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ぐるぐると一人脳内会議に勤しんでいると、名を呼ばれている事に気がついた。
ハッと顔を上げれば、隣に座るクリストファが心配して覗き込んでいる。
どうやら思考の海にどっぷりと嵌り込んでいた為に、かなり心配させてしまったようである。
「ごめんなさい」
「大丈夫? 気分が悪い?」
心配するクリストファの声音に、対面に座る両親も眉根を寄せていた。
「大丈夫よ。ちょっと考え込んでしまってただけ」
エリューシアの言葉にアーネストが微かに目を細めると、何を考えていたのかと突っ込みが入る。
別に隠すような事でもないので話してしまう事にした。何より言葉にする事で、新たな発見や視点に気付くかもしれない。
「魔物の出現タイミングについて考えていました。
私の推測、憶測が入りますから、正解とは当然言えません。ですので一つの可能性としてお聞きください」
「わかった」
「えぇ」
両親が頷くのを確認し、未だ心配の表情のままのクリストファにふわりと微笑んで見せる。
「学院内警備担当の衛兵の備品が盗難にあったと言う事を踏まえ、この魔物騒ぎは人為的な騒動ではないかと考えました。
しかし、人目を誤魔化す為か何なのか、その理由はわかりませんが……仮に、怪しまれないように衛兵に偽装して行った事であるなら、ゴブリンアーチャーの討伐後、暫く時間を置いてからもう少し強めの魔物を放つのではないかと……それがこうも短時間に、しかも一足飛びにサーペントと言うのが、どうにも焦りの様なモノを感じてしまって…」
「僕も同じように感じます。
聖女とか言う人物の出現も、あまりにタイミングが良すぎますし……穿ち過ぎかもしれませんが、聖女登場の為の演出の様にも思えます。
もし本当にそんな事の為に怪我人まで出したと言うのなら、到底許す事の出来ない所業です……叶う事なら、その読みは外れていて欲しいと願うばかりですね」
どうやらクリストファも違和感を感じていたようだ。
「ふむ……確かに狙ったような登場には不信感が拭えないね。
それに騒動の原因たる魔物の出現場所も、ね……ベルク君からの報告も同封されていたんだが、現場となった森は元々、学院生に怪我をさせる訳にはいかないと、完全管理されていた森らしい。
過保護が過ぎると言わざるを得ないな……この国の未来を担う貴族の子息子女が、スライム相手でしか戦えないと言うのは……流石に情けないにも程があるだろう…」
「まぁ、今の学院ではスライムしか相手にしませんの?
それではこの国の安全を守れませんわ」
「セシィの言う通りだよ。
とは言え、私達の在学中も大差なかったかもしれないね……まぁそれでもスライムだけと言う事はなかったが……」
「はぁ、そんな子供達が今後を担うとなると…各辺境家の負担は更に増える一方になりそうですわね…」
アーネストが憮然と言い放つと、セシリアも思う所があるのか。普段の温厚さが少々鳴りを潜めているように思われる。
「お父様、一度学院へ出向いても構いませんか?」
「エルルが行くつもりなのかい?」
エリューシアが言い出すと、アーネストは眉間に皺を寄せて考え込んだ。
隣に座るクリストファも難しい表情で固まっている。
「はい…私が、というよりイル様やネルファを連れて行きたいと思います。
聖女が彼らの探すヴェルメと関わりがあるのなら、現場に赴けば残滓なりとも感じられるのではないかと思ったものですから」
「ふむ……。
確かにそれは考慮すべきか……だが…うぅん…いや、やはり危険だ。
エルルもさっき言ってただろう? 犯人が居るとするなら、焦りを感じると。
私もその意見には同意だよ。
だがその焦りが何処から来ているのか不明な現状、エルルを学院に向かわせる事は許可出来ない。それ以前に、もうシア達も帰領させようかと考えているんだよ」
アーネストの言葉に目を丸くしたのはセシリアだった。
「まぁ、旦那様…流石にそれは嫌がられるのではありませんか?
