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押し出され、目の前で扉が閉められる。
もうこうなったら、何時もの様に手紙を飛ばした方が早いと、大急ぎで書いて飛ばした。
羊皮紙そのものが魔具となっているので、間違いなく、しかも速やかに届いてくれるだろう。
だが、文字はかなり端折ったし、所々歪んでしまった事だけは気になったが、もう送ってしまったので後の祭りだ。尤も気にはなってはいるが、心配している訳ではない。きっと解読して理解してくれると信じているから。
その後も、恐らくは寝かされていた別の人物だろう……違う断末魔が断続的に響く。
閉じられた扉は、中から2人掛かりで押さえてでもいるのか、ジョイが揺さぶってもピクリとも動かなかった。
少しして、崩れた箇所から侵入するかと足を踏み出したその時、ジョイの背後で空気が動いた。
ふいに現れたのは、ストレートの艶やかな白髪に翡翠の瞳が鮮やかな美貌の青年――ネルファだ。
彼の小脇にはぐったりとした子供が一人、まるで荷物のように抱えられている。
てっきり以前の様にペンダントを通じて、何らかの信号を発してくると思っていたのだが、予想は裏切られた。
「え、ぁ……」
予想を裏切る形での登場だったが、待ち望んだ姿にジョイの身体からフッと力が抜ける。
「遅い…ですよ…」
「申し訳ありません。
何分、少々梃子摺りまして」
ジョイに返答しながら、ネルファは小屋を見つめた。
「これは……。
私よりエリューシア様の方が適任かもしれません。
直ぐお連れしますので、これ、頼めますか?」
そう言いながら差し出されたのは、未だにぐったりと脱力した子供だ。
「え? だ、だけど…」
ジョイが困惑している事にやっと気づいたのか、ネルファは『あぁ』と一人納得した後に言葉を続ける。
「イルミナシウス様です。
一度寝てしまうとなかなか起きて下さらないので」
しかし起きないからと言って、脱力したまま未だ夢の中を揺蕩う神龍を渡されても、ジョイには何も出来ない。
まさか叩いて覚醒させるなんて所業が、許されるはずはないのだから…。
ふむと少し考えたネルファは、空いた方の手を徐に振り被った。
そのまま空気を割くほどの勢いをつけて、イルミナシウスの後頭部めがけて振り下ろす。
―――スパァンン!!
小気味よい音が響き、ジョイはあまりの光景に言葉を失くした。
「起きて下さい、イルミナス様。
イルミナス様!?
おーきーてーくーだーさーいーーッ!!
はぁ、相変わらず一度眠るとホント寝穢いですねぇ」
呆れたように呟くと、更にバンバンとイルミナシウスの頭を叩きまくる。
最早良い年をした大人が、子供を折檻している図にしか見えず、ジョイは止めた方が良いのかと狼狽えたが、止める前に辛うじてイルミナシウスが反応した。
「ぅ……ぁ…い、たい…だろ…が……」
「何時までも惰眠を貪るイルミナス様がいけないんです」
「そう…言うな……。
この姿の維持は…存外魔力を……ふあぁぁぁぁぁ…むぅ…」
成り行きでラステリノーア公爵邸に滞在する事になった為、人型でいる時間が増えた弊害である。
人型に擬態するというのは、かなり燃費が悪いらしく、湯水のように魔力を消費しているのだそうだ。
のそりとネルファの腕から抜け落ち、地面に何とか降り立ったイルミナシウスは、先程のネルファと同じく小屋の方へ顔を向けた。
「ネルファ、我の力をお前が調整する事は出来そうか?」
ぶっきらぼうに問いかけるイルミナシウスに、ネルファは首を横に振った。
「申し訳ございません。
私の制御では、人間相手だと無傷と言う訳には……」
「そうか……そうだったな。
全く…彼奴もエリューシアに全て話して助力を請えば良いものを…」
「彼の方の場合、心配をさせたくないと切に願われましたし、何より精霊がその身に在ります故」
「そうであったな…徒人と言う訳でもなかったの」
何の話か、ジョイにはさっぱりだが、口を挟める空気ではなかった。
その時、またも悲鳴が小屋から聞こえてきた。
「では私は一度離れます」
「うむ」
ネルファは転移したのか姿は掻き消え、その場にはジョイとイルミナシウスが残された。絶望に喘ぐような声は今も響いている。
何とかならないかと、縋る様にジョイが見つめるが、それに気づいたイルミナシウスは目を伏せて静かに首を横に振った。
「あれ等については手遅れ……だの…。
軽く走査はしてみたが、奥にいる者については、ヴェルメの残り滓の様なモノに侵されきっておる。人の形を此処まで保つ事が出来たのが、最早奇跡に近いだろう。
其処の扉の所にいる2名については、何とか間に合いそうだが……」
「………」
無力感にジョイが項垂れた。
一方、ジョイが急いで飛ばした手紙は既に公爵邸に届いていた。
その手紙は至急で伝えられ、エリューシアが席を立ち、準備を終えて転移先の場所を聞くべくハスレーの名を口にしようとした時、フッと空間が歪む。
咄嗟に身構えるが、歪みから漏れ覗く気配がネルファだと察してエリューシアは警戒を解いた。
すぅっと姿が鮮明になり、出現したネルファは丁度目の前に居たエリューシアに、まずは一礼する。
「大変失礼致しました」
頭を上げて、エリューシアの姿を頭から足まで見て、ネルファは頷いた。
「直ぐ向かえそうですね」
「?」
何だか色々と噛み合っていない気がする。
どう言う意味かと問えば、一連の状況の説明をして貰えた。
要約すると、公爵邸にジョイからの手紙が届くより早く、ペンダントを通じて察したネルファがイルミナシウスを連れて、先行していたと分かる。
「じゃあ場所は既に詳細にわかっているのね。
それは助かるわ」
「はい。私がお連れ致します」
「待って。
ジー……ぁ、クリストファももうすぐ来ると思うから待って」
だが返ってきた言葉は思いもよらない物だった。
「いえ、クリストファ様には此方にお留まり頂きます。
エリューシア様を送り届けた後は、私が直ぐに取って返しますのでご安心ください」
エリューシアがすっとその双眸を細めた。
「この間から一体……ネルファの言葉…いえ、イル様も何か隠しているようだし……まさかと思うけど、ジールに何かあると言うの?」
何時だったか…確かネネランタやディオン達から聖女の話を聞いた後だったように思う。
その時、何故かイルミナシウスから唐突に心配するなとか何だとか言われたのだ。何についてなのか、問うより早く背を向けられて、少しもやもやした事を覚えている。
「もしジールに関する事だと言うなら、お願い…隠さないで」
「エリューシア様……」
「何か良くない事があるの?
どうして教えてくれないの?」
「エリューシア様、貴方様の御気持ちは痛い程……ですが、今はお急ぎを。
必ずお話しさせて頂きます。
ですから、今はどうか…」
「ぁ……」
そうだった。
今は急いで向かわねばならないのだった…。
エリューシアは苦し気に唇をきつく噛み締めた。
ギュッと堪えるように手を握りしめ、そして諦めたように力を抜く。
「……わかったわ…。
だけど、必ずよ?
必ず話して……お願いだから…」
「はい」
ここまでお読みいただき本当にありがとうございます。
リアル時間が少々慌ただしく、隙を見計らっての創作、投稿となる為、不定期且つ、まったりになる可能性が高いですし、何の予告もなく更新が止まったりする事もあるかと思いますが、どうぞ宜しくお願い致します。
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