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学院に引き籠るビリオーと言えど、巷の噂…しかもかなり広まっている噂となれば耳にした事くらいはある。
しかし踏ん反り返って自慢げに言い放つガロメン侯爵は、ビリオーの警戒に気付かないまま、呻き声を上げる怪我人達を見回した。
被害者となった学生達は、殆どが制服のローブも新しい1年生や2年生のようだ。
恐らく食堂やサロンは上級生達に占拠されていて、昼食に使えるのは教室か庭くらいしかなかったのだろう。
小さな体に傷を負い、折角新しい制服なのに、ズタボロになっているのは痛々しいが、負傷者全員の意識はしっかりとしていて、今の所、命に別条がある者は居ないようなのが救いだ。
どちらかと言うと、見た事もない様な魔物が出現した事と、血と痛みによる精神的ショックの方が大きいように見受けられる。
実際、サーペントに嚙まれたり等、攻撃を受けたりした者は幸いにしていなかった。
恐怖でパニックになり、闇雲に逃げようとして転んだりした等の結果であろう。
今この場には居ないが、オルガがサーペントの気を引きつけていてくれたおかげである事は明白なので、後程この礼はしなければとも考える。
だがそんな事を考えていると、中でも少々怪我の酷い者に、アヤコが近づいて行くのが見えた。
急場凌ぎで地面に敷かれた布の上に横たえられた小柄な少年は、骨折でもしたのか足があらぬ方向を向いており、終始痛みを訴え脂汗を浮かべている。
その少年の横たわる脇に、アヤコはドレスが汚れるのも厭わず膝をついた。
少年の方は譫言の様に『痛い』と繰り返すばかりで、アヤコに気付いていなかったが、伸ばされた手が触れた事で、ギュッと瞑っていた目を薄く開く。
つい呆然と見てしまったが、ハッと我に返ったビリオーが制止しようとする。
「お待ちを…今治療師を手配しています。
勝手な事は止めて頂きたい」
大事な生徒達に怪しげな術を使われては堪らないと足を向けるが、それさえもガロメン侯爵に阻まれた。
「我が義娘なら、たちどころに癒すと言うのに、何故止めようとする」
「ですから間もなく治療師が到着します。
下手に術をかけて、万が一治療師の魔法が効かない等の不都合が生じた場合、どう責任を取られるのですか?
その可能性が微かでもある以上、止めるしかありません。
第一御令嬢に申し訳ないですからな」
広まる噂に暫定中央も警戒をし始めている。
この場にガロメン侯爵父義娘が現れたのが、故意か偶然か怪しい所でもある以上、その『奇跡』とやらを検分出来る絶好の機会を手放しで喜んでいられない。
大事な生徒を贄に差し出すつもりはないビリオーは焦った。
「構わん、やれ」
「はい、お義父様」
「な!? お待ちを!!」
ビリオーの制止等、最初から聞く耳を持つつもりはないのだろう。
アヤコは少年を覗き込んでにっこりと笑った。
「もう大丈夫だからね。
痛いのはどっか飛んでっちゃうからね」
「いけません!!」
ビリオーの制止の声は空しく霧散し、アヤコは少年の曲がった足に手を翳した。
その翳した手が淡く光を放つと、少年の足の皮膚がウゾウゾと波打つ。
その光景にビリオーを始めとした学院側の誰もが、怖気を感じて固まってしまった。
当の本人は薄く目を開いているものの、未だ朦朧と痛みを訴えるばかりで、薄笑いを浮かべているガロメン侯爵とアヤコだけが酷く異質に感じられた。
学生の一部はあまりの気味悪さに、吐き気を催す者も現れる始末だったが、そんな周囲を置き去りに、蠢いていた皮膚が落ち着きを取り戻すと、皮膚を破って茎が伸び、瞬く間に蕾をつける。
そのまま蕾は大きくなって綻び、美しい花を咲かせた。
ビリオー達は初めて見る光景だったので気付かなかったが、咲き綻んだ花は、以前と違って八重の薔薇の様にも見える。
その差が生じた理由はわからないが、単に花としてみるなら美しいと表現して間違いはない。
ただ生えている場所が人体と言う異質さは想像以上で、焦って制止しようとしていたビリオーも、ただ固唾を飲んで見守るしかなかった。
そして見守る全員の目の前で、八重の薔薇は役目は終えたと言いたげに、その花弁をハラハラと舞い落す。
「……ぁ……い、た……あ、れ……痛く……ない」
足から生えて咲いていた花が散り、茎も何もかも消えた後には傷跡もなく、制服の破れ具合や、血の跡だけがさっきまで確かに負傷していたんだと空しい証言者となっていた。
「良かった。
手の傷も癒しとく?
