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ベホリアの後ろをついて歩いているうちに、いつの間にか周囲は見慣れない風景に変わっていた。
歩いての移動だったので、同じエリア、同じ建物内だと思うのだが、何処だかアヤコにはわからない。
あまりキョロキョロすると、またベホリアのお小言が炸裂してしまうので、視線だけで周囲を確認しているうちに、思い出した。
祭壇のある広間から奥には行かないように言われていたのだ。
恐らくだが、その一角ではないだろうか。
そんな事を考えていると、前を行くベホリアが立ち止まった。
他と変わらぬ白い扉をノックする。
少し待っていると、中から執事のような服装の初老の男性が出てきた。
「お待たせしましたわ」
「お待ちしておりました。
どうぞ」
互いに無表情のまま淡々と事務的な言葉を交わす2人に、アヤコは小さく口角を上げた。
普段は立ち入りを禁止されている場所、いつもなら他の神官も連れ歩くベホリアがアヤコしか連れていないという事に、もしかしたらとアヤコはほくそ笑んだ。
「アヤコ、粗相のないように」
「はい」
間違いない。
この先に権力者が居る。
高位の貴族か、はたまた莫大な資産を持つ商家か……どちらにせよ、アヤコにとって次へのステップ、踏み台だ。
先頭に立って歩く執事が一つの扉の前で足を止めノックする。
「旦那様、お越しになりました」
「(入れ)」
扉越し、くぐもった声が聞こえた。
執事は無言のまま扉を開き、ベホリアとアヤコを中へと誘導する。
「閣下、お待たせしまして申し訳ございません。
ですが先触れもなく来られるのは困ります」
ソファに腰を下ろしたままの男性を前に、少し手前でベホリアが、苦言も交えつつ深く身を沈めて頭を下げる。
当然アヤコもそれに倣った。
「それが件の娘か?」
ベホリアの苦言等意に介していないのか、口にした言葉はそれ。
「はい」
ベホリアに促され、頭を上げたアヤコは一歩前に出る。
「アヤコ・シモヌマイシ……です」
まだマナー他色々と付け焼刃でしかない為、名乗るだけに留めている。
それにしても……と、アヤコはひっそりと視線を泳がせた。
これまで会った事のある貴族は、分院がある土地を治めるフタムス子爵に、彼の友人だとか言う男爵。後はこちらに来てから、術の検証と言うか、半ばデモンストレーションとして騎士が何人か…だが、彼等からは下卑た下心のようなモノや、劣情が向けられている事は感じたが、威圧感などは感じなかった。
だが、初めて見るその男性から注がれる視線に、アヤコは緊張する。
見下すような高圧的な視線は、室内の温度を下げているのではないかと錯覚しそうになる程だ。
「異国の娘か…。
まぁ良い。
それでどうなのだ? 本物か?」
「はい。
力は間違いなく、奇跡と申していいかと思います」
男性の目が訝し気に細められる。
「その物言い……
何か問題があるのか?」
ベホリアがピクリと身を揺らした。
「……は、はい…。
その、力は間違いなくあります。
この目で確かに見ました……しかし、その…まだマナーや教養が覚束ず」
「なんだ、そんな事か」
憮然と男性が言い放つ。
「覚束ないだけなら問題ない」
「ですが、文字が書けないのは流石に……」
男性がわざとらしく大きな溜息を吐いて首を振った。
「その程度の事で、これ以上待てん」
吐き捨てるように言う男性に、ベホリアが唇を噛むが、渋々頭を下げる。
「承知しました」
男性はベホリアには一瞥もくれずに執事を呼び、その耳元で何やら囁くと、執事の方は頷いて退室していった。
それを視線で追っていると、再び貴族男性が口を開く。
「今はフタムスの養女だったか?」
「はい」
「ふむ……まだ子爵家の娘の方が良いか…いや、そうなると……」
ぶつぶつと1人で考え込み始めた。
ベホリアが逆らえない相手に、アヤコが何か出来る訳もなく、2人して身動きも出来ないまま途方に暮れていると、退室していった執事が戻ってくる。
そしてその手に持っていた物を、貴族男性に手渡した。
受け取った彼は、視線をこちらに向ける。
「アヤコとか言ったか、これをやろう」
名を呼ばれ、ベホリアも頷いたので、アヤコは少し屈み気味に立ち上がって近づくと、両手を差し出した。
「その魔具があれば、簡単な読み書き程度なら問題なくなるはずだ」
受け取ったのは黄色い石が填め込まれた指輪だ。
どう言った理由で、そんな魔具があるのかはわからないが、頑張って勉強せずとも困らなくなるなら、アヤコとしては非常に助かる。
「閣下……そのような高価な魔具を…いいのですか?」
ベホリアが不安そうに言うが、男性はそれを軽く受け流し、アヤコに視線を固定する。
「このままその娘だけ連れて行く。
直ぐに用意しろ」
「な!?」
ベホリアには想定外だったのか、驚愕の表情で固まっている。
聖女とやらの話を、貴族男性に持ち込んだのはベホリアだ。
だが、それはあくまで自分が王都の中央神殿に返り咲く為であって、ここで取り上げられるのは困る。
王都へ連れて行くのは自分でなければならないのだ。
ベホリア自身が中心となって、華々しく王都に凱旋するはずだったのに、これでは自分には何の旨味もなく、下手をすれば養女にしただけのフタムス子爵の方が旨味を得てしまうではないか。
「閣下お待ちを……ガロメン侯爵!!」
「なんだ、騒々しい…」
「アレに目を付けたのはわたしです!
それなのに…」
「くどい」
「ヒッ!!」
喚くベホリアを一睨みで黙らせた男性――ガロメン侯爵はソファから立ち上がり、そのまま退室していった。
「嘘よ……そんな、だって……わたしが後ろ盾になって……。
そんな、どうして……これではわたしは使われただけに……嫌よ」
床にへたり込んだまま、ベホリアはわなわなと震えて呟いている。
その様子を見下ろしていたアヤコは、静かに彼女に近づいた。
ゆっくりと身を屈め、屈託のない笑みを浮かべる。
「今までありがとうございました、ベホリア様」
「アヤ、コ…」
ベホリアが縋る様に、アヤコの手を取って握りしめた。
「ダメよ、渡さないわ。
そう……アヤコが言えばいいのよ。わたしと一緒でなければいけないと!
言うのです!
侯爵閣下にわたしも同行させるように言いなさいッ!!」
必死な形相で、それでも命令口調を崩さないベホリアの滑稽な姿に、アヤコはニィっと口角を引き上げた。
「あたしにそんな事出来ませんわ~。
だって侯爵様なんでしょう? 怒らせてしまったら……何だっけ…あ、そう、言語道断ってヤツでしょ~?」
軽くそう言いながら、笑みを張り付けた顔から温度が失せていく。
「(いい気味)」
聞かせる気のなかった呟きは、それでもベホリアの耳に微かに届いた。
「アヤコ、貴方……」
アヤコの豹変ぶりに、ベホリアは化け物でも見るかのようにじりじりと後退る。
「やだ~。
そんなに怯えないで下さいよ~。
な~んにもしませんよ? な~んにも、ね。
だって、ベホリア様にはお世話になりましたしね~。
あ~、でも次お会いする時は、あたしの方が偉くなってるかも♪
ベホリア様、その時は、ちゃんとその頭、下げてくださいね?」
アヤコの笑みは、そう見えるように作られた仮面のように、薄ら寒いモノに見えた。
ここまでお読みいただき本当にありがとうございます。
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