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バッテラ:押し寿司の1つです、酢飯の上に〆鯖と昆布が乗っかっているモノが多いかと!
「じゃあ父様」
「あ、ぁ…あぁ…」
呆気にとられる大人達を余所に、チャズンナートはアヤコの手を取るとさっさと応接室を後にした。
握られた手首が痛むが、元より深窓の姫君ではないアヤコは歩調を合わせてついて行く。
男子と歩調を合わせるのは難しくはないし、履かされたヒールも、前世の厚底より低くて問題はない。とは言え絡み付くドレスの裾には辟易しているが…。
連れてこられた場所は温室のようだ。
「女って花好きなんだろ?」
そう言うと温室内に設えられたベンチ近づき、アヤコの手を離した。
そのままベンチに腰を下ろしたチャズンナートは、控えていたメイドに何やら話しかけた。
ベンチ前で放り出された形のアヤコが、どうしたものかと身動き出来ずにいると、隣に座れと目線で指示してきた。
溜息を吐いてやりたい心境にグッと蓋をして、『失礼します』と声を掛けてから、チャズンナートの隣に腰を下ろす。
メイド達がテーブルを用意しているのをぼんやり眺めていると、チャズンナートが話しかけてきた。
「で? お前はなんて言って連れてこられたんだ?」
声に反応してアヤコが顔を向ける。
改めてよくよく眺めると、あの父親にしてこの子アリと言わんばかりの美少年…いや、美青年だ。年齢は聞かされた気もするがあまり覚えていない。見た感じ、アヤコと同じくらいか少し上と言った所かもしれない。
父親であるリムジールはくすんだ金髪だったが、彼は榛色の髪色をしている。多分だが母親の色を受け継いだのだろう。
瞳の色は父親譲りの青で、つくづく綺麗な顔立ちで、じっと見ていても欠点を探せない。
あえて挙げるなら、ガキ大将のような、常にへの字に曲げられた口元くらいだ。
――ホント、嫌になるくらい整ってるわね
――ま、あの父親の血なら当然か
――ん~顔はいい。はっきり言って好みドストライクよ
――だけどなぁ……こっちを見下してるのがあからさまなのよね
――そこは気に入らない
――大体お貴族サマって感情出しちゃいけないんじゃなかったっけ?
――なーんかそんなこと言われたけど、コイツ、感情モロじゃん
「おい」
――あ、いっけなーい
「は、はい」
「何だよ。俺に気に入られる為に来たんじゃないのか?」
――あ~バッテラバッテラバレテーラ♪
「それは…その」
「ま、別にいいけどな」
隣でうーんと伸びをする様子に、部活とか高校での一幕を思わず思い出す。
――なーんだ
――別に緊張する事もなかったかな。だってあたしと変わんないじゃん…
準備されたテーブルの上にお茶の準備も整ったようで、チャズンナートが手を一振りすると、メイド達は一礼してから下がって行く。
一応侯爵令嬢となったアヤコ付きのメイドとチャズンナートの従者であるティーザーが残ったが、2人に対してもチャズンナートは下がれと命じた。
困ったように眉を下げるメイドとティーザーだったが、命令が変更されないと分かり、渋々下がって行った。
「で、だんまりかよ。
俺はつまんない女なんて御免なんだけどな」
「な! 何がつまんねーよ!? アンタこそ……ぁ」
メイド達の視線がなくなり、つい気が緩んでしまったのか、素が出てしまった。
慌てて口を手で押さえるが後の祭りである。
――ヤッバ…
――どうしよ…オッサンに粗相するなって言われてたのに…
――あ”~~~~、なんでこんなに短気かな、あたし…
顔色を失くして固まっているアヤコを知ってか知らずか、チャズンナートは笑い出した。
「アハハ、お前そっちの方がいいぞ。
怒った顔は結構可愛いな」
「!」
チャズンナートはスンと表情を消す。
「取り繕った人形みたいな奴と話したって面白くも何ともないからな。
お前さ「『お前』じゃありませーーん!」…名前なんだっけ…もう一度言ってくれ」
バツが悪そうに髪を掻き毟るチャズンナートが、表情を情けなく歪めた。
「アヤコ。
あ~、もう肩凝った!」
ブハっと隣でチャズンナートが吹き出す。
「笑う事ないでしょ!?
……でもま、アンタも大変ね。
生まれてからずっとこんな生活してんでしょ?」
「お前…あ、アヤコか…アヤコ、変わりすぎだろ?」
「そ? でも取り繕わなくていいんでしょ?」
「ま、そうだな」
それからチャズンナートと話をするが、やはり根は『良い所のお坊ちゃん』だ。粗野な物言いをした所で、本当のワルと言う訳ではない。
まぁ我儘の片鱗は垣間見えて、それには渋い顔にならざるを得ないが、何故かアヤコを気に入ったらしいチャズンナートは、アヤコが言えば改める気はあるようだ。
とは言えぶっちゃけると間が持たない。
この世界の良い所のボンボンが話す事等限られていて、日常の事や噂話程度のモノだ。ゲームやテレビがある訳じゃないし、男女の区分が明確過ぎて、共通イベントと言えば茶会や舞踏会…気軽に買い物も難しいのだから仕方ないのだが、それでも流行の劇の話では辛うじて花を咲かせる事が出来た。
日本でも観劇と言う文化はあったし、アヤコにも十分理解可能だった事は助かった。
話しているうちに時間になったようで、温室の扉がノックされる。
その音を合図に顔合わせは終了となった。
グラストン公爵邸を後にした馬車内でガロメン侯爵が口を開く。
「アヤコ、今日はよくやった。
公子様もお前を気に入ったようだ。
この調子で公子様を繋ぎ止めておけよ」
「…はい、お義父様」
「次の機会も頂けそうでホッとしたが、婚約まで話しを進められなかったからな…気を抜かぬようにな」
「はい」
そっと伺い見れば、ガロメン侯爵の機嫌が良い事がわかる。
大人達の話はわからないが、良い事でもあったのだろう。
――それにしても……
アヤコは視線を窓の方へ移し、遠く流れる風景を眺めながら思い返す。
――あいつ、家族の話って何もしなかったな
――養女だし、元の家族の事は聞かれるだろうって思ってたんだけど…
――ま、聞かれたところで記憶喪失設定だから『わっかりませーーん』で良いんだけどさ……
――なんか子供っぽいし、我儘傲慢って聞いてたから両親自慢とか出るかと身構えてたんだけどな
――まぁ、身分自慢と自分の美貌自慢は出たから想定範囲内か…
――でも…うん、悪くなかったわ
アヤコが忍び笑いを浮かべつつ思考に沈んでいる横で、ガロメン侯爵はモッソンに何やら囁いていた。
その顔には先程までと打って変わって、暗く鋭い表情が乗せられている。
モッソンは恭しく頭を下げ無言に戻る。
その後、馬車内にはガラガラと車輪が奏でる音だけが響いていた。
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もう誤字脱字他諸々のミス、設定掌ぐる~が酷い作者で、本当に申し訳ございません。見つければちまちま修正加筆したりしてますが、その辺りは生暖かく許してやって頂ければ幸いです<(_ _)>