痛いのは嫌だもんね」
「う…うん…」
手に残る傷を癒し終えたアヤコは、ついっと顔を上げ、直ぐ近くで腰を抜かしていた少女にニィッと笑いかけた。
「次は君かな~?」
「ヒッ!」
いくら傷が治ると言われても、生理的嫌悪感が先立つのだろう。
少女の方はイヤイヤするように首を横に振りながら、地べたをにじり下がる。そんな少女にアヤコは躊躇なく手を翳した。
「イヤッ!」
不気味に蠕動する自分の肌に怯えて悲鳴を上げかけた少女だったが、ゆっくりと表情を消し去ると、それ以上騒ぐ事なく、ただぼんやりと蠢く傷口と花の咲く不可思議な様子を眺める。
「………あぁ、凄いわ……お花の女神様……素晴らしい方…」
先程までの怯えようからすると少々違和感は感じるが、傷が治り痛みがなくなった事で、安心したのだろう。
次の患者を…と、探すように首を巡らせるアヤコに、これ以上は何としても止めなければと思ったのかビリオーが声を掛けようと口を開くが、それとは別の声が飛び込んできた。
「副学院長! 魔法治療師様が到着しましたっ!!」
誰の声か……教職員か衛兵かわからないが、助かったと言わんばかりにビリオーの顔に安堵が浮かぶ。
「御令嬢、もう大丈夫です。
大変貴重な御力を行使下さり、感謝します。
これ以上は申し訳ございませんし、どうぞお引き取りを」
言葉は丁寧だが、有無を言わせない圧が込められていて、アヤコはスッと表情を消すと立ち上がる。
チラと義父であるガロメンに視線を向けるが、当の侯爵は無意識なのか、小さく舌打ちをしていた。
バタバタと人が駆け込んでくる音に振り返ると、魔法治療師達の姿が目に飛び込んでくる。
彼らはすぐさま回復魔法を行使し始め、テキパキと他の職員達に指示を飛ばし始めた。
その光景にホッとするより早く、アヤコは義父の隣に並んでいて、ビリオーは『何時の間に…』と薄気味悪そうに呟いた。
「では我らはここらで失礼しよう。
もう負傷者の心配はなさそうだしな。
あぁ、後程調査に騎士を手配するとしよう。
隠し立てする事等ないように」
相変わらず偉そうに言い捨てるガロメン侯爵に、ビリオーは奥歯をギリリと噛み締めながらも、慇懃に頭を垂れる。
「えぇ、承知しております」
何も言わない様子のビリオーに、再び不機嫌に舌打ちをして、ガロメンとアヤコは立ち去って行った。
思わず警戒に詰めていた息を吐きだすと、ビリオーは確認の為に先程の少年と少女を振り返る。
「…!?」
まだ幼さの残る2人の顔に、痛みがなくなった安堵と言うより、恍惚とした虚ろさを感じて、ビリオーは思わず眉を顰めた。
「………ぁぁ……なんて…素晴らしい……」
「えぇ、本当に……あの方こそ、至上の女神様ですわ……」
呟く少年の声も、相槌を打つ少女の声も、何方も酷く虚ろだった。
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