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冷めた笑みでマークリスを往なし、コンスタンスは廊下に出ると軽く顎を上げそっと瞼を閉じた。
それは一瞬の事で、瞼を開くと同時に迷いなく足を進める。
上位棟を出て通常棟の方へ向かう道の途中で脇道に入り込むと、直ぐに飾り気のない建物が見えてきた。
それは倉庫として使われている建物だった。
出入りするのは原則教職員のみとなっているが、生徒の出入りが完全禁止されている訳ではない。
一階部分は教職員の手伝い等で生徒も出入りする事がある。
尤も、普段は施錠されていて、好きに出入りできる訳ではない。ただ、最上階と地下に関しては完全禁止されている。
理由は簡単で、危険物や各種備品等が保管されているからだ。
だが、先日発覚した衛兵の制服他の紛失騒動のおかげで、現在は危険度の高い物や希少な物、紛失しては不味い物等は、副学院長ビリオーの指示で別の場所に移管される事になり、現在は空いた場所も多いはずと考えた。その為大型な魔物であるサーペントを運び込むなら此処だろうと当たりを付けたのだが、どうやらその読みは外れていなかったらしい。
首を巡らせ周囲を窺うが、人の姿はない。しかし話声が何処からともなく聞こえてくる。それは徐々に近づいて、話の内容も聞き取れる程になった。
どうやらこれからサーペントが運び込まれるらしい。
近くの木の影に隠れ、コンスタンスは様子を窺っていると、話声と共にガラガラと荷車の音が近づいてきた。
「(しかしまぁ、流石は高位貴族様だな)」
「(全くだよ。確か上位棟の生徒だろ?)」
「(倒したのはその子じゃないらしいけどな。将軍閣下の御息女らしい)」
「(へぇ)」
そんな話をしながら衛兵達が建物に近づいて鍵を開けている。
そして布が掛けられた何かを載せた荷車と一緒に、建物の中へと入って行った。
暫くして衛兵達が荷車と共に出てきたが、それに乗っていた物体は無くなっている。倉庫の何処かに置かれたのだろう。
施錠してから立ち去って行く衛兵達を見送り、周囲に人の気配がなくなった事を確認してから、コンスタンスはそっと扉に近づく。
何やらポケットから取り出し、ゴソゴソしていたかと思うと、あっさりと施錠されたはずの扉を開いていた。
開いた隙間から中へと侵入を果たし、後ろ手に閉めれば、倉庫内は耳が痛くなる程の静寂に包まれる。
一階部分には窓があり、然程暗くは感じない。階段の上の方を見れば階上の様子を見るのに苦労はないので、恐らく二階も同じように窓があると思われた。
ならばサーペントの死骸は地下だろうと考える。
窓から差し込む光で温度が上がれば、腐敗が進んでしまうのは当たり前の事なので、窓がない冷暗所というのはごく普通の判断だ。
勿論一階や階上に窓のない小部屋があるなら其処も候補になるだろうが、まずは地下から探せばよいとコンスタンスは地下へ続く階段に近づいた。
地下への階段前には柵があり、施錠されているが、これもあっさり開錠に成功する。
「拍子抜けする程あっけないのね…」
つい独り言が洩れるが、身を翻して階段を降りていく。
恐らく暫くすれば『塔』の者達が死骸を引き取りに来るだろう。骸を調べるならそれまでの間に済ませるしかない。
少し進んだ所で、無造作に置かれた物体を見つける。
布をかけられた其れは、先程運び込まれた物体に間違いないだろうが、残念な事に窓のない地下で階段から離れた此処は、もう光量が乏しく、灯りを用意しなければ何も見えなくなりつつあった。
「ライト」
コンスタンスが小さく呟けば、照明代わりの小さな光球が現れた。
布をそうっと剥がしてざっと観察する。刺し傷からの流血も生々しく、鱗に覆われた胴体が露わになった。
教室でオルガが話していた内容と齟齬はない。
「ふーん…だけど拘束したと言う紐状の物は見当たらないのね。
刺し傷自体に不可解なところはない…爛れてもいないし、腫れてもいない…。
だけどサーペントと言う存在自体が怪しいのよ。
だから、見せて頂戴ね」
コンスタンスは言うや否や、骸の胴体に手を添えてその双眸を閉じた。
「走査」
少ししてから、コンスタンスはゆっくりとその目を開く。
生気のなくなったサーペントの顔部分へ近づき、その額辺りをじっくりと観察する。
「違和感は此処よね。
でも見た感じ何もないように見える…と言う事は中…じゃあ出番よ、今日は大忙しよね」
邪気のない笑みを浮かべたコンスタンスが、先程と同じようにポケットに手を突っ込んだ。
そして取り出した時、その手には黒く細い……だが無数に短い脚を蠢かせるモノが纏わり付いていた。
「タオゼント君、じゃあよろしくね」
コンスタンスの手からするりと離れた百足の様な其れは、サーペントの口から体内へ潜り込んでいく。
暫くすると、コンスタンスが違和感を感じると言っていた額部分の鱗が微かに蠢きだした。
少しして不気味な動きが落ち着いたと思ったら、サーペントの口から先程の百足…コンスタンスがタオゼントと呼んだソレが姿を現す。
尾を巻き付けるようにして、小さな何かを運び出してきたようだ。
血や肉片が残るその物体を、コンスタンスは百足から平然と受け取る。
「これが額の所にあったのね?
何かしら……魔石ではないし……兎に角鉱物系じゃないのね。かといって腫瘍とか生体由来って感じでもなさそうだし…」
コンスタンスは走査と呟くが、眉根を更に寄せる結果となった。
「何なの…視えないし…何だか靄みたいに掴みどころがない感じね。
見た目は……あぁ、そう、種って感じが一番近いかも」
確かに直径が1cm程の其れは、丸く茶色い物体で、表面は凹凸があり、硬い表皮に覆われていて、植物の種の一種に見える。
「でも……種?
種を使うスキルって事? うぅん…そんな話、聞いた事がないのよ。
タオゼント君はどう思う?」
さっきと同じようにコンスタンスの手に絡み戻った百足ことタオゼント君に、彼女は会話を投げかけた。
どう考えても会話は成立しそうにないにも拘らず、どうやら彼女達の間では会話が成り立っているらしい。
「微妙な波動ですって?
そんなの感じないのだけど……もしかして、かなり危険な代物なの?」
会話形態の独り言は、傍から見ればかなり……いや、とんでもなく奇怪だ。
「でも封じとか、私には無理だわ…。
え? あぁ、そうね……確かに『塔』の魔法士ならなんとか出来るかもよね。じゃあタオゼント君、折角持ち出して貰ったのに悪いんだけど、元の位置に戻してきてくれる?」
巻き付いていた百足は、さっきと同じく持ち出してきた物体に尾を巻き付け、スルスルとサーペントの口に入って行った。
「でも…そうよね。
バーネットの次代様が話してた内容も考えれば……んふ♪ まずは報告よね」
危険物らしい種のような物体を、元の位置に置いてきたようで、タオゼントが死骸から出てくる。
手を伸ばしポケットに戻すと、何事もなかったかのようにコンスタンスはその場から去って行った。
ここまでお読みいただき本当にありがとうございます。
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もう誤字脱字他諸々のミス、設定掌ぐる~が酷い作者で、本当に申し訳ございません。見つければちまちま修正加筆したりしてますが、その辺りは生暖かく許してやって頂ければ幸いです<(_ _)>