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勿論、被害者だったからと言って、無関係の他人に牙を剥く事が許される訳ではない。
そんな事を許していたら、あっさり犯罪大国が誕生してしまう。
だが………。
(もし…もしもよ…?
世界の壁をすり抜けてしまったのが事故だったとしたら、聖女はたった一人、誰かの庇護下に置かれる事なく、今まで生き延びたって事に……なるわよね…。
それはどれほど過酷なものだっただろう………)
そう、エリューシアは真珠深としての意識も記憶もあったが、その前にこの世界に正しく生まれた。
両親が居て、最推し姉アイシアが居て、その上恵まれた事にお金にも困る事等なかった。
そんな事を考えてしまい、エリューシアは萎れていく。
しかし、聞こえてきたクリストファの声に、エリューシアは思考の海に潜り始めた意識を現実に戻した。
「身分証……確かにそれも気にはなりますが、今は学院に残った皆を気にした方が良いかもしれません。
魔物だけでなく聖女も学院に現れたと言っていましたよね? 負傷者も居たと…。
ならば聖女はその力を行使したと思われます」
「そうだね……ネルファ殿の言う様に、触れた程度であれば問題ないとしても、手紙だけでは判断出来ない…か」
「私が行きます」
呆けている場合じゃないと、エリューシアはふるりと首を一度振ってから立ち上がる。
「害意の塊であるヴェルメの関与が確実になった以上、それに対抗出来る手段を持つ者が動くべきでしょう。
だけどイル様もネルファも、王都の皆にはまだ紹介もしてない以上、彼等ではなく私が動いた方が早いと思います」
アーネストとセシリアも、一瞬痛みを耐えるかのように顔を歪めた。
頭ではそれが良いと分かっていても、愛する娘が危険に晒される事を受け入れたくないと言った心情だろう。
だが残念な事に彼等も貴族として生きて来た者である以上、物事を無意識に天秤にかけてしまう。
「……わかった。
だが我らも王都の邸に向かおう。
全く猶予がある状態ではなくなったし、転移紋を使って移動しよう」
アーネストが言うと、彼の隣に座るセシリアが怪訝な表情を浮かべた。
「旦那様…王都の屋敷受け入れ準備はもう終わっているのですか?」
「あぁ、それもついさっき連絡が来た。
ずっとクリス君には不自由をかけたね」
エリューシアがきょとんと首を傾げる。
クリストファが不自由? どう言う事だろうと視線を移せば、クリストファはアーネストに微笑みを返していた。
「問題ありません。
それにあぁするのが一番早かったでしょうし」
エリューシアからの視線に気づいたのか、クリストファもアーネストも、揃って顔を向けてきた。
「あぁ、シディルとニーナを借りていたんだよ」
アーネストに言われて『そう言えば…』と思い至った。
クリストファの従者と専属メイドなのだから、ずっと傍に居て然るべきなのに、彼等の姿を最近見ていない…と。
「シディルもニーナも、僕についててくれたとは言え、ずっと王都で暮らしていたからね。
王都で邸宅を探すなら、その方が早いと思ったんだよ。
アッシュやジョイでも良かったかもしれないけど、彼等にお願いしてしてしまうと、その後の影響が大きそうだったからね」
「言われるまで気づいてなかったわ…」
不覚だ…と、エリューシアは少々虚無ってしまう。
傍近くに仕える彼らの不在で、クリストファには確かに不自由を強いてしまっていただろう。そう思うと申し訳なさすぎて居たたまれない。
だが、此処最近は色々とありすぎて、細かな事に気付ける状態でなかった事も事実だ。だからだろう、クリストファは笑んだまま首を横に振る。
「シディルもニーナも、喜び勇んで王都に向かったからね。
何も問題はないよ。
僕は自分の事くらい自分で出来るしね。
成人したら家を出て平民になる予定だったから、その辺りは抜かりないよ」
確かに準備は抜かりなかった。
そうでなければこの年齢で、7階級の冒険者になんてなっているはずがない。
きっと平民になった後は『ゼフィオン』として生きていくつもりだったのだろう。
ちなみに、現在転移紋は王家の管理から離れ、暫定的に各神殿の管理下に置かれている。
使用許可も、各神殿の神殿長の判断に委ねられている状態だ。
いずれ落ち着けば再度議題に上げられるだろう。神殿が力を持ち過ぎても困るのだ。
そんな訳でエリューシアは、一人学院敷地内の借り上げ邸に転移したところである。
クリストファも同行すると言ったのだが、それはイルミナシウスとネルファに止められていた。エリューシアに隠されている何かが関係しているのだろうが、今は信じるしかない。
久しぶりの借り上げ邸を見上げる。
懐かしいと感傷に浸りそうになったが、それより早くメルリナの声が響いてきた。
「お……お嬢様…?
エリューシアお嬢様ああ!!!」
離れている時間が長くなり、会う機会と言えば学院の長期休暇中くらいで、その度にメルリナだけでなく、アイシアは勿論、オルガも花開く様に綺麗になっている。
やっぱり女の子って目の保養よね…等とオバサン臭い事を考えながら、エリューシアは手始めとばかりにざっとメルリナを鑑定する。
(良かった。
メルリナは無事だわ)
メルリナの声を聞きつけたのか、オルガを先頭に、ネイサン達借り上げ邸に居残った面々が庭に出てきた。
「エリューシアお嬢様、出迎えも出来ず申し訳ございません」
オルガの声はいつも通り淡々としていたが、其処にはエリューシアだからこそ気付く苦みが含まれていた。
何の連絡もしないまま転移で飛んできたのだから、出迎え等考えても居なかったが、それでも…といった気持ちなのだろう。
本当に忠義がすぎる。
「謝らないで。
一報も入れないまま転移してきたのは私の方だもの」
微笑みつつ庭に総出となった者達を、次々と鑑定していく。
学院生ではない者達は大丈夫だろうと思っていたが、そこはそれ、念の為だ。
そして借り上げ邸に滞在している、残り2名がゆっくりとやってきた。
「エルル」
その声に、顔を上げる。
エリューシアが愛してやまない深青が其処に居た。
「お姉様!」
妹と言う立場を最大限に生かし、エリューシアはアイシアに飛びつく。
飛び掛かられたアイシアの方はと言うと、そっちもそっちで蕩けそうな満面の笑みを浮かべていた。
互いにギュッと抱きしめ合う。
「あぁ、本当にエルルだわ…私の天使。
少し見ない間に、また綺麗になったわね。
クリス様との婚約が整ったからかしら…ふふ。
本当におめでとう。私もとても嬉しいわ」
開口一番その話が出ると思わず、不意打ちを喰らったエリューシアの顔が見る間に紅潮する。
「ぅぇ…ぁ……その……はい、ぁ、ありがとう…ございます」
何だろう…元よりアイシアに勝てる等と思ってはいないが、更に淑女度が上がっている気がして、全く勝負になりそうにない。
まぁ最初から勝負する気も抗う気も、さらさらないので困る事はない。
そんなこんなでのっけから主導権を握られた感が半端ないが、気を取り直してアイシアとヘルガも鑑定する。
(……お姉様達も大丈夫……本当に良かったわ)
万が一聖女とヴェルメに何かされていても、エリューシアが対抗出来る。とは言えそれも間に合えば…という条件付きなので、不安はどうしても拭えなかった。
だが、実際に確認して、心底ほっと出来た。
ここまでお読みいただき本当にありがとうございます。
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