35
ジョイはぐるりと周囲を見まわす。
目線を下げた先には森がある。森と言っても然程深い森ではないが、先程探索を終えた場所だ。
「参ったな……何処に雲隠れしたって言うんだ……」
此処はフタムス領内。
癒しの花乙女だか聖女だか言う、不審人物が出現した場所にほど近い森。
ジョイは知らなかったが、その聖女――アヤコが保護された森でもあった。
少し前にこの村に到着したのだが、偶々通り掛かった行商人を装い、村内を歩いてみた。
これで村の体を成しているのか疑問に思える程、住人を見かけない。
見かけても、一様に虚ろで、ある者は屋内で、またある者は道端で、ぼんやりと座り込んでいる姿が幾つか見つけられただけだった。
そのせいか、小さな村落にありがちな、余所者に対する警戒心や敵愾心と言うモノが感じられず、ジョイは首を捻る。
「何とも落ち着かない村だな……異様過ぎる」
ジョイは小さく独り言ち、居心地悪げに荷物を背負い直した。
畦道と言った方が良い様な通りの脇に、中年男性が一人、何をするでなくベンチに座っている。
とりあえず、まずがそいつに少し聞いてみるかと、ジョイは重い足取りを演じつつ近づいた。
「あの…こんにちは。
道に迷ったんですが、この村に宿ってありますか?
いや~派手に転んじまって……少し体を休めたいんで……す、が……」
フードを目深に被り、行商人として違和感のない姿を装っている為、警戒はされたとしても、返事も貰えないと言うのがおかしい。
話してる途中でその違和感に気付き、ベンチに腰を下ろした男性の方を見れば、ジョイの方を見ても居ない。
近づいてよくよく観察すれば、口の端から涎が滴っている。
ジョイはフードの奥で双眸を眇めた。
「あんた…どっから来たんだ?」
後ろから駆けられた声にジョイは振り返る。
そこには空の籠を抱えた老女が立っていて、至極普通の反応として、彼女は不審気をギロリと睨む。
「あ~これは失礼を。
行商人なんですが、ちょいとヘマしちまって転んだ拍子に街道から外れちまったみたいで……」
「そう言う事かね…あれだろ? すぐそこの崖沿いの道。
あそこは道が脆いからね。
で、迷ってった訳かい」
「お恥ずかしながら、そうみたいです。
それで少しばっかし身体が痛むもんで、休める所はないかと聞いてたんですが」
老女は鼻をフンと鳴らす。
「こんな所にそんな気の利いたモンがある訳ないだろ?
適当にその辺で勝手に休むんだね」
そう言い捨て、また歩き出し始めた老女を慌てて呼び止める。
「あ、あの!
すみません…良かったら何か買って貰えませんか?
いやぁ、路銀も少々心許なくて」
「はぁ?
こっちの身なりみりゃわかるだろ? そんな金なんざないね。
とっとと消えとくれ」
「そう言わずに。
そうだ…じゃあちょいとお話を聞かせちゃくれませんかね?
お礼はさせて貰いますよ。実を言うと今何処だかも朧気で……ほとほと困り果ててるんですよ」
『礼』の言葉に老女がピクリと反応する。
「ちッ……しかたないねぇ。
何が聞きたいんだい?」
立ち話も何だからと、道から少し外れた所に立つ木の根元に腰を下ろす。
老女はこの村の住人ではないらしい。
荷運びを生業としているそうで、この辺りを統括する地方神殿からの依頼で、各分院から寄進を回収しているのだそうだ。
声には出さないが、内心こんな貧しい場所でさえ寄進だの何だのと強欲な事だと、ジョイはひっそりと口元を歪めた。
だがこの老女に出会えたのは僥倖だったかもしれない。
彼女の話によると、分院の神官が不在だったそうだ。
毎度大した回収物はないので、此処を飛ばして次に向かったところで問題はないが、不在にする時は入り口が閉まっているのに、今日は開いていたと言う。
それで少しだけ周辺を歩いて探していたのだそうだ。
「ここの神官様はツヴェナ様だったかね。
穏やかで真面目な方でねぇ、あたしみたいな婆にもにこやかに話しかけて下さるんだが……」
老女が言い澱む。
「何かあったんですか?」
老女は辺りを窺い、声を潜めた。
「ここだけの話にしとくれよ。
なーんか変なんだよ。
