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少女たちの様子にベルクは肩の力が抜けた様にクスリと笑うが、直ぐに表情を引き締める。
「まぁ管理された森林だし、魔物も管理して計画的に放っているくらいだからね」
ベルクの言葉にメルリナが納得したように口を開いた。
「あ、やっぱりそうだったんですね。
おかしいと思ってたんですよ。
魔物って適当に間引いておかないと、その内に強い個体が現れたり変異したりする事が多いのに、あそこって何時行っても弱っちいスライムしかいなくて、ずっと変だなって思ってたんですよ」
メルリナは元々北の辺境伯に仕える伯爵家の娘で、疾うの昔に実戦デビューしているし、王都付近では見る事のないオークやリザード種等とも戦った経験がある。
まぁ、こう言う事は学院側の事情で、普通学生が知る事のない事情なのだから仕方ない。
「メルリナ嬢は流石によく知っているんだな。
だがまぁ、安穏と育ってきた令息や令嬢を危険に晒せないって理由も…わからなくはない。
王都ではそんな危険な魔物なんて見る事もないしな。
そんな訳で普段から巡回して、管理からはみ出した個体なんかは狩っているんだが……」
歯切れ悪く、そのまま言葉の続かないベルクに、アイシアが心配そうな憂い顔を向けた。
「何か……あったのですね?」
「………あぁ、取り繕っても仕方ないな、弓タイプのゴブリンが見つかって、慌てて狩って来たところなんだ。
それだけじゃなく、実は少し前からスライム以外の魔物を見かける事が、何度かあったんだよ」
思わず顔を見合わせる。
「え……スライムしかいない所で、急にゴブリンアーチャーですか?」
「そう。
『何故』と言うのは気になるところだけど、まずは安全確保をしないと、ってね」
メルリナの突っ込みにベルクが苦笑を交えて答えた。
だが、何か気になったのか、難しい表情で更にメルリナが言葉を続ける。
「だけど、ベルク様って別に学院の教職員って訳じゃないですよね?
なのにベルク様が討伐??」
ベルクは確かに研究室を学院に借りていて、卒業後も変わらず登校している。
だからこそベルクを恋い慕うアイシアが前倒し卒業をすることなく、未だ在学しているのだが…。
考えればおかしな話だ。
普通、この学院で働いている教職員や警備の衛兵等が巡回討伐に当たるのではないだろうか?
「そこを突っ込んでくるか。
まぁ、それもそうだな…。
実を言うと、サキュール先生達魔法を得意とし、経験もある方々が、今朝から出かけていて不在って言うのもあるんだけど、慣れない教職員を討伐に向かわせるより、辺境で慣れた私の方が危険が少ないって言うか。
他にも理由はあるんだけど……」
言葉を濁すベルクに、アイシアも不安そうだ。
「ベルク様……」
「あ~シア達ならいいか。
実を言うと、数日前からちょっとおかしな事が起こってるみたいで……。
予備として保管している衛兵の制服や腕章なんかの数が合わないらしいんだ」
「まぁ…」
「………」
「はぁ!?」
ベルクの言葉に少女達がそれぞれに反応する。
「何、それ…杜撰過ぎない?」
メルリナが信じられないとばかりに続けた言葉は、皆が思っていた事を代弁するモノだった。
「杜撰だよね。
まぁ、このところ平穏だったせいかもしれないけど…気が抜けてると言われても仕方ない…私もそう思うし。
そんな訳で今は下手に衛兵等を投入するのは不安だと言う事で、こっちにお鉢が回ってきてしまってるんだ」
アイシアが少し表情を曇らせたまま、ベルクへ問いかける。
「ベルク様…御怪我等は…」
「あぁ、大丈夫。
これでも一応東の辺境出身だよ?
ゴブリン程度に後れは取らないよ」
ホッとした様にアイシアが微笑むが、メルリナとオルガが少し顔を見合わせた。
「あの、もし良かったら私とオルガも巡回しときましょうか?
