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「フタムス領…」
クリストファの呟きに、エリューシアが反応する。
「知ってるの?
私はあまり知らなくて…ビクラン子爵の領地が隣領らしいから、似た感じかなと考えているのだけど」
「グラストン領に近しい所だからね、一応は。
そうだね…言われれば確かにビクラン領と似ているかも…。
ただ其方より更に貧しい…かもしれない。
エルが何処まで把握してるのかわからないけど、ビクラン領やフタムス領のある辺りは土地が瘦せてるだけでなく雨も少なくてね。農耕には不向きな土地だ。
せめて他に産業でもあれば違うのだろうけど、鉱脈も掘りつくした後だったから、救援物資を送るような事もあったはずだよ。
その辺りの詳しい事は母う……ぃゃ、シャーロット様に聞いてみればわかると思う」
呟くように落とされた言葉に、エリューシアも双眸を伏せた。
「な、なにはともあれ、そのフタムス領とやらに調査、と言う事ですね?」
重くなりかけた空気を、ネルファが蹴散らす。
「えぇ、そうなるわ。
まずはジョイに先んじて貰って、軽く探りを入れてからの方が良いかなと思っているのだけど」
「そうだね。その方が良いかもしれない。
あの辺りは余所者というだけで、かなり目立ってしまうだろうから」
ジョイには先行して貰う様にお願いするとして、今日は連日動き回ったり、思いがけない事態…イルミナシウスとネルファと言う神獣達を拾う等のイベントで疲れているだろうからと、全員ゆっくり休息を取る事になった。
猫型のネルファを残して、イルミナシウスと共にクリストファの部屋から出る。
「それじゃイルミナシウス様もゆっくり休んで下さいね」
そう言って踵を返そうとしたところで、エリューシアをじっと見つめる赤紫の玉と目が合った。
「イルミナシウス様?」
「………イルで良い」
「え?」
「名だ。長かろう?」
「ぁ、じゃあイル様と呼ばせて頂きますね」
ふわりと微笑みを載せて頷けば、イルミナシウスも大仰に頷く。
しかしイルミナシウスの視線が外されず、エリューシアは困ったように見上げたまま首を傾けた。
「イル様?」
「……心配するな。
…………る…」
「ぇ?」
イルミナシウスの言葉を拾い切れず、エリューシアは聞き返す。
「……いや、何でもない…また、な」
歯切れの悪さに怪訝な表情になってしまうが、そんなエリューシアを廊下に残してイルミナシウスは歩きだし、階段を下りて行った。
クリストファの部屋に入った時から、どうにも形容しがたい空気があった事からも間違いないと思うのだが……恐らくエリューシアに対して何か隠しているのではないかと予想している。
とは言え、問い詰めても、恐らく何も話してはくれないだろう。
話しても構わない事なら、まずクリストファが黙っているはずがない。
言い様のない不安が胸に広がるのを感じる。
広がって広がって……エリューシアはくらりとする頭を軽く振った。
根付いた不安は大きいが、様子が変だと言うだけで、婚約撤回等の変化があった訳でもない。それにイルミナシウスははっきりと『心配するな』と言っていた。ならば今は静観するしかないと言う事だろうと、エリューシアはすぐ隣の扉を開いた。
後ろ手に自室の扉を閉め、そう言えば…と、ふと我に返る。
このところ婚約やらギルド登録、神獣保護と立て続けだったので、エリューシアには『とある成分』が不足していた。
きっとそのせいもあって、余計に不安になるのだと、何処か自分を欺こうとするように、続き部屋の奥に目立たないようひっそりとある扉を開いた。
扉の先は真っ暗な闇が広がる。
窓一つない空間のようだ。
照明の魔具を起動する為に手を伸ばす。
闇を払った室内はそれほど広くない。
部屋の中央にテーブルと椅子が1脚、ぽつんと置かれている。
少し離れた所に小振りなキャビネットと予備の椅子があった。
「はぁぁぁ…………やっぱり足りてなかったのね…。
暫く忙しかったから…。
ちゃんと定期的に摂取しないといけないわ」
と、何処か恍惚とした視線を上げた先、壁面には所狭しと豪奢な額縁が並ぶ。
その額縁が飾るモノは深い…深い青。
「あぁ、お姉様……」
そう、この1室はエリューシアの推し部屋だ。
一部父母も一緒の肖像もあるが、殆どはエリューシアの姉アイシアの肖像画が飾られている。
「やっぱりカメラが欲しいわね…。
肖像画も勿論味わいがあって良いのだけど……ぁ、そうだわ…今度あの複製原画風に描いて貰えるように注文を出そうかしら」
呟いたエリューシアの脳裏には、遠い前世の一室に、御神体の如く飾られたアイシアのB2サイズ複製原画がしっかりと映し出されていた。
「数量限定シリアルナンバー入りだったから、転売ヤーどもに散々邪魔されたけど。でも、何とか注文出来たのよね…あれはほんと熱い戦いだった」
前世、死を迎える前に毎朝毎晩拝謁していたアイシアの複製原画は、色鉛筆とパステルを使って描かれた物で、フォ〇ショップやイラ〇トレーター等のソフトを用いて描かれたものではなく、かなり人気のあった一枚だ。
実際、後日覗いた某オークションサイトでは定価の3倍に跳ね上がっていた。しかもそれでも最終落札期限まで、まだ5日を残していたのだ。
公式サイトで買えていなかったら、まんまと転売ヤーに転がされていたと思えてしまう程、欲しかった1枚。原画展で実物を見て惚れ込んで購入を決めたモノだから尚更だ。
「あぁ、この世界の顔料で色鉛筆って作れるかしら?
顔料やワックスは何とかなると思うけど、糊剤……ん…適当なのが思いつかないわ…。
いえ、ダメね…研究開発する前から弱気じゃ…。
とはいえ、今はこの肖像画達で癒されよう……猫も結局私の手元には居ないし…ぅぅ」
部屋の中央にある椅子に腰を下ろし、壁を見つめる。
「ふあぁ、あれはお姉様の5歳のお披露目時の物…なんて可愛らしいのかしら…。あちらはあの襲撃前の物ね。
あら…そういえば学院の制服姿で描いて貰った物は何処に置いたかしら…折角並んで描いて貰った物なのに、先月模様替えの時にお父様かお母様に持って行かれた?
いけないわ、直ぐ返して頂かないと!」
ガタリと椅子から立ち上がり、父母を問い詰めるべく、エリューシアは推し部屋を後にした。
詰まる所、エリューシアの推し部屋は、アーネストやセシリアも知っていると言う事に他ならず、この一家…大丈夫だろうかと心配になった方、貴方は正常だ。
だが、安心して欲しい。
エリューシアの名誉の為にも断言しておく。
決して盗聴や盗撮等はしていないし、付き纏いもしてない。単に肖像画を愛でて必須栄養素を補給しているだけだ。
とは言え…ラステリノーア公爵家の、アイシアへの家族愛が怖い…いや、少々ズレている事に間違いはないだろう。
ここまでお読みいただき本当にありがとうございます。
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