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先を急ぐオルガは、メルリナなら何処へアイシアを避難させるかを考える。
借り上げ邸か教室か…どちらかだと見当をつけ、まずは教室を目指す事に決めた。上位棟の建物が近いので其方に向かうと、入り口にメルリナの姿が見える。
「あ、オルガ」
メルリナもオルガの姿に気付いたようで、手を振っている。
後ろにベルクが続いているのは想定外だったのだろう。視認するや、慌てて一礼をする。
「メルリナ、感謝します。
それでアイシアお嬢様は?
この付近で騒動は起こっていませんか?
あぁ、不審者や不審物等は確認していますか?
他には……」
矢継ぎ早に質問を繰り出すオルガに、メルリナは苦笑を漏らしつつ答えた。
「あ~アイシアお嬢様は教室に。
クラスメイトの皆様も教室内で待機して貰ってるよ。
この付近は一応静かなモノだね。
警備の衛兵が増員されて、教室前を固めてくれてるけど。
一通り見回ったけど不審者や不審物は見てない。だけど見落としがないとは言えないかな…あまりアイシアお嬢様の傍を離れる訳にもいかなかったからね」
「いえ、十分です」
オルガとメルリナのやり取りに、ベルクの方が呆気に取られているようだ。
高位貴族のメイドと護衛騎士とは言え、辺境と違い日々危険に晒される事等なかっただろうに、手際が良すぎて吃驚したのだろう。
そんなベルクが思わずと言った調子で口を開く。
「流石はラステリノーア公爵家と言うべきか……御令嬢であるのに凄いな…」
ベルクの言葉の意味がわからず、メルリナはきょとんとしているが、オルガには何かわかったのだろう。
「エリューシア様付きとして、このくらい最低限でございます」
言いながら深々と一礼するオルガに、『ぁ、あぁ…』と返事とも言えない反応しかベルクは返せない。
そんなやり取りの声が聞こえたのか、教室から窓を開けてアイシアが顔を覗かせた。
「ベルク様!」
「シア…無事で良かった」
窓辺に駆け寄りホッとした様に零すベルクに、アイシアはふわりと微笑む。
「はい、大丈夫ですわ。
メルリナが護衛についてくれましたし」
そう言ってからオルガにも気づいたのか、アイシアはオルガに顔を向けた。
「オルガ、無事で良かったわ。
貴方に何かあったら、エルルに顔向けできないもの」
「勿体ないお言葉でございます」
そこへ窓辺のアイシアの後方、教室内の方から少女か少年か、判別のし難い、だけど、凛とした声が静かにかけられた。
「中でお話ししたほうが宜しいのではありませんか?
衛兵達が困っておりますよ」
アイシアはハッと振り返って、教室内の声の主に返事をする。
「そうですわね。
そうしますわ」
窓越しでは声のやり取りしか聞こえないが、相手は飛び級で同学年になった美少女だ。
名をコンスタンス・ソナンドレと言い、ソナンドレ伯爵家の養女なのだそうだ。
まだクラスメイトになったばかりなので、あまり話した事はない。それ以前に大人しいと言うか、あまりお喋りなタイプではないようだ。
ソナンドレ家には長女長男が既に居り、養女になった経緯等は聞けていないが、純白の髪に灰色の瞳を持っていて、常盤色の髪と瞳を受け継ぐ長女長男とは似たところがない。
古くから存在する家門なのだが、常にひっそりと目立ったりしないものの、有能な文官や騎士を輩出し続けている事で有名だ。
アイシア達の一つ年下であるにも拘らず、アイシアに次ぐ成績で飛び級してきているので、もしかするとコンスタンスはその有能さで養女となったのかもしれない。
オルガ達が教室内に入ってくる。
オルガは元々上位棟所属だったが、メルリナも成績を上げて現在は上位棟所属になっているので、入室に問題はない。
ベルクは研究室を借りているだけの身とは言え、教職員の手伝い等をする事も増えてきた為に、あまり制限を受ける事はない。
入った途端、アイシアだけでなくバナンも駆け寄ってきた。
「お疲れ!
それで何だったんだ?
なんか悲鳴とか聞こえてたし、気になっちゃってさ」
バナンの平常運転具合に、机の前に座っていたソキリスは、はぁと溜息を吐きつつ、額を軽く抑えた。
「バナン…もう成人も目の前だと言うのに、何時まで経っても落ち着きがないね」
「いいじゃんか♪
気になるモンは気になるんだからさ。
それでそれで??」
ソキリスから視線をオルガに戻したバナンが、ワクワクと小躍りせんばかりに訊ねてくる。
一瞬片眉をピクリと跳ね上げたオルガが、ベルクへ小さく問いかけた。
「……話しても構いませんか?」
問われたベルクの方は、少し考え込んでから頷いた。
「……そうだな…あれだけ大事になったし、後程、学院側から詳細説明はあると思うから、話しても問題ないと思う」
怪我人も出ているのだから誤魔化したりはしないだろうが、それでも学生達の感情に配慮して一部事実を伏せる可能性がある。
その為、教職員サイドに近いベルクに、オルガは一度訊ねたのだ。
「魔物が庭に出現して、学生に怪我人が出ました。
以上です」
教室内の視線を集めていたオルガが、その言葉だけで口を噤むと、メルリナとコンスタンス以外がポカンとした表情で固まった。
「…っク…クク…ブハッ!
オルガ、端折りすぎだって」
吹き出し、耐えられないとばかりに肩を震わせて笑うメルリナには目もくれず、オルガは続ける。
「質問があればどうぞ」
我に返ったバナンが、難しい顔で髪を掻きまわしながら口を開く。
「あ~えっと…だな…」
何か言いたげな素振りをするが、小さく『いや』と呟いて、何かを諦めた様に質問を口にした。
「んと…あ、魔物って何が出たんだ?
魔物なんて森で見るくらいだろ? それも弱っちいスライム。
まさか大発生したとかか?」
「スライムではなくサーペントでした」
オルガは事も無げにさらりと言い放つが、その単語を聞いた誰もが、目を見開いて固まった。
「「「「「…………」」」」」
暫く重い沈黙が続いた後、やっとの事でソキリスが声を出した。
「……サーペントなんて…
この辺に居る訳が……」
「どう言う事なんだ?
おかしいだろ? 生息地だってずっと南の方じゃなかったっけ?」
呆然と呟くソキリスの声にハッとした様にバナンが混乱を滲ませた声で零す。
それを見てベルクが痛みを堪えるように目を伏せて話し出した。
「オルガ嬢の言葉に間違いはない。
私が場に到着した時には、既にオルガ嬢がサーペントと対峙していた。
だからそれまでの経緯はオルガ嬢に聞くしかないが、サーペント出現のせいで騒ぎになったのは事実だ」
ベルクからの説明を聞き、アイシアはオルガに顔を向ける。
「オルガ、詳しく話して…」
「承知しました」
オルガから、現場にベルクが到着するまでの一連の詳細を聞き、上位棟5年の教室内は重苦しい沈黙の中にあった。
その沈黙を純白のコンスタンスが破った。
「それで、そのサーペントはどうなったのです?」
ここまでお読みいただき本当にありがとうございます。
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