昼休みや放課後なら時間はありますし。
あ、勿論アイシアお嬢様の護衛にどちらかは残りますけど」
「いや、学生に…しかも御令嬢にそんな事はさせられな………いや、でも……」
ベルクは暫し考え込んでいたが、小さく頷いてからメルリナとオルガの方へ顔を向ける。
「副学院長に声を掛けてみて、許可が下りたら依頼してもいいだろうか…?」
「はい」
「勿論です♪」
オルガとメルリナの返事を聞き、ベルクは徐に立ち上がった。
「シア、忙しなくて悪い。
副学院長の所へ行ってくる。シアはきちんとお昼を食べるんだよ?」
「は、はい」
アイシアの返事に微笑み、ベルクはお昼ご飯を広げる事もなく、慌ただしく温室を後にする。
それを見送ってから、メルリナが口を開いた。
「それで、どうしよっか」
「どうもこうも…あぁ言われれば、今は許可を待った方が良いかと思いますが?」
「そうかもだけど、何かあってからじゃ遅くない?」
「許可なく行動した場合、アイシアお嬢様や公爵家にもご迷惑をかけてしまう可能性を考えない訳にはいきません」
「ぶぅ…オルガは相変わらず四角四面だな~」
オルガの返事に、メルリナは拗ねた様に頬杖をつく。
それを見たアイシアが困ったように眉尻を下げた。
「メルリナもオルガもありがとう。
……心配してくれたのでしょう?
ベルク様が御怪我を負ったりしないかと私が不安に思ったから…」
アイシアは言いながらそっと目を伏せる。
メルリナもオルガも、アイシアがベルクの身を案じるから、代わりに請け負うと言い出したのだと考えたのだ。
「え!? ぁ、いや、そう言うんじゃ……えっと…」
「アイシアお嬢様、メルリナは自分が暴れたいだけですので、お気になさいませんよう…」
「あ、酷……でも、スライム如きじゃストレス溜まるのは確か!
だって歯応えなさすぎなんだもん。
でもまぁ、それはゴブリンでも同じかなぁ……あ~次の長期休暇は辺境でひと暴れしてくるかなぁ」
呑気に言うメルリナに、オルガが溜息交じりに首を横に振る。
それを見てアイシアはふわりと笑うが、次の瞬間には表情を改めて呟いた。
「副学院長先生の許可は当然だけど、エルルやお父様、お母様に一度相談してみた方が良いかしら…」
「あ、それいいですね!
エリューシアお嬢様にはお会いしたいですし!」
「承知しました。直ぐネイサン様にお願いして参ります」
アイシアは軽く提案しただけだったが、2人共そわそわと…オルガなんて既に立ち上がって温室を出るべく歩き出している。
ふふっと苦笑気味に笑いを零して、メルリナと共にオルガを見送った。
『お腹空いたぁ』とオルガの分まで食べてしまいそうな勢いのメルリナを横目に、アイシアは小さく嘆息する。
本当は忙しくしている父母や妹の手を煩わせたりしたくはない。
しかし、過去の事件は強烈な教訓となっていた。
心配してくれる皆の想いを軽んじた挙句、エリューシアにもヘルガにも…何より妹に思いを寄せてくれていたクリストファに至っては、その命までも危険に晒してしまった。
実の所、誰も真相は話してくれていないままなのだが、それでもアイシアは自分の非に気付いている。
だからあれ以来、必ず自分以外の意見を聞くようにしているのだ。
今回の事も、偶々起こっただけのトラブルで、大した事はないのかもしれない。
だが、そう判断するのは、誰かに相談してからでも遅くないと思ったのだ。
ここまでお読みいただき本当にありがとうございます。
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もう誤字脱字他諸々のミス、設定掌ぐる~が酷い作者で、本当に申し訳ございません。見つければちまちま修正加筆したりしてますが、その辺りは生暖かく許してやって頂ければ幸いです<(_ _)>