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クリストファがやってくる前に、ネルファは転移を発動させる。
あまりの慌ただしさに、不信感は弥増すばかりだが、今は目の前の事に当たる方を優先するしかないだろう。
転移で運ばれた直ぐ先に、ジョイとイルミナシウスが立っていた。
送ってくれたネルファは、そのまま再び転移で戻ったのか、直ぐに姿は掻き消えた。
エリューシアの姿を認めるなり、ジョイはくしゃりと、その花の顔を歪める。
「お嬢様……俺…」
「ジョイ、ありがとう」
声を掛けながら小屋へ近づこうとするエリューシアを、イルミナシウスが止めた。
中から扉が開かれないように踏ん張っている人物が居る事等を、簡単にだが説明すれば、エリューシアは目線を落として少し考える。
力づくでこじ開けたり、そっと侵入したりする事等、エリューシアにとっては造作もない事だ。しかし救助だけならそれでも良いかもしれないが、後に色々と話して貰い、もしかしたら協力も仰がねばならないかもしれない相手である以上、出来得る限り強引な手法は取りたくなかった。
そして出した結論は、中の人物達を一度眠らせてしまおうと言う、どこが強引じゃないんだと言う、突っ込みどころ満載な手段だった。
流石にそれは……と渋るエリューシアだったが、咄嗟の事で変装グッズも持ってきておらず、エリューシアの姿は素のままだ。
周囲に人の気配はないとは言え、騒がれる可能性があるのは確かに宜しくない。
仕方なくその作戦を実行すれば、程なく小屋の中からドサリと言う音がした後、静寂が訪れた。
どうやら無事成功したらしい。
ジョイが先頭に立って扉をゆっくりと開ける。
扉の奥、すぐ傍でツヴェナと痩せぎすの男性が眠っていた。
奥の方には、ジョイが追い出されるまで5名が横たえられていたのに、今は1名になっていて、代わりに茶色い染みの様なモノが4つ増えていた。
断続的に上げていた呻き声も今はなく、静かな寝息を立てている。
その様子にイルミナシウスがすっと双眸を眇めた。
「イル様の話だと、奥の方々は……」
『手遅れ』と言う単語を言葉に出来なかったエリューシアが、泣きそうに下唇を噛みしめる。
だが、イルミナシウスから出てきた言葉は、予想だにしないものだった。
「いや、エリューシアよ…。
まずは奥の方から視てみようではないか」
「イル様?」
「……面白い。
全く面白いではないか。
エリューシアよ、其方の力は人の身で持つには不相応じゃが、イヴサリア様が許しているのだ。問題は無かろうよ」
イルミナシウスの言わんとする真意はわからないが、兎に角今は言われた通り、奥の方に横たわったまま眠る1人に近づく。
茶色い染み……いや、木屑が薄っすらと積もって染みに見えているだけのモノに、挟まれるように眠る人物は1人だけ混じっていた女性だった。
エリューシアはすぐ横に膝をつき、鑑定する。
勿論触れたりはしない。
相手は眠っているとは言え、未だに精霊カウンターや精霊防御の発動は、エリューシアの意志でどうにかなるものではないのだ。
その間にジョイは、ツヴェナと痩せぎす男性を、脇へ起こさないよう静かに移動させている。
(………異質なものが体内に……。
何と言うか……そう、高級メロンの表面みたいな!
