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邸内が酷く慌ただしい。
それもそのはずで、明日には王都へ向けて出立する為、荷造りやらの旅の準備に忙しいのだ。
エリューシアは、小物類を鞄に詰め込んだ所で手を止める。
徐に立ち上がり、もしかしたらもう…という思いで、つい室内を見回す。過った感情に少し自嘲しつつ、気分転換をしようと部屋を出た。離棟の自室を出て庭を通り本棟へ向かう途中、丁度散歩に出ていたらしい伯父フロンタールと出くわした。
「あぁ、エルルじゃないか」
「伯父様、御加減は如何ですか?」
長らく意識不明のまま寝たきりだった弊害はやはり重く、未だに車椅子での生活を余儀なくされているが、発声等はそれなりに回復しており一安心と言った所である。
「今朝もリハビリに精を出していたんだが、なかなか…だな」
フロンタールが眉尻を下げて苦笑を浮かべると、彼の後ろに控えていた青年が笑いながら首を振っていた。
「何をおっしゃいますか。
フロンタール様のリハビリの進み具合には驚きです。
今朝なんて2歩も歩けたんですよ!」
若干興奮気味に話す彼は、王都の中央治療院で伯父を担当してくれていた魔法治療師の青年で、フロンタールが公爵領へ帰還すると決まった時に、あっさりと同行を決めた人物だ。
彼の名はタリード――タリード・ヨラダスタン。
王都の警備隊長を務めるヨラダスタン隊長の年の離れた弟である。
「それは……凄いです、伯父様!」
「おいおい、大袈裟だな。
まだたったの2歩だよ」
エリューシアが尊敬の眼差しを送れば、照れたようにフロンタールは首を振った。
だが純粋に凄いと思う。
ついこの間までの事を思えば、自重を支える筋肉も骨も衰え切っていたはずで、例え2歩でも歩けると言うのは驚嘆すべき事だ。
しかもエリューシアが知る限りでは、弱音も愚痴も吐いているのを聞いた事がない。
「そう言えば出立は明日だったかな?」
「はい」
ゆっくりと進みだした車椅子に合わせて進むと四阿が見えてきた。
車椅子をタリードが四阿で止めると、フロンタールはエリューシアをお茶に誘った。
「こんなおじさんとで申し訳ないが、良かったら一緒にお茶でもどうかな?」
「まぁ、おじさんだなんて。
勿論喜んで」
エリューシアも近くの椅子に腰を下ろす。
実際、流石アーネストの兄と頷ける顔面偏差値で、疾うに30は越えているはずだが、とてもそんな年齢には見えない。
線が細く怜悧な美貌が際立つアーネストの目元を優しげにした感じで、恐らく人受けはフロンタールの方が良いだろう。
タリードがお茶の準備に離れていくのを見送っていると、フロンタールも見送りながら口を開いた。
「エルル……」
「はい?」
フロンタールはそのまま、何かを耐えるように目を伏せる。
「色々と聞いたよ。
王都に向かうなら、リムジール達との対立は避けられないだろう…」
「……はい」
気持ちを切り替えるように、フロンタールは深呼吸をしてから薄く微笑んだ。
「私は幼い頃から良く王城に連れて行かれていた。
早々に辞したが、元々ホックスの側近候補だったんだ。おかげでリムジールともよく遊んだよ」
エリューシアは伯父が何を言いたいのかを考えるが、その隙を与える事無くフロンタールは続ける。
「アーネストやセシリア夫人より、きっと私の方がリムジールの事は知っているだろう。
だから、気をつけなさい。
アレは…リムジールは大人しく等していないだろう。
幼い頃はもっと顕著だった。
ホックスの影で我慢を強いられ抑圧されて成長したんだが、ホックスを立てながらも、自分が褒められ認められる事でアレは自分を保っていたように思う。
まぁ、そうでもしないとやってられなかっただろうと言うのは、理解に苦しくはないのだがな。
卒なく熟してきたせいで、本当に叱られた事がないんだろう。
何と言うか……大きな駄々っ子とでも言えば良いか……」
「……伯父様…」
フロンタールは大きな手でそっとエリューシアの頭を撫でた。
「君達なら大丈夫だと思ってはいるが……必ずクリス君と幸せになるんだよ」
「!