まだ卒業ではありませんし、ベルクと離れるのはシアが悲しむのではないかと思うのですが…」
セシリアの意見にアーネストは口をへの字に曲げて考え込むが、暫くしてやはりと言うか、首を横に振った。
「卒業に関してはベーンゼーン副学院長と相談してみよう。
しかしだな…」
アーネストが続けようとしているその時、遮る様に扉がノックされる。
「何だ…?
…入れ」
許可を出すと、開かれた扉の先にハスレーが頭を下げて立っていた。
「ハスレー、何かあったのか?」
「お話の邪魔をしてしまい、申し訳ございません。
ジョイが戻ってきたのですが……」
言葉を濁す様子に、室内の一同は互いに顔を見合わせる。
「ありのままを言って構わない。
何があった」
「はい…。
ジョイから急ぎでエリューシア様とイルミナシウス様、ネルファ様に来訪頂きたいとの申し出がございました」
ジョイは聖女調査に赴いてくれているはずで、何時もの報告ならアッシュ経由で持ち込まれるだけなのに、今回は公爵家の執事長であるハスレーが動いた。
しかも『急ぎ』という言葉が盛り込まれたと言う事は、かなり切羽詰まった状況ではないかと想像出来る。
その為か、エリューシアは勿論、クリストファ、アーネスト、セシリアも揃って息を飲んでいた。
「直ぐに向かうわ。
場所の指示か指定はあるのでしょう? それは書き出しておいて」
息を飲みはしたが、すぐさま気を取り直し、エリューシアは立ち上がる。
「それとハスレー、申し訳ないのだけど、イル様達へのお願いも任せても良いかしら?
私は直ぐ準備にかかるから」
「承知致しました」
ハスレーは一礼をするや否や、直ぐの扉を閉めて行った。
「僕も準備をするよ」
クリストファも立ち上がると、エリューシアはホッとした様に微笑んで頷く。
「えぇ。
それではお父様お母様、慌ただしく辞する事をお許しください」
「あぁ、気にすることはない。
だが、十分気を付けて行くように。無茶をしてはいけないよ? エルル達の身の安全が一番大事なのだから」
「クリス、どうかエルルをお願いね」
エリューシアとクリストファは頷くと、そのまま部屋から出て行った。
残されたアーネストとセシリアは、酷く不安気な面持ちでそれを見送る。
「旦那様……一体何が…」
「わからない。
だがジョイが急ぎでなんて言ってくるのは初めての事だ…。それだけで不安になるが、今私達に出来る事は殆どないと言う事だけは…確かだろうね……。
兎に角無事を祈ろう」
「……はい」
―――少し時間は遡り……。
ジョイは川向うの森にまで足を延ばしていた。
さっきまで調査していた森は、植物型の魔物もそこそこいて、それもあってこの近辺の土地は痩せてしまっているのだろうと思われた。
植物タイプの魔物は、大地の魔素を吸い上げてしまうのだ。
しかし、今調査している森は、最早森の体を成してはいない。
川も、地形や周囲の様子から元々は川であっただろうと推測できるだけで、すっかり干上がってしまっており、足場の悪い溝にしか思えない程だ。
森を形成するはずの木々はどれも立ち枯れていて、いっそ不気味に見える。ただ、そのおかげか魔物の姿もかなり少ない……いや、見ないと言って良いだろう。
そんな風景を一望し、ジョイは苦り切って独り言ちた。
「こっちに足を延ばしたのは無駄だったかな…。
いや、そう言う予断を持つのは良くないね。考えようによっては、こっちの方が魔物の脅威は少なそうだし」
念の為、気配を殺して足を進めると、赤茶けた色が目に飛び込んできた。
ここまでお読みいただき本当にありがとうございます。
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もう誤字脱字他諸々のミス、設定掌ぐる~が酷い作者で、本当に申し訳ございません。見つければちまちま修正加筆したりしてますが、その辺りは生暖かく許してやって頂ければ幸いです<(_ _)>