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翌日、再び公爵邸に商会が訪れたが、ほぼネネランタ夫人の独壇場となる。
と言うのも、1日で終わらなかったのだ。
エリューシアの容姿は知っていたネネランタ夫人だが、婚約者として引き合わされたクリストファの本来の姿を初めて目にし、案の定狂喜乱舞…そして暴走した。
当然のようにアーネストやセシリア、アイシアのコーディネイトまでし始め、最終的にどれほどの金額が動くのか、想像しただけで頭が痛くなる程となってしまう。
当然ルダリー商会を始めとした他商会も思い切り煽りを喰らい、彫金師としてやってきていたディオンなんて、打ち合わせに入る前からぐったりとしていて気の毒な程であった。
ドレスの準備等、どうしても時間が掛かる為仕方ないとは言え、今の時期にこんな事で疲労を抱えたくなかったと、エリューシアはげっそりと愚痴を零す。
最後まで元気なのはネネランタ夫人だけであった。
だが、まだ一段落と気を抜く訳にはいかない。
まず中央への報告を済ませる。
中央に報告すれば、確認後、問題がなければ程なく叫び屋経由で王都他に公表されるだろう。
ここ最近は広場等に設置される掲示板も少し増え、其方の使用頻度も上向きつつある。とは言え識字率の問題等もあり、今の所、叫び屋の方に軍配が上がっている状態だ。
それと並行して領内での公表準備にとりかかる。
ラステリノーア公爵領の識字率は、これまでの領経営の成果が表れており、平民への教育が他地域に比べて高く、掲示板も有効な伝達手段となっているので、掲示板の数だけ文書作成に取り掛かった。
尤も懸念がない訳ではない。
神殿だ。
エリューシアとクリストファの婚約誓書を妨害してきた事はつい先日の事で、どんな邪魔をして来るかわからない。
その為公表前に少し探りを入れてみると、誓書提出に赴いたアッシュを妨害してきた中央からの司祭の姿は消えており、何時もの神殿長の姿が確認出来たそうだ。
偶然を装って世間話がてら訊ねてみると、どうやら急遽王都神殿へ呼び出され、暫く不在を余儀なくされたらしい。
一時は監禁等の可能性も考えた為に、ホッと胸を撫で下ろす。
神殿長も中央神殿からの訳のわからない呼び出しには憤慨しており、神殿も一枚岩ではない事が窺い知れる。
一応公爵領地方の神殿と、中央神殿は同じ考えではなさそうだとわかったが、今後も警戒はしておいた方が良いだろう。
神殿長が白でも、他の神官に異物が紛れ込んでいる可能性はある。
そんな忙しない日々の昼下がり、エリューシアは庭に設えられた四阿に居た。
日中は暖かくなってきており、四阿でお茶をするのにも問題はないが、彼女の表情はお茶を楽しむと言う感じではない。
テーブルに置かれたカップは既に冷え切っていて、視線は手にした2枚の書簡に落とされたままだ。
1枚はジョイからの報告。
聖女の話の出所は伝えたので、ジョイは道中の情報収集を後回しにし、一旦フタムス領へと急行してくれたらしい。
ただ其処に、『聖女』と噂される少女の姿は既になかったようだ。
直ぐに住人への接触も試みてくれたようだが、何を聞いても住人達は『聖女』を讃えるばかりで、大した情報は得られなかった事。
聖女が住んでいたと言う神殿分院にも訪れてみたが蛻の殻で、一旦其方の情報収集に切り替えた事等が書かれている。
蛻の殻になっていた神殿分院は、これもジョイが既に調べてくれていたが、きちんと現在も地方神殿の管理下にあり、放棄された分院ではなかった。
それは管理していた派遣神官が居た事を示しており、住人達も数名は覚えていたようで名前は『ツヴェナ』と判明している。
だが、この時点でおかしい。
小さな、しかも貧しい地域の分院神官は、住人達にとってあらゆる意味で便になっていたはずだ。
にも拘らず記憶していたのが数名と言うのが既におかしい。
そして当然だが、派遣された神官が、管理する分院を放棄する等考え難く、ジョイも不審に思い、情報収集と並行して行方の捜索も進めたらしいのだが、生活していた気配はあるのに、当人の痕跡が掴めず報告が遅くなったとも書かれていた。
(神官ツヴェナ……何処へ行ってしまったのかしら…
本人の意思? それとも……いえ、まだ何もわからないわ…ね)
そしてもう1枚。
こちらはアーネストから渡された物で、影が寄越した王都の様子だそうだ。
ベルモール夫人からの手紙にあった通り『聖女』の話は大きく広まり、かなり傾倒している事が窺えるとあった。
聖女の姿は確認出来なかったが、貧民を中心に平民も神殿周辺を訪れては礼賛し、祈りを捧げる姿が増加の一途だそうだ。
それだけでなく、王都では既に『聖女』が活動を開始していると言う噂も実しやかに囁かれているとの事。
(聖女側の動きが早い…?
