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とうとう不穏さんが顔を覗かせました(笑)
「落ち着きました?」
セシリアに慰められていたアーネストが、大きな溜息と共にガクリと項垂れた。
「…ぁぁ、済まない……。
だがな……あぁぁぁ…するのか!? サイン!!??」
「出来れば今すぐお願いしたいですわ」
「っ!? ぃ、ぃや、せめて明日、いや今日の夕食後とか……」
「旦那様…アーネスト、往生際が悪いですわ。
貴方だって私を追いかけてネイハルトの家までいらっしゃったではありませんか? 挙句公爵家の次男が辺境伯軍の1兵卒として泥に塗れるなんて……。
あぁ、貴方から頂いた熱烈な恋文も、私、大事にとってありますのよ、それをエルルに見せてあげようかしら」
「ぅ、それは……だな……その…セシィ……」
楽しそうに話すセシリアと違って、アーネストの方は真っ赤になってたじたじだ。
過去……もしかしたら現在進行形かもしれないが、美貌の貴公子だの銀冷の貴公子だの言われていたはずのアーネストも、最愛の妻セシリアにかかれば全く形無しである。
「ふふ。それは兎も角…これを見て」
苦笑しつつアーネストを宥めていたセシリアの表情から、笑みの片鱗もなくなる。
そうして差し出してきたのは1通の封書。押された紋はグラストンの物だ。
それを見てアーネストも眉根を寄せた。
「どう言うつもりだ…?」
「…わかりませんわ、私もまだ開いていませんもの」
シャーロットから今も時折文は届くが、既にグラストンの紋章が押される事はなくなって久しい。
セシリアから受け取った封書を開く。
暫く書面に視線を落としていたアーネストの眉間の皺が、徐に深くなった。
「……全く……馬鹿だとは思っていたが…」
愛娘達を嫁に出したくないと泣いて喚いていた姿からは想像もつかない程、冷淡な声でアーネストが呟く。
元々アーネストとセシリアは、シャーロットとリムジールとは生年が違い、学院でも違う学年だった。
アーネストは元々の優秀さで早々に飛び級した事で、シャーロットやリムジールと同学年となった。
そこへ辺境から視察に来ていたネイハルト辺境伯が、末娘であるセシリアを学院に編入させたのだが……。
ネイハルト辺境伯領には当時学問機関はまだなく、かなり劣っているだろうと思われていたのだが、蓋を開けてみればセシリアは同い年の他生徒に比べてかなり優秀だった。それ故セシリアも飛び級での編入となり、斯くして彼等4人が集う事になった。
とは言え、アーネストは積極的にシャーロットやリムジールに関わった事はない。どちらかと言えば避けていた方だったが、一目惚れしたセシリアがシャーロットと仲良くなり、おまけのようにリムジールまでついてきたと言う感じであった。
「それで、何と言ってきてますの?」
「ぁ、あぁ……我が家のお姫様達と、あいつの所の嫡男を一度会わせたいと…」
セシリアの表情が途端に険しくなる。
「旦那様、まさか…」
「許可する訳ないだろう!?
クリスの話もこれまで聞いてきたし、シャーロット夫…ぁ、シャーロット嬢にも聞いた。
あんな奴らの所に我が至宝の娘達をやるなんて、ありえない」
「信じて良いのですね?」
「当たり前だろう!?
第一エルルにはクリスという……ぁ……」
アーネストが頭を抱え込んだ。
「まぁ、流石私の愛する旦那様だわ♪
ちゃんとわかって下さってた事、とても嬉しいですわ♪
ささ、要らぬ横やりが入らぬうちにサインを♪」
「………ゥぅぅ……し、仕方ない…ハスレー、エルルとクリスを呼んできてくれ…はぁああああぁぁぁぁぁぁ………ぁぁあ"あ"あ"……エ"ル"ル"ゥゥう"う"ぅぅぅ……」
その頃、現グラストン公爵である元王弟リムジールは、馬車の中である。
彼は昨夜、ある人物の来訪を受けていた。
その人物の名はムバイラ・ガロメン。
ガロメン侯爵家当主にして、王城近衛を率いる将軍だ。
可もなく不可もなく、精霊の庇護を受けると言うリッテルセン王国は、長く他国と戦争に至る事はなかった。
資源に乏しく目ぼしい産業もないと言うだけでも、あまり魅力的な土地とは言えないが、それ以上に北の魔の森の魔獣や東のソーテッソ山脈の魔獣や盗賊等々のせいで攻めるのが難しい場所であった。幸か不幸か…そのおかげで辺境伯家他の戦闘力が際立っていた事も大きく影響していた。
つまり遠征支配の手間を考えれば到底見合わない、旨味の少ない土地であると言う事にほかならず、その為問題らしい問題は、ほぼ国内に集約される。
そんな国の『将軍』……最早名ばかりと言って過言ではない。
元々は名だけの役職ではなく、きちんと魔獣討伐等の役目を担っていたのだが、それも予算がない、兵士が居ない等の言い訳を並べて辺境伯家に丸投げしてしまっていた。そのせいでやる事と言えば精々王城内警備くらいのもの……だが、そんな将軍だからこそ、名に、そして現王家……既に元王家となりつつあるが、ソレに固執した。
元々国王派でもあったガロメン侯爵は、このまま王位が現王家から引き離される事を良しとしなかったのだ。
それも然もありなん……享楽に溺れ、散財するだけの王家だったから、役目を担う事も放棄した将軍以下軍事部門が存続出来たのだ。
ソドルセン公爵が纏める暫定中央は、軍事部門の縮小を、当然のように議題に上げていた。それを知ったガロメン侯爵が、昨晩慌ててリムジールに面会を求めたのだ。
元々グラストン公爵家そのものが、リムジールの臣籍降下によって新たに起こされた公爵家で、現当主であるリムジールが死亡すれば降爵の可能性がある。大きな功績でもあれば兎も角、そうでなければほぼ間違いなく降爵となるだろう。
いや、元王弟であるのに処断されなかっただけマシなのだが、これには理由がある。
まず元国王ホックスを諫めていた事、外交を担い戦争等の危険に国を晒さなかった事等が評価された。
何より次をと願うクリストファの生家が処断される事は、何とかして避けたかったと言う面もある。勿論既にベルモール公爵家の養子となっているクリストファには、例え生家が処断されたとしても傷咎にはならないだろうが、それでも傷は一つでも少ない方が良いと言う、如何にも貴族的な判断だ。
尤も、ホックスを諫めていた事は兎も角、外交に関してはシャーロットの支えがなくなり鳴かず飛ばずになりつつあるので、ここは見直しが加えられるかもしれない。
そして次男クリストファの支えありきで考えていた、嫡男の今後にも影が落ちてしまった。
嫡男至上主義、長兄を敬い、時に諫め、だが命尽きる最期まで支えよという教えにどっぷりと浴し、疑問を持たなかったリムジールは、嫡男は存在しているだけで良いと考えていた。
例えどれほど愚かであろうと、周りが支えれば良いと……。
だが、それはシャーロットが掌を返した事で崩れた。
リムジールが気づいた時には、既にクリストファは手の届かない場所へ行ってしまっていたし、従者シディルとその縁者も既に遠く離れた。
残ったのは自分と偉そうに命令するしか能のない嫡男チャズンナート……使用人達も返事もせず唯々諾々と従う操り人形が残っているだけだ。
おかげで外交どころか、領経営さえ躓きがちになってしまっている。
つまりリムジールも崖っぷちだったのだ。
ここまでお読みいただき本当にありがとうございます。
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