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大きく口を開いたサーペントの牙が迫ったその時、地面から何か紐状のモノが伸びた。
紐状のものは緑がかった茶色で、所々に茨の様な棘がある。
それがサーペントの身体に巻き付き付いていた。
「グギャァァァ!! グアア!」
サーペントが巻き付く紐を引き千切ろうと、身を捩って暴れる。
だが、その動きさえままならない程、紐状の拘束力は強いようだった。
「やってッ!」
女の子の声が響くと同時に、真っ白な影がサーペントに襲い掛かった。
「ギギァアアアァァァ!!」
太い胴体が振り払おうとうねるが、拘束は弱まる事はなく、襲い掛かった白い影……いや、真っ白な鎧に身を包んだ騎士達のようだ。
一見、この国の王城近衛騎士団のようにも見えるが、飾り紐の色まで真っ白で、近衛騎士団の金色と異なる。
「お嬢様、お怪我はありませんか?」
「うん、大丈夫」
サーペントが動きを止め、地面にドサリと頽れた後、正体不明の騎士達が後方に佇む少女へと駆け寄って行くのが見える。
肩に届くくらいの明るい茶髪だと言うのは、遠目にも確認出来た。
それを見た瞬間、オルガは双眸を微かに眇めると、次いで確認する様に顔を上げる。
割り込むように躍り出たベルクは、想定外の出来事に呆けた様に突っ立っているが、怪我はないようで一安心だ。
しかし次に聞こえた男性の声に、オルガは瞬時に反応した。
「おお、素晴らしい…良い働きだ」
随分と以前になるが、エリューシアがセシリアの生家へ避難していた事がある。
オルガもそれに同行していたのだが、その時に一度だけ聞いた事のある声だった。
それを認識した途端、呆けたままのベルクへ近づき、周囲の緊張と喧騒が収まらない間に、そっと声を掛ける。
「(ベルク様、急ぎこの場を離れます)」
「え?」
「(どうぞお静かに。
ベルク様もご一緒にお願いします)」
「だが…」
「(後程ご説明はしますので、この場はどうか…)」
呆気にとられたまま、理解が追い付いていないらしいベルクと共に、オルガはその場を後にした。
副学院長ベーンゼーンは、オルガがベルクを連れてその場から姿を消した事に気付いたが、それを黙殺する。
負傷した学生達の中にはかなり出血の酷い者も居るので、悠長にはしていられない。目の前の状況をどうにかする方が先決だ。
取り急ぎ、周囲の教職員達や衛兵に指示を飛ばしてから、白い騎士達に囲まれる少女と男性の方へ近づく。
「これはガロメン閣下ではございませんか」
「あぁ、ベーンゼーン殿か」
空気に微かな緊張が走る。
それに気付いたか気付いていないかわからないが、白い騎士達はガロメン侯爵と正体不明の少女の後ろに控えた。
「何故此処へ?」
「あぁ、何やら緊急事態のようだったのでな。
偶々前を通りかかっただけだったのだが、踏み込ませて頂いた」
「然様でございましたか」
ガロメンはゆっくりと顔を巡らせ、不快そうに片眉を跳ね上げる。
「して、これはどう言う事態なのだ?
王都に斯様な魔物が出没するなど聞いた事がない。
まさかとは思うが、学院で飼育していた等と言う事は……」
「ホッホ
異な事をおっしゃいますな。
学院での演習含め、全て王城へ報告が義務付けられておりますし、その報告に基づいて騎士団が調査しておりますでしょう?
それも微に入り細に入り……ねぇ。
閣下は、自身の部下である騎士団の方々を信用出来ないとおっしゃるのでしょうか?
何でしたら、このまま査察されますかな?
ま、我々としても、困惑するばかりの事態でございますよ」
見えない火花が飛び散る後ろでは、学生達の呻き声が未だに続いている。
軽症の者達は自分の足で救護室に向かったりして、先程より幾分負傷者は減って見えるが、重傷者は搬送待ちの状態だ。
先だってのベルクの話にあったように、今日は朝から魔法に長けた教職員達が揃って不在なのだ。
その理由はと言うと、此処最近の魔物出現や盗難の調査他の助力を得るべく、塔へと赴く必要に迫られたから…。
実際、魔具の設置や操作には、魔法的知識技術のある者でなければ、どうしようもない場合がある。
それ故、救護室の魔法治療師まで含めて、軒並み不在となってしまっていたのだ。
勿論、居残った教職員も魔法が使える者は少なくないが、回復促進魔法を使える者は残って居らず、恐らく教職員ではないベルクや学生であるアイシア達の方が適正は高いと言う状況になってしまっている。
とはいえ、今こうして王城近衛率いるガロメン将軍が居る場から、オルガがベルクを早々に引き離してくれた事に、ビリオーは感謝していた。
何しろこのガロメンという男は、バリバリの旧王派閥で、各地の辺境伯とは反目しあっている。
反目し合うだけならまだしも、所構わず絡むと言う悪癖の持ち主なのだ。
つまり、今の様に怪我人が居る様な緊急状態であろうと、場の空気を読む等と言う事は決してしない。
怪我の回復の為に、ベルクや上位棟の学生に居て欲しい気持ちはあるが、もしこの場に居たら間違いなく絡んで、全てが滞ってしまう事が簡単に想像出来てしまうのだ。
そんな訳で現状、この場に居ない方が正解と言う、何ともやるせない状況となってしまっている。
もしベルク達の手を借りるとしても、別の場所…例えば救護室等の方が、すんなり事が運ぶ事は間違いない。
「お義父様」
だが、このささくれ立つような不快な空気を読まずに、呑気に声を上げる者が居た。
「おお、なんだね?」
「この人達の怪我、癒した方がいいですよね?」
「…ふむ…」
ガロメン侯爵はビリオーを意識から追い出し、呻きのたうつ学生達をじとりと見下ろす。
そのまま不遜な態度で暫し無言だったが、癖なのか不快そうに片眉を跳ね上げた上で、嫌悪を滲ませた声音を隠しもせず頷いた。
「仕方ないな。
いいだろう」
ムッとした表情のガロメンに、少女が頷く。
何をしようとしているのかわからないが、何故かビリオーはさわさわと虫が這うような気持ち悪さを感じていた。
「閣下、此方は?」
警戒を滲ませてビリオーが訊ねると、小馬鹿にしたように踏ん反り返ったガロメンが口を開く。
「あぁ、そうだったな。
アヤコ」
負傷者達が現在進行形で痛み他に耐えている緊急の場だと言うのに、煽るように殊更勿体ぶった言い方が鼻につく。
「初めまして。
アヤコ・ガロメンです」
名を聞いてビリオーが微かに目を瞠る。
ガロメン侯爵には子が一人居たはずだが、男子だった記憶がある。
確か父親であるガロメン侯爵が率いる王城近衛に所属し、副隊長の地位を与えられたとか何とか……。
そんな事を考えていたのが表情に出ていたのか、ガロメンは気持ち悪い程機嫌よく紹介する。
「先日引き取った養女でな。
素晴らしい力の持ち主なのだよ」
「素晴らしい…ですか?」
「そうだとも!
ハハッ
コレはな、聖女と呼ばれておるのだ!」
得意気に張り上げたガロメンの言葉に、ビリオーは微かに双眸を眇めた。
ここまでお読みいただき本当にありがとうございます。
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