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魔物が正体不明の少女によって拘束され、同じく正体不明の騎士達によって制圧されたところまでは見ていたが、その後どうなったのかはわからない。
オルガはコンスタンスに探るような視線を向ける。
「どうしてそんな事を気にするのです?」
問われたコンスタンスの方は何処吹く風と言った具合で、オルガからの視線を平然と受け止め、全く気にする様子がない…それどころか薄く笑みまで浮かべている。
「サーペントなんて、文献や物語の中にしかいない存在でしたもの。
本物が見られると言うなら、見てみたいと思っても不思議ではないでしょう?」
さらりと返された言葉に、ソキリス達が反応した。
「ソナンドレ嬢は豪胆なんだな。
サーペントなんて恐ろしい魔物を見てみたいだなんて」
「でもまぁ、俺もちょっと見てみたいかも。
だってカッコイイじゃん!」
バナンの能天気なセリフに、ソキリスだけでなくポクルやマークリスも、呆れた様な微妙な表情を浮かべている。
尤も、そんなバナンのおかげで、教室内の緊張した空気が和らいだのは事実だ。
「残念ですが、すぐその場を離れましたので、どうなったかまでは確認出来ておりません」
オルガの返事は淡々としたものだ。
「そうでしたか…お教え下さり、ありがとうございます」
納得したのか、コンスタンスはそれで引き下がってくれた。
その後少しして、今日は帰宅、帰寮するようにと指示が出たので、アイシア達も帰路につく。
流石にもう何事もないと思いたいが、万が一があるといけないと言って、ベルクも借り上げ邸まで同行してくれる事になった。
ベルクとしては気になっている事もあったらしく、校舎から十分離れて人の気配がなくなった頃問いかけてくる。
「それで、さっきあの場を急いで離れた理由と言うのは?」
問いかけられたオルガは、少し周囲の気配を探ってから答えた。
「聞こえてきたのが面倒な人物の声でしたので、離れた方が良いと判断しました」
「面倒?」
ベルクが訊ねるより早く、メルリナが反応した。
「えぇ……ガロメン侯爵だったんですよ」
「うぇぇ…なんであのキンピカ蛙が学院に?」
オルガが渋面で絞り出した名前に、メルリナが心底嫌そうに、口をへの字に曲げた。名を呼ぶのも嫌なのか、意味不明の名称を用いている。
「ガロメン侯爵って王城近衛の?
でもキンピカ蛙って……」
アイシアがコテリと首を傾げた。
「だってあのお腹、蛙の鳴嚢みたいって聞いてから、そうとしか見えなくなっちゃって…えへ♪
プクゥ~って膨らんでて、もうそのものですよね!」
メルリナの言葉を正しく想像したのか、アイシアは吹き出すし、オルガは能面が引き攣っていた。
どうやら命名はメルリナではないようだが、正しく表現されていている。
そしてそんなガロメン侯爵を、どうしてオルガが面倒だとか、品がないと知っているかと言えば、実はエリューシアが北の辺境家に避難していた時に、一度押し掛けてきた事があるからなのだ。
理由はと言うと、当時はまだ散財ゴミ王家が健在で、何かにつけて馬鹿な事をやらかしていたのだが、前王ホックスが何を血迷ったのか、大型魔物を調達して来いと、王城近衛に無茶振りをした事があったのだ。
どうやら自分の指揮で討伐したのだと、嘘の自慢パレードをしようと思いついたらしいのだが、当然王城近衛に大型の魔物を自力調達出来るような力量はなく、辺境伯家に話を持ち込んできた。
しかも北の魔の森の魔物は特に大柄で見栄えがすると言う、正気を疑うような理由で、だ。
当然、北の辺境を守護するネイハルト家はこれを拒否したのだが、最初の使者に断りを入れたにも拘らず、何度も使者を送ってきた挙句、とうとう最後には将軍であるガロメン侯爵自身が直々に乗り込んでくるという暴挙に出る始末。
更には先触れもなく来訪と言う、失礼極まりない行いをしたのだが、それだけでは飽き足らず、ネイハルト家当主夫妻を前にごねまくると言うとんでもない所業をしてのけたのだ。しかも数日にわたって居座り、絡んで暴れてくれた。
最終的には追い返されたのだが、そうされながらも喚き続けるガロメン侯爵の後ろ姿を冷めた目で見送っていた夫人が呟いたのだ。
『まぁまぁ、なんて煩いんでしょう。
それにあの鎧、なんですの? 丸みを帯びるなんて可愛いものじゃなく真ん丸じゃないのよ。
あぁ、そう、まるで蛙の喉みたいじゃない?
あら…良いわね。
ゲコゲコ煩くて耳障りな蛙……そのものズバリじゃない?
でもただの蛙じゃ面白くないわ。
ん~ぁ、キンピカ蛙ってどうかしら?
品がなさ過ぎて置物にもなりそうにないけれど」
そう…命名は北の辺境伯夫人である。
ちなみにキンピカとつけられているのは、ガロメン侯爵が好んで装備する鎧に起因している。
彼が指揮する王城近衛は通常白をベースに、縁飾りや飾り紐が金色と言う構成なのだが、将軍と担がれている彼は金色をベースに、飾り部分は白や銀を配すると言う、上品とは言い難い配色になっているのだ。
つまり『キンピカ蛙』と言うのは、そう言った諸々ひっくるめて揶揄したものと言える。
そんな話を聞いて、ベルクは疲れた様に溜息を零した。
「なるほど…あれが……。
うちでは問大臣と呼ばれていたが……」
大臣ではなく将軍だが、何処に行っても問題児なのは間違いないようで、東の辺境伯家でも名を呼んでもらえない程嫌われているらしい。
ベルク自身はガロメン侯爵と面識はなく、顔も知らなかったようだが、向こうが知っている可能性もあったので、絡んできたかもしれないとオルガから説明された。
そんなアイシア一行を、教室から見送る少女が一人。
その少女に、近づいてきたのはマークリスだ。
「ソナンドレ嬢」
くるりと振り向きざま、少女の絹糸の様な純白の髪がふわりと舞い踊る。
「副学院長に聞いてきた。
魔物の死骸は今運んでる所だって…地下の倉庫に保管するらしいよ」
少女は微笑を浮かべてカーテシーをする。
「ありがとうございます」
そう言うや否や、するりと通り抜けようとするコンスタンスに、マークリスは問いかけた。
「待ってくれ……君は一体何者なんだ…?」
声に足を止めたコンスタンスは首を巡らせてマークリスと見つめると、にこりと笑う。
「ボーデリー様、私の詮索は無用と母君から言われませんでしたか?」
「……」
口元は笑みの形に固めたまま、その目を細める。
途端に言いしれない……名付ける事が難しい感情に、マークリスは支配された。
「何はともあれ、情報ありがとうございました。
それでは失礼しますね」
教室を静かに出て行くコンスタンスの背中を、黙って見送る事しか出来ないマークリスだった。
ここまでお読みいただき本当にありがとうございます。
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