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「……そんな事が…」
説明を聞き終え、小さな呟きと共に頷いたジョイに、エリューシアが続ける。
「まさかとは思いたいけれど、こうなると『聖女』の方もゆっくりで良いとか言っていられないわ」
「そうだね。
まずは出所の調査……かな」
クリストファの言葉に反応したのはネルファだ。
「その調査、私共も是非」
ネルファが言い終えるや否や、ジョイが口を挟んだ。
「ネルファ様でしたよね?
えっと、傾倒してるのが平民、貧民って話したでしょう? つまり聞き込み対象も、主に平民貧民になってしまうんです。
その…眷属様には不向きかと思うんですけど」
言葉は選んではいるが、要は手出し無用だ。
姿は衣服でどうとでもなるし、顔を隠す事も難しくはない。
しかし物腰や口調は、やはりこういった調査に慣れた者でないと、素が出やすい。これまで長い時間、この世界に存在していたはずの神獣に、今だけ口調を変えろとか無理だろうと、人間サイドは満場一致で頷いた。
「しかし」
渋るネルファにイルミナシウスが口を開いた。
「ネルファ、そこまでにしておけ。
調査だのなんだのは我等には難題だと申しておったのは其方ではないか。人間の事は人間に…が最適なのであろう?」
「それはそうですが、だからと言って何もせぬままと言う訳には…」
「それはそうだの。
ならば、従魔として同行するのが良かろう」
イルミナシウスの言葉に、ネルファは『そうでした!』と言わんばかりに頷くが、人間サイドは全員揃って苦い表情だ。
「その……盛り上がってる所申し訳ないのだけど…。
従魔としてでもネルファ様の同行に賛成出来ないわ」
代表して口を開いたのはエリューシアである。
「な、何故でございますか!?
従魔登録をしておけば、町中を歩く事に不都合はないのではなかったのですか!?」
「システムとして不都合はないのだけど、ネルファ様はあの時の大きさが最小なのですよね?」
ギルドで従魔登録した時のネルファの大きさは、当然元の大きさより小さくなって貰ってはいたが、それでもエリューシアの身長に並んでいた。
『子フラウロス』だと押し切って登録はしたものの、フラウロスと言う種自体が恐ろしい魔物である以上、余裕で子供サイズはある存在を連れ歩くのは、警戒させてしまいかねない。
いや、間違いなく警戒されるし、怯えさせてしまう事間違いなしだ。
そして何より目立つ。
何より穏便に、出来るだけ印象が残らないように調査を進めたいのに、ネルファを連れていては、人々の記憶に残ってしまう。
そう伝えれば、ネルファは萎れて口籠ってしまった。
その様子は憐憫を煽るが、此処は流される訳にはいかない。
暫く落ちた沈黙を、イルミナシウスが破った。
「エリューシア等の言い分は尤もだ。
だから……そうだの…それが良いか…」
イルミナシウスの視線を辿ると、エリューシアの顔の横、耳辺りに行き当たる。
「耳?」
「いや、その装飾品じゃ」
エリューシアの左耳には、クリストファから贈られた耳飾りが輝いていた。
金と銀が絡み合う繊細な細工が施された土台に、深く澄んだ紫色が鮮やかなアメジストと黄金真珠があしらわれている。小振りながらも見事な逸品だ。
これはエリューシアが自分の事を話し、それでも自分で良いのかと問うた後、クリストファが動けるようになってから贈られたものだ。
同じ耳飾りの片割れは、クリストファの左耳で輝いている。
クリストファの独占欲が具現化した物と言っても良いだろう。
それを見つめるイルミナシウスに、エリューシアとクリストファが揃って首を傾げる。
意図がわからず問えば、耳飾りとイルミナシウスを繋ぐと言う。
繋いでおけば、リアルタイムで声や様子が伝わるのだそうだ。
しかし、そんな事をすれば、万が一近くに敵……ヴェルメが現れた時、気付かれてしまうのではないかと懸念を伝えれば、イルミナシウス側から何かしない限り大丈夫だと言われる。
そう言う事ならと、エリューシアとクリストファは揃いの耳飾りを外した。
イルミナシウスはジョイの方にも何か適当なモノを出せと促す。
ジョイは少し考えた後、アッシュから貰ったと言うペンダントを外してテーブルに置いた。
どんな儀式が行われるのかと固唾を飲んで見守るが、イルミナシウスが手を軽く翳しただけで、あっさりと終了したようだ。
未だしょげ返っているネルファには申し訳ないが、その後は簡単な話し合いだけで解散となる。
談話室から出る時、イルミナシウスが一瞬振り返って此方を見つめてきた。視線が合わなかった気がするので、エリューシアを見た訳ではないかもしれない。
少々気になるが、何も言わずにネルファを連れて出て行ったので、黙って見送った。
「エル?」
「ぁ、ごめんなさい」
「疲れた?」
「いえ、大丈夫よ……ただ」
どうしてだろう…普通にイルミナシウスの視線が気になったのだと伝えれば良いだけなのに、エリューシアの唇は動かない。
「本当に?」
「ぁ……ぁ、ぇぇ、大丈夫」
一夜明けて……。
今日は少しばかり邸内が慌ただしい。
と言っても、それは本棟の方で、離棟の方は何時もと変わらぬ穏やかさだ。
朝食前の日課である魔法訓練の為に廊下を歩いていると、メイドのサネーラがやってきた。
「お嬢様、おはようございます」
「おはよう。
……でも、どうしたの?」
サネーラはエリューシア付きなので離棟に居るのはおかしくないのだが、この時間は食堂や厨房で忙しくしている事が多い。
だから訓練場に向かう経路で会うはずがないのだが……。
「本日のご予定を伺いに参りました」
「予定?」
「はい……」
何処か困惑を内包しているような様子に、エリューシアも訝しげな表情になってしまう。
「サネーラ?」
「それがその……昨日、旦那様が出入りの商会にお手紙をお出ししたのですが……」
「ぇ……ぁ、そ、そうなの…」
婚約が無事成立したので、色々と準備の為に各商会へ予定を組んで貰うよう手紙を出したのだろう。
出入りの商会だからと言って、普段から無理強い等しないので、それ自体は何時もの事だ。
だが、それなら何故こんなに困ったような表情になっているのかがわからない。
「サネーラ?」
「朝一番に先触れが来られまして…」
「そ、そう……素早い対応ね。昨日の今日って事だもの。それがどうしたの?」
「それがッ!!
先触れの後ろに既に馬車がずらりと!!」
「………ぇ?」
「ネネランタ商会様を筆頭に、ルダリー商会様の馬車まで……あぁ…もう本棟の方は天手古舞でございます!!」
能面オルガと対をなすように仏頂面なサネーラが、両手で顔を覆ってしまった。
「ですので、申し訳ございません!
お嬢様には本日のご予定がございましたら、どうぞお教えくださいませ!!
そして可能でございましたら、どうか変更をお願い出来ませんでしょうか!?」
「……ぁ、うん…はい」
―――その頃、本棟正面玄関前のとある馬車内では…。
「何てお目出度い事でしょう!!
これは私の全てを傾けねばなりません!」
ドレスデザイナーとして名を馳せるネネランタ・ボルトマイス伯爵夫人が息巻いていた。
夫人付きのメイドは何時もの事だと何処吹く風だが、向かいに座る、彫金師として活躍し始めたディオン・ルダリーと、ルダリー商会を支えるカール・マハウトは疲れた様にハハッと笑って固まっていた。
ここまでお読みいただき本当にありがとうございます。
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