38
学院上位棟にある食堂は通常棟の学生達にも人気で、お昼になると学生達が押し寄せる。
通常棟からだと教職員施設のある区画を通り抜けた更に奥と言う、面倒且つ不便な立地にも拘らず、だ。
理由は単純だ。
少し前に新造された通常棟とは異なり、元々あった職員用施設棟を改修しての転用なので、無駄に広く無駄に豪奢なのだ。置かれている家具類も上質な物で、ソファの座り心地等は他と比べて段違いらしいし、全てが広くゆったりと設計されている。特に食堂は舞踏会場か演劇ホールかと、二度見したくなる程広い。
当然テーブルとテーブルの間隔も大きく取られていて、ただの食堂なのだがちょっとした茶会気分も味わえる。
上位棟が設置された初年度に、王族を含む通常棟の学生が、上位棟の令嬢に絡むと言う事件があり、その時に完全分離の話も出たらしいのだが、その案は有耶無耶のまま今に至っており、上位棟に所属する学生も増えた今、込み具合は酷くなる一方だ。とは言え元々が広いので、押し合いへし合いになると言う事はない。
そんな中、エリューシア最推しである姉アイシアと、本来ならエリューシア専属のオルガとメルリナは、相変わらずぽつんと忘れ去られた場所にある温室で昼食を取っている。
此処の主であったギリアン・メフレリエは卒業してしまい、もう居ないのだが、何故か疾うに卒業したはずのベルクが、ギリアン所有のカギを引き継いでいた。
ベルクはギリアンよりも前に卒業していたのだが、研究の為に学院の一室を今も借り続けていて、ずっと変わらず学院に通っているのだ。
尤も卒業はしているので、寮からは出て学院近くの館に居を移している。
今日も今日とて、借り上げ邸の料理長カサミア渾身のお弁当を広げる。
相変わらず目にも舌にも素晴らしいお弁当なのだが、エリューシアが前倒し卒業を早々にしてしまった為、新作開発がペースダウンした事を嘆いているらしい。
「そう言えば、確認試験の結果はどうだったの?」
アイシアがメルリナの方へ顔を向けて、コテリと顔を傾ける。
『確認試験』と言うのは文字通り『卒業するに十分かどうかの最終確認をする為の試験』と言う意味で、前倒し卒業を希望するなら、避けては通れない試験の事だ。
問われたメルリナの方は『うぐっ』と形容しがたい音を立てて、泣きそうに顔を歪めた。
「アイシアお嬢様、まだ此処に居るのですからお察しください」
オルガの抑揚のない言葉に、アイシアはハッと口を押えてからメルリナの方へ向き直り、小さく『ごめんなさい』と呟いた。
「うぅ……つ、次こそは…」
「もういい加減諦めたらどうです?」
「やだっ! だってエリューシアお嬢様……だって専属の護衛騎士……うわぁぁんん」
オルガは半眼になり冷ややかな視線のまま嘆息した。
前倒し卒業を志す者は、実はそんなに多くない。これまで成し遂げた人数等、両手の指で事足りる程だ。
人脈形成にしろ伴侶選びにしろ、やはり短期間でどうなるモノでもないし、なにより学生と言う気楽な身分で居られる期間は貴重だ。
仕事に就いたり社交界に出たりすれば、呑気な事等言っていられなくなるのだから。それがわかっているから、殆どの学生は最高学年になってから、それぞれの事情状況に合わせて巣立っていく。
それ以上に、立ち塞がる壁もある。
それが通称『確認試験』なのだが、これが最早嫌がらせレベルで、最近は特に、難易度が跳ね上がっていると言う話だ。
最初から早期卒業させる気なんてないだろう? と、思わず問い詰めたくなる厳しさで、魔法や魔具に関してなら、魔法大国チュベクで第一線を張れる程の知識と技術が求められるし、それ以外の教科についても言わずもがなだ。
数年前から学力にも力を入れ始めたが、それまではぬるま湯のような緩さの学院で鬼試験なのだから、クリア者が殆どいないと言うのも当然の結果である。
彼女らの周囲に前倒し卒業をした者が3名もいるせいで、つい軽く感じてしまうのだろうが、実はとんでもない偉業なのだ。
「エリューシアお嬢様には専属の護衛騎士はセヴァンも居ます。
それにお嬢様からしっかり学んで学院生活を楽しむようにとお言葉を頂いているでしょう?
