随分待ったわ」
ギリアンは母親であるメフレリエ夫人の隣に座って見上げてくる、白髪の少女に視線を移した。
「コンスタンスまで……」
「ギリアン様、お久しゅうございます」
薄氷のような虚ろにも見える笑みに、ギリアンは肩を竦めた。
「お前なぁ……その寒気のする微笑み、どうにかなんないのかよ」
「あら、失礼ですわね。
お義兄様はそれでも可愛いと言ってくださいますのに」
コンスタンス――アイシア達と同じクラスになった彼女だが、養女なのだそうで、あまり似ていない姉と兄が居る。その兄の方なのだが、妹限定の超絶シスコンで有名なのだ。
「で?
わざわざ塔まで来るって、何か用があるんだろ?」
別に反目しあっているとか言うのではないが、魔法を得意とする家門は幾つかあり、その内メフレリエ家は宮廷魔法士、塔の方はゼムイスト家と言われている。
実際にはそう言う訳でもなく、宮廷魔法士にもゼムイスト家の者は多いし、塔にもメフレリエ及びその縁者はそこそこ居たりする。
単に昔ながらのイメージと言う奴だろう。
「コンスタンス」
メフレリエ夫人オルミッタが、隣に座る白い少女に促すように声を掛ければ、コンスタンスは真顔で小さく頷いた。
「ギリアン様、学院から魔物が運び込まれましたよね?」
コンスタンスの言葉にギリアンはすっと目を細める。
直ぐに室内に視線を巡らせ、防音遮音の魔具が起動している事を確認した。
「本当は御邸の方でお話ししたかったのですけど、お手紙を送っても返事がないままでしたので、オルミッタ様に連れてきて頂いた次第です」
言われて、ギリアンはバツの悪そうな顔をした。
「す…すまねぇ。
ちょーっと忙しくて…な」
「どうせ新しい魔具でも見つけて、それにかかりきりだったんでしょう? 知ってるんですよ?」
コンスタンスは何故かドヤ顔でフフンと笑った。
事実、コンスタンスの指摘通りで、持ち込まれた魔具の調整が面白く、他の事は等閑にしてしまっていたのだ。
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