………まぁ、まるで今生の別れみたいにおっしゃらないで下さい。
伯父様も、公爵位を父から引き継がないのだとしても、暇出来るだなんて思わないで下さいね?」
「はは、エルルには敵いそうにないな」
そうしていると、茶器一式を抱えたタリードが戻ってきた。
その後ろには途中で会ったのか、クリストファの姿も見える。
それから4人で暫しお茶を楽しんだ後、自室へ戻って行くフロンタール達を見送り、クリストファと共に本棟の方へ向かっているとサネーラが小走りに近づいてきた。
「お嬢様」
「どうしたの?」
「旦那様と奥様がお呼びです」
エリューシアとクリストファは互いに顔を見合わせる。
サネーラに場所を問えば談話室だと言うので、急いで其方に向かう事となった。
談話室の扉を開けば、顔色を悪くしたアーネストとセシリアがソファに身を沈めていた。
「お父様、お母様……何かあったのですか?」
「顔色が悪い…少し休まれた方が…」
クリストファの気遣うような言葉に、2人共首を横に振った。
「大丈夫だ」
「エルル……クリス君も座って頂戴」
セシリアから促され、エリューシアとクリストファも、テーブルを挟んだ対面のソファに腰を下ろした。
テーブルの上には手紙が広げられている。
「学院で……騒ぎがあったらしい」
ポツリと零されたアーネストの言葉とその顔色の悪さに、室内の空気が張り詰めた。
「何が……何があったのです?」
エリューシアが絞り出すように問えば、セシリアが小さく溜息を吐きながら答える。
「学院で怪我人が出たらしいの」
「「!!」」
思わず腰を浮かせてしまったエリューシアを宥めるように、セシリアが話を続ける。
「大丈夫よ。
シア達は無事だわ」
ホッとした様に張り詰めた空気が緩むのを感じる。
「だが、どうにもキナ臭くてね」
アーネストの方へ顔を向け、次の言葉を待つ。
「昼休みの時間に想定外の魔物が出現して、それが暴れたらしい…。
どうやらそれ以前から色々あったようなのだが…学院に『聖女』とやらが現れたとも書かれていてね…」
「「……は?」」
思いがけない話に、エリューシアもクリストファも考えが追い付かない。
「色々と言うのは?」
「聖女が何故…」
「まだわからない部分も多いが…」
そう前置きをして、テーブルに広げられた手紙の内容をエリューシアとクリストファに、アーネストが話して聞かせた。
一通り聞き終えて、エリューシアは自身の唇に指先を押し当てて考え込む。
(予備として保管されていた衛兵の制服や腕章の数が合わなくなっていた……。
つまり、前もって学院に侵入する準備を整えていたと言う事よね?
学院の敷地内と言っても衛兵ならうろついていても不審ではないもの。
そうして学院に強い魔物を解き放った…と言う事? 何の為に? 学院に騒動を起こして……あぁ、聖女…聖女とやらのデモンストレーションの舞台にされたと考えるなら、一応筋は通るわ。
だけどゴブリンアーチャーが出現した直ぐ後にサーペント?
何故そんなに間を置かずに出現させたの?
折角侵入を容易くする準備をしたのに、そんなに急いで騒動を起こせば、誰かの故意を疑われるのは間違いないでしょうに……。
ぁ……だけど学院の森ってどの程度の魔物が居るのかしら……私はスライムくらいしか見た事がないのだけど、現時点での普通の状態と言うのがわからない……態々報告して来てると言う事は、きっと私が知ってる時点と変わりないと思って良いのだと思うけれど…)
ここまでお読みいただき本当にありがとうございます。
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