それに専属と言うなら、私の方が……」
珍しくオルガが表情を歪める。
それを見てアイシアは眉尻を下げた。
「2人共…ごめんなさいね。
私が残留しているから……」
悲し気なアイシアの呟きに、オルガもメルリナも慌てて首を振る。
「も、申し訳ございません…決してそのような事は考えて居りません」
「そそ、そ、そうですよッ!」
アイシアはほんのり苦みを帯びた微笑みを浮かべた。
「私が此方に残りたいと言ったから……」
テーブルにお弁当を広げたまま、だけど誰も手を伸ばせず、重い沈黙が降り積もる。
そんな沈黙を破る様に、温室の扉が開く音が聞こえた。
近づいてい来る足音に顔を上げれば、此処での昼食常連メンバーであるベルクが立っていた。
「……どうした?
何だか…」
「いえ、何でもございません」
アイシアが素直に事の成り行きを話してしまえば、ベルクも気にしてしまうだろうと、先んじてオルガが口を開いた。
とは言え、あまり納得出来ていないらしいベルクは、アイシアの方へ視線を向けるが、アイシアも困ったように微笑むばかりである。
「あ、どうぞどうぞ、此方に!」
取り繕う様に、メルリナがテーブルに広げたお弁当を少し寄せつつ、アイシアの隣の場所へベルクを呼んだ。
「ぁ、あぁ…それじゃ失礼する」
そう言って譲られた場所へ座ったベルクに、口を開く隙を与えまいとするかのようにメルリナが畳みかけた。
「そう言えば今日は遅かったですね。
何かあったんですか?」
「あぁ、ちょっと…ね」
話題を逸らす事に成功したからか、オルガとメルリナが目で頷きあう。
そんな様子に気付いていないアイシアが、ベルクの方を見たまま表情を曇らせた。
「ちょっと……ですか…あの、それは……ぁ、いえ、ごめんなさい。
何でもありませんわ」
思わず追及してしまった事を恥じるように、頬を染めて俯くアイシアは、恋する乙女そのもので、とても微笑ましい。
それに応じるベルクの方も、クリストファ程ではないが普段から柔和とは言い難い双眸を優しく細めている。
甘い空気に逃げ出したくなるオルガとメルリナだったが、邪魔をする訳にもいかず、ちょっぴり引き攣った笑みを張り付けた。
「シア、どうして謝る事が?
何だって聞いて欲しい」
「ベルク様…」
もう砂糖吐いて良いですか? と問いたくなるのを必死に堪えていると、ベルクが困ったように視線を落とす。
「ベルク様?」
「ぁ、あぁ、すまない。
いや、ちょっとトラブルがあってね」
「トラブル…ですか?」
「あぁ。
シア達も行ったと思うけど、2年生から隣接する森での実戦体験があるだろう?」
ベルクの言葉に、アイシアは勿論、ついさっきまで並んで砂糖を吐いていたオルガとメルリナも、表情を改めて頷く。
ここ数年で変わってきてはいるが、元々学院は、わかり易く言うなら偏差値のとても低い学校だった。
それ故学力方面はお察しだったが、リッテルセンでも貴族は魔法を使いこなせるのが当然と言う空気はあるので、其方には以前より注力している。
座学は勿論の事、実技にも重きを置き、学院の敷地内にある訓練場だけでなく隣接する森で簡単な実戦も組み込まれていた。
尤も、実戦と言っても管理されたエリアで、管理された最弱の魔物相手での実戦なので、然程危険はない。
最近は学年が上がり実力がついてくると、相手の魔物のランクを少し上げるようになってきたが、過去では最弱の魔物を10体倒せば合格が貰えると言う程度で、これで危険になる方がおかしいと言うレベルだ。
「実戦体験って言っても、あの森ってスライムばっかりじゃないですか?」
メルリナの言葉にオルガも頷く。
「そうでしたね。
そのスライムも通常種と毒種だけで、他種や亜種等は見た事がありません。
だから実践は出来ても、実戦には到底……」
「でしょ?
それでトラブル?」
アイシアも、オルガとメルリナの言葉には同調するしかない。
それこそ本気の実戦を経験しているメルリナやオルガは兎も角、深窓の御令嬢で訓練ばかりだったアイシアでさえ物足りないと言うか、あっけないと感じる程度だった記憶があるので、トラブルと言われてもピンとこないようだ。
ここまでお読みいただき本当にありがとうございます。
リアル時間が少々慌ただしく、隙を見計らっての創作、投稿となる為、不定期且つ、まったりになる可能性が高いですし、何の予告もなく更新が止まったりする事もあるかと思いますが、どうぞ宜しくお願い致します。
こちらももし宜しければブックマーク、評価、リアクションや感想等、頂けましたら幸いです。とっても励みになります!
(ブックマーク、評価、リアクションもありがとうございます! ふおおおって叫んで喜んでおります)
もう誤字脱字他諸々のミス、設定掌ぐる~が酷い作者で、本当に申し訳ございません。見つければちまちま修正加筆したりしてますが、その辺りは生暖かく許してやって頂ければ幸いです<(_ _)>