こうなると私とジールの婚約程度の話では払拭出来ないのではないかしら……はぁ、頭が痛いわね。
ぃぇ…それだけじゃないわね…私は怖いんだわ。
ジールが遠くなりそうで、それが何より怖い……やだな…いつの間にこんなに弱い女になったって言うのよ……)
かさりと下草を踏みしめる音に、エリューシアは顔を上げる。
「エル、大丈夫?
顔色が良くないよ。部屋に戻ろう?」
クリストファが心配そうに手を差し伸べてきた。
険しかった表情を緩め、頷いたエリューシアはその手を取り、連れ立って離棟に戻るべく歩き出す。
「…あまり良くない報告みたいだね」
「そう……ね」
無意識の不安……それ以上にクリストファが絡めとられて、手の届かない場所へ行ってしまいそうな不安に押し潰されそうになる。
「………」
言い様のない不安を言葉にするのは難しく、キュッと下唇を噛みしめる。
その唇にクリストファの指先が微かに触れた。
「噛んじゃダメだよ」
「…ぁ……ごめんなさい」
クリストファは再びエリューシアの手を引き、離棟内に戻ると、その両腕にエリューシアを閉じ込める。
「ずっと躊躇って揺れて……エルからは頼りなく見えているだろうね…。
……ふぅ…覚悟を決めないといけないね。
エルの生まれたこの地を守りたい。
エルが存在する世界を守りたい。
だから…僕は僕の意思で王都に戻るよ。
どれほど、思っても…望んでも、絶対に手が届かないと思ってたエルの手をこうして掴めた。
掴めたら……もう手放す事なんて不可能で…。
きっと僕じゃなければ…エルの隣が僕じゃなければ、この先も領地に居る事も出来ただろうってわかってるのに……。
エルに負担をかけずに済むってわかってるのに………それでもエルが欲しいんだ…。
頑張るから……だから、お願い…僕から離れないで……僕を捨てないで…一緒に王都へ向かって、ずっと僕の隣に居て欲しい」
「それ、私のセリフよ。
私は歪な存在だわ。
例えそれが女神様の思し召しだったとしても、前世の記憶があって、姿も能力も人間とは言い難い存在だわ。
何時だって不安なのは私の方よ」
堂々巡りの同じ不安を抱えている。
だけどいい加減、前を見据えなければならない。
「これを最後にするわ。
ジールの隣は私よ。
誰にも譲らない……許してくれる?」
見つめ合い、フッと2人して小さく笑いあう。
「勿論。
僕の望みはエルだけだ。
エルは?」
「当然よ。
私の望みもジールだけ。
返品は不可よ?
ジールが決めたなら其処を私も目指すわ」
もう少しすれば、公爵領を後にし王都へ向かう、とある日の一幕。
ここまでお読みいただき本当にありがとうございます。
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