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アヤコの言葉に、ベホリアは打ちひしがれたように黙り込み、唇を震わせる。
その表情に、アヤコは肩を竦めた。
「嫌ですよ~、そんな顔しないで下さいって。
あたしがベホリア様を虐めてるみたいに思われるじゃないですか~、ねぇ?
それじゃ、あたしは準備があるので」
そしてククッと小さく笑いながら、アヤコも退室していく。
部屋には、項垂れ一気に老け込んだように見えるベホリアだけが残された。
一番上等な服は、今身に着けているし、他は大したものは持っていない。
だから準備と言っても殆どする事はなく、日本からの服と所持品の入ったカバンを持って出るくらいのものだ。
自室として与えられた部屋からそれらを持ち出し、馬車止めへ向かう。
先程部屋にも居た執事風の初老の男性が馬車横に立っていて、小走りに現れたアヤコに気付くと身体ごと向き直った。
「すみません、お待たせしました」
執事風の男性は、値踏みするようにじっとりとアヤコの足先から頭まで見つめる。
「ふむ……。
確かにまだ『覚束ない』ですね。まぁ良いでしょう。
旦那様に失礼のないようになさってください」
初老の男性の失礼な視線に、アヤコの眉間に皺が寄る。
――何なのよ、こいつ……
――っても、今は我慢、我慢……
開かれた馬車の扉奥には、先程閣下と呼ばれていた男性が既に座っていた。
「ぁ……ッ…し、失礼、しま…す」
気圧される様な視線と空気に、アヤコも思わず神妙な態度になる。
無言で対面に座るや否や、馬車が走り出した。
「お前次第では、我がガロメン家に養女に迎える可能性もある。心して励むがよい」
「はい、どうぞよろしくお願いします」
――フ……フフ…聞いた? ヴェルメ…
――あたし、そいつの養女になるかもだって
――さっき、あのババアがこいつの事『こうしゃく』って言ってたよね
――どっちの『こうしゃく』だろ、侯爵? 公爵?…ま、どっちにしても順調に階段は登ってる感じよね。あ~もう、あたしってば人生勝ち組じゃん♪
言いたい事だけ唐突に言って黙り込むガロメン侯爵を前に、アヤコは緊張しながらも、浮かびそうになる笑いを必死に堪えていた。
イルミナスの初誓書受理等のイベントはあったが、大きな騒動になる事もなく簡単な夕食を終え、それぞれが自室に引き上げていく。
イルミナス……いや、本当はイルミナシウスと言う名なので、改めよう。
イルミナシウスとネルファはどうすると言う話になったが、エリューシアとクリストファにくっついてきたのだからと、離棟の方に部屋を整える運びになった。
最初、エリューシアの部屋で良いとか言っていたイルミナシウスだが、到底認められる訳がない。
使用人達の動揺他も考えて、人型で過ごして貰うよう頼んだ事もあり、少年姿のイルミナシウスの要望が通らないのは当然の結果だった。
クリストファが目を吊り上げ、相手は仮にもドラゴンだと言うのに、本気で殴り掛かりかけていたのを、エリューシアが止め、ネルファが平身低頭謝りまくって何とか落ち着いたのだが、そんな4名は現在、伯父フロンタールが使っていた部屋に集まっている。
エリューシア達とは階も異なるし、最近まで使われていた部屋だから準備に手がかからずに済んだ為、今後イルミナシウスに使って貰う事になった。
ネルファは隣の続き部屋を使って貰う。
「とりあえず此処を起点にさせて頂いての捜索と言う事になりますね」
「うむ」
ネルファの言葉にイルミナシウスが大仰に頷く。
「それで、先程は聞きそびれましたけど、そのヴェルメとか言う存在の気配が消えたのはどの辺りなのです?」
エリューシアが、何方にともなく訊ねる。
「場所の特定は難しいですね。
ただ、此処より南方向なのは確かです」
「此処より南って……それだけ?」
ネルファの返答にクリストファが渋面になった。
「申し訳ございません……」
ネルファが苦し気に眉根を寄せて俯く。
イルミナシウスも、その隣で悔し気に唇を噛んでいた。
「南、ね。
兎に角、人の居る場所は捜査範囲とした方が良いのよね?
ラステリノーア領の南となると…ロンダクス山地の南にツデイトン侯爵領、其処を通り過ぎればワムルトの山と森があって王都。更に南には……はぁ、もう少し絞り込めないと厳しいわね…。
何か手掛りになるような事はない?
これまでに聞いた以外の何か…。
例えば……そうね、ヴェルメって人を喰らうのよね? じゃあその痕跡とか」
エリューシアの言葉にネルファが顔を上げる。
「そう、ですね…。
あぁ、そうだ。ヴェルメは植物系だと言う話はしたと思いますが、餌となる生物に花を咲かせますね」
「花? 花となるとかなり目立つわね。
もしそれの目撃情報があれば……ぁ、まさかと思うけれど、それで増殖したりなんて事はないのかしら?」
ネルファの表情が曇る。
「申し訳ございません。
紅影の魔女の作品は知能を持つ場合もあって、あまりわかっていない事が多いのです。
ヴェルメについても同様で、念話出来る知能があり、なかなか調査が進まず……。
それに確保した状態でしたから……」
「あの謎の衝撃さえなければ、彼奴があの領域から脱出する事等不可能だったのだ……」
「イルミナス様……」
悔し気に顔を歪めるイルミナシウスとネルファの様子に、エリューシアも言葉を途切れさせてしまう。
それを見てクリストファが口を開いた。
「それだけでも大きな手掛かりだよ。
僕らが知る人は、花なんて咲かせないからね。
もし直接的な場面を見ていなくても、十分人の口に上る程度には衝撃的だよ」
「そうね。
じゃあまずはその情報を集めましょう。
ラステリノーア領内ならすぐ集められると思うけれど、他はどうしようかしら…」
「ジョイはまだ戻ってないの?」
クリストファの言葉に、エリューシアが眉尻を下げて首を横に振った。
「まだみたい。
誓書の方はイルミナス様のおかげでどうにかなったから、『聖女』の情報が集まれば直ぐ戻って来るとは思うのだけど…」
「あぁ、そっちもあった…ね」
今度はネルファとイルミナシウスの方が、怪訝そうに眼を見開いた。
「『聖女』と申しますと?」
ネルファの問いに、エリューシアが困ったように口を開いた。
「まだよくわからないの。
王都の方で『聖女』がどうのっていう噂があるらしくて…。
今、丁度調査中なのよ」
「そうですか……人間界も大変な時期のようですのに、申し訳ございません」
「手数をかける」
心底申し訳なさそうに頭を下げるネルファの隣で、イルミナシウスも神妙に零した。
「そんな事…。
そのヴェルメとか言うのも放って置いたら、どんな惨事になるかわからないわ。
早めに知る事が出来て、反対にお礼を言いたいくらいよ。
だから、そんな風に委縮しないで欲しいわ」
「はい…ありがとうございます」
「……そう、だな…うむ」
苦笑を混ぜ込んで、エリューシアがお道化て続ける。
「もしかしたら聖女の調査中に行き当たるかもしれないし、何なら根幹は同じだったりする可能性も無きにしも非ずよ?」
この時は、単なる言葉の綾…少しでも気を軽くしてくれればと言う気持ちからの言葉だったが、まさか的を射ていたとは思いもしないエリューシアだった。
ここまでお読みいただき本当にありがとうございます。
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