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「大丈夫だとは思うが粗相のないようにな」
「はい、お義父様」
馬車に乗っているのはガロメン侯爵とアヤコ。そしてガロメン侯爵に常に付き従う初老の男性(名をモッソンと言う)も、今日は同乗している。
『お義父様』と呼んでいる事からわかる様に、アヤコは既にガロメン家の養女となっている。
それに合わせてか、装いも神官服から華やかなドレスに変わっていた。
「もう少し早く顔合わせをしたかったのだがな」
やや憮然とした面持ちのガロメン侯爵の呟きに、アヤコが神妙に目を伏せる。それを見て、静かに控えていた執事がそっと言葉を添えた。
「旦那様、お嬢様はよく頑張っておいででした」
「ふむ。
モッソンがそう言うなら……。
アヤコ、まずは王弟殿下と嫡男であるチャズンナート公子へ挨拶をする事になる。その後、機会を作るから、公子の機嫌をうまく取れ。
まぁ、殿下側もお前の人気は欲しいだろうから、少々の事では無下にはなさらんだろうがな」
マナー他の勉強の合間に、貴族達への奇跡のデモンストレーションは少しずつしており、派閥の拡大にも着手している。
平民へはリムジールとの繫がりを得た後、大々的に執り行う予定だ。
「はい、お義父様。
ん…少し聞いても良いですか?」
一瞬視線を流して考え込んだ後、アヤコはガロメンの方へ顔を向ける。
「公子様ってマナーに厳しい方なんです?」
「父君である殿下の方は少々厳しいかもしれんが、初手さえ間違えなければ良い」
「わかりました」
もう会う事もないだろう司祭ベホリアから、マナー等は口煩く言われていたから辛うじて下地は出来ていた。その後ガロメン侯爵に引き取られてからも引き続き教わり、今は最低限とは言え及第点を貰っている。
相変わらず一人称は『あたし』と言ってしまう等のミスは散見されるが、それも随分と減った。
しかし日本人として育ってきているので、どうしても表情を隠す事は不得手なようだが、何を言われても微笑んでいろと言われ、それを只管実践している。
そうしているうちに馬車が止まった。
どうやら目的地――グラストン公爵邸に到着したようだ。
モッソンが馬車の扉を開け、周囲を確認する。
ぼうっと眺めていると奥の方に公爵家の使用人達が並んでいるのが見えた。
アヤコとガロメン侯爵も馬車を降り、の使用人の先導に従う。
――なんなの……なんか暗いわね
――客に声もかけないって…って、あれ、それって正しいんだっけ
――あー!! もう!!
――マナーとかって何なのよ! 邪魔くさいったらないわ!
ヴェルメが反応しない事にもイラつく。
高位貴族は魔力が高い者も多く、何が原因でヴェルメの存在に気付かれるかわからない。だから返事をしない事は正解なのだが、苛つくモノは苛つくのだ。
――はぁ…ま、いいわ
若干、不機嫌に半眼となっていたが、気分を変えようと、田舎者だと侮られない程度に周囲を窺った。
――使用人の様子は気分悪いけど……窓…大きいな
――それに花瓶もなんか高そう
――ふーん、公爵サマってやっぱ金持ちなんだ
――ま、公爵サマの事はオッサンが何とかするだろうけど、あた…じゃなかった、わたしは公子サマの方ね
先導する使用人が、ゴテゴテと装飾の施された扉の前で足を止める。
それに付随して、後ろに続いていたアヤコ達も足を止めた。
ノックの後、扉が開かれると、中へと促される。
出来るだけ勿体ぶった方が良いと指示されているので、部屋の主の方を見る事もなく、義父であるガロメン侯爵の影になる様に進み、礼を取る義父の後ろで同じく頭を下げた。
「よく来てくれた」
「リムジール殿下のお呼びとあれば、何を放り出しても馳せ参じますよ」
腹の探り合いか何か知らないが、和やかな言葉でありながら、何処か空気が張り詰めているのを感じる。
「それで其方が『聖女』とやらかな?」
「はい。
養女に迎え、今は我がガロメン家の義娘となっておりますが、名をアヤコと申します」
義父ガロメン侯爵に促され、顔を伏せたまま挨拶をする。
「アヤコ・ガロメンです。
公爵閣下にはご機嫌麗しく」
「リムジール・ファン・グラストンだ。
顔を上げてくれ」
許可が出たのでそろそろと顔を上げると、アヤコはそのまま軽く固まってしまった。
――うっわ……マジもんのイケメンじゃん!
――え…これで子持ちなの?
――これって、公子とやらも期待して良いんじゃない?
――あ~、何ならこっちの公爵サマでも、あたしはイイけど♪
一見、若々しくとても子持ちに見えないリムジールは、くすんでいるとは言えすっきりと切り揃えた金髪と青瞳も相まって、とても好青年に見える。
「アヤコと言ったか…。
これよりその聖女とか言う力、存分に振るって欲しい」
「はい、公爵様」
まぁ及第点かと、ガロメンがホッと胸を撫で下ろしている事等知る由もないアヤコは、内心まだ浮かれていた。
――フフン、ねぇ聞いた?
――存分に力を振るえだって
――ま、あたしにも美味しい所があるからいいけどさ
――お金、権力、そんでもってイケメン♪
――しっかり頑張ってよね、オッサン…あ~お義父サマ
――ほーーんと、あたしっていい子だわ~
――それにしても…フフ、イケメンがあたしに跪く図って…ンフ、イ・イ・カ・モ♪
――あ~早く公子サマとやらにも会いたいんだけど…オッサン早く働けよ…
相変わらずヴェルメは反応しないが、アヤコにはどうでも良い事のようだ。
内心で好き勝手にほざいていると、使用人だろうか…少し焦った少年のような声が聞こえてきた。
「(ぁ、いけません、お戻りを!)」
「(煩い!)」
気にはなるが、粗相のないようにと言われているしと、じっとしていると、視界の端に榛色が飛び込んできた。
「チャズ!?」
「待ってるのは飽きた!
で、俺に合わせたいって女はソレか?」
狼狽えるリムジールを余所に、傲岸不遜な飛び入りがズカズカとアヤコに近づいてくる。
――こいつ、何なの?
――バカなの? 死ぬの?
――なんかこういうウザ系俺様キャラって好きじゃないんだけど…
等と内心思っていても、言葉の端々からこの飛び入りが『公子サマ』だと察しを付けて、再び深く頭を下げた。
「初めまして公子様。
アヤコ・ガロメンです」
つくづくベホリアが居なくて良かった。
もしこの場に彼女が居れば、何処が及第点だとお叱りを受けた事だろう。
とは言え、当の公子…チャズンナートの方がなっていないのだから、誰も叱責出来はしない。
「へぇ、顔を見せろよ」
なんて物言いだと、突っ込みたかったが物申せるはずもない。
この場で一番身分が高いのは、当の公子の父親で王弟殿下であるリムジールで、彼が咎めないのなら誰も何も言えない。
――ムカつく……
――何よ、この猿は…あ~っと豚か?
――あ、豚ちゃんが可哀想かな
――ま、何でもいいけど、こんなのに媚び売らないといけないの? サイアク
――オッサンに後で報酬の上乗せ交渉しなくちゃ
「は…い」
「ふぅん、変わった顔立ちだな」
言うに事欠いてソレか…と、アヤコが毒突いても、これは仕方ないだろう。
声に出していないなら問題ない。
何にせよ、このリッテルセンとか言う国の美醜基準等知らないが、少なくとも面と向かって不細工と示唆するような物言いは、万国共通で失礼だろう…多分。
いや、是非ともそうであって欲しい。
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