なるほど……これが人間の身体から色々と吸い上げているのね。
だけど吸いだした先は……まぁ、きっとヴェルメ…だったかしら……其処ね…)
エリューシアが鑑定した姿は、異様な姿だった。
網状の構造物が人の形をとっているように視えているのだ。
だが、まるで休眠でもしているかのように動かない。
生きている……と言う言葉は語弊がありそうなので稼働と言うべきか……しているのは、微かな脈動のような動きからもわかるのだが、侵食は止まっている。
「どうじゃ?」
「稼働はしているようだけど、眠っているみたいな印象を受けますね」
「やはりか」
イルミナシウスの、何かを確信したような言葉にエリューシアもジョイも首を傾げる。
「流石は精霊の愛し子と呼ばれるだけあると言うべきであろうな…。
エリューシア…。
其方の持つ力は、我ら神域に属するモノと同質と言って良いであろうの。
紛う事なき神の眷属じゃな。
人の身には余る力ではあろうが、イヴサリア様が知らぬはずもない……まぁ……も……うがな…」
言葉尻は小さな呟きだったので、良く聞こえなかったが、何にせよエリューシアの力は、イルミナシウス達の力と同質であると言いたいらしい。
「ならば、ヴェルメの残滓を浄化する事も可能じゃろう」
今一つピンときていないような表情を見て、イルミナシウスは小さく嘆息しながら呆れたように続ける。
「本来神の領域に属する力等、生きる命等に行使する等不可能だが、其方なら上手く調整して使えると言っておるのじゃ」
ヴェルメは以前も言われていたように、神にも等しい『紅影の魔女』と呼称される存在が作り上げた作品……害意の塊だ。
永くエリューシアの命を脅かし、この世界に繰り返しを余儀なくさせ、女神イヴサリアを疲弊させ切った存在。そんな魔女が作り上げた作品の一つである黒いナイフ……あれと同じであるなら、人がどうこう出来るものではない。
だが、今、イルミナシウスはエリューシアの力が神の眷属に匹敵すると言ったのだ。
つまり……
「最初は我の力を其方に少しばかり預け、行使させようと思っておったのじゃが。どうやらその必要もなさそうじゃの」
エリューシアがどうにか出来ると言う事だ。
シモーヌやフラネア達による一連の事件当時では無理だったかもしれないが、成長に因るものか鍛錬に因るものかはわからないが、兎に角『今は』可能だと言う事だろう。
ならば躊躇している暇はない。イルミナシウスに頷きを1つ返した後、エリューシアは眠る女性に向き直った。
細心の注意を払い、エリューシアは自身の力を女性の体内へと送り込む。そして女性の内に蔓延る異物を除去、浄化していく。
真剣な眼差しで、魔力を操り、まるで外科医の様に病巣を取り除いていくエリューシアの頬を、汗が雫となって流れた。
息の詰まる様な微細な作業をようやく終え、一息つく間もなく、エリューシアはツヴェナと痩せぎす男性の処置に取り掛かる。
残り2名のそれは、横たわっていた女性に比べれば、あっさりと終える事が出来たが、それでもずっと緊張に晒されていたエリューシアが限界を迎えるには十分だった。
最後の処置を終えた後、エリューシアはその場に頽れるようにして意識を失ってしまう。
駆け寄ったジョイに抱き止められ、地面に伏す事はなかったが、疲れ切っているのだろう、声を掛けても目を覚ます事はなかった。
当然ながら、転移を行使可能なエリューシアが起きないと戻る事も難しい。
ジョイは地中を走行可能だが、だからと言ってこの人数を運んだ経験はなく、正直出来るとも思えない。
となると……と、ジョイはイルミナシウスに視線を移す。
イルミナシウスも多分、恐らく行使可能だと思われる。ネルファは知っているだろうが、それ以外の誰も聞いた事がないのでわからないけれど……しかし意識を失ったエリューシアの隣で、気持ちよさそうに惰眠を貪り始めたのを揺さぶり起こす勇気は、ジョイにはなかった……。
帰還が遅いと心配したネルファが来てくれなければ、そのまま粗末な小屋で途方に暮れていた事だろう…。
ここまでお読みいただき本当にありがとうございます。
リアル時間が少々慌ただしく、隙を見計らっての創作、投稿となる為、不定期且つ、まったりになる可能性が高いですし、何の予告もなく更新が止まったりする事もあるかと思いますが、どうぞ宜しくお願い致します。
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