この辺は何処も住人は少ないんだけど、こんなに姿を見ないなんて初めてなんだよ。神官様も居ないし……あんたも早々に離れた方が良いと思うね、あたしゃ」
話し好きの老女のようで助かった。ついでに『聖女』についても訊ねてみるが、彼女は会った事はないと言う。まぁこの近辺とは言え老女自身は回収に動き回っているのだから、丁度会う機会にも恵まれなかったのだろう。
その点は残念だが、彼女の話は聞き捨てならない。
それからは大した話は聞けなかったが、御礼だと言って商品の薬草を1つ手渡せば、老女はホクホクと去って行った。
その後も数人に話しかけてみたが、殆どがぼんやりと虚ろで、返事もままならない。辛うじて返事を貰えても、呆けたように聖女の礼賛をするばかりで、どうにも要領を得ない。
老女に聞いた神官の事を訊ねても、『知らない』『覚えてない』と言う返事が多く、稀に記憶している者と出くわしても、当たり障りのない世間話程度にしか聞けなかった。
こうなると、その分院とやらも調べてみるべきだろう。
荒地のように広がる畑に対して、住人は驚くほど少なく、見咎められる危険性はほぼ皆無だと思えたが、油断は禁物だ。
夜を待って忍び込む。
石塀越しにそっと中を伺っても明かりが灯る事はなく、シンと静まり返っている。周囲には住居もなく、当然だが人通りもない。少しくらいの物音は問題なさそうだ。
素早く塀の内側に身を滑らせる。
辺りを窺いなら、扉に近づいた。老女の話では開きっ放しのようなので、そっと手をかければ、微かな音を立てて扉が開く。
ここまで順調だったが、中には何が潜んでいるかわからない。一応警戒しつつ、そっと屋内に滑り込む。
つんと嗅覚を不快に刺す異臭に気付いた。
異臭の原因を探るべく、奥へと進む。
古く、よく言えば年季の入った薄い扉を開けると、そこはキッチンのようだった。
竈の上には使い込まれた鍋が置かれていて、どうやらこの鍋が異臭の発生源と思われる。
一応確認の為に蓋を開けたが、中にはもう何が何だがわからなくなった黒っぽく泡立つ液体が入っているばかりだ。恐らく調理の途中で放棄されたモノだろう。
何だろう……慌てて出て行った…もしかしたら連れ出されたのかもしれない…そんな状況が見えてくる。
だが、それも可能性の一つでしかなく、決定打となるピースは見つからない。
ざっと分院内を調べたが、他に目を引くモノは殆どない。
粗末な一室で、その部屋に似つかわしくない程精巧な金属の何かを拾ったが、これが何を意味するのか分からず、ジョイはとりあえずとばかりに懐にしまい込んだ。
何となく自分の主であるエリューシアに見せれば、何かわかるかもしれない…そんな気がする。
生きているにせよ死んでいるにせよ、分院神官は探した方が良い様な気がして、ジョイはそのまま周辺へ捜索の手を広げる。
そして冒頭へ戻るのだが、この周辺で身を隠せそうなところは全て探し終えたと思う。
今いるのは小高い丘で、ここは岩ばかりなので木々も少なく隠れるような場所はない。そもそも神官が姿を消す理由がわからない。
血痕なり何なりあれば、そこから想像も出来るが、残された状況証拠から見えてくるモノは決して多くない。
多くないどころか、少なすぎて八方塞がりだ。
少しでも情報を、1つでも多く、と思って捜索していたが、こうなると一旦報告は入れた方が良いだろう。
拾った金属の物体は送れそうにないので、それ自体が魔具となっている羊皮紙に状況を書き記して送った。
ジョイはふぅと息を吐くと、再び調査捜索するべく動き出した。
ここまでお読みいただき本当にありがとうございます。
リアル時間が少々慌ただしく、隙を見計らっての創作、投稿となる為、不定期且つ、まったりになる可能性が高いですし、何の予告もなく更新が止まったりする事もあるかと思いますが、どうぞ宜しくお願い致します。
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もう誤字脱字他諸々のミス、設定掌ぐる~が酷い作者で、本当に申し訳ございません。見つければちまちま修正加筆したりしてますが、その辺りは生暖かく許してやって頂ければ幸いです<(_ _)>