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人間の食事を思う存分楽しんだイルミナスの隣で、ネルファが疲れた顔をしているが、協力して欲しいと言う内容を聞くために談話室に移動した。
エリューシアとクリストファは当然として、アーネストとセシリアも同行している。
「早速で申し訳ありませんが」
ソファに腰を下ろすなり、ネルファが切り出した。
「人間界に潜んだヴェルメ捕獲に、ご協力頂きたいのです」
アーネストとセシリアにも、彼等が追っている『ヴェルメ・パラシータ』と呼ばれる存在については説明済みだ。
寄生するような危険な存在の捜索と言う事で、セシリアは渋面を作ったが、アーネストは少し悩んだ後、頷いた。
ヴェルメがどう言った寄生先を好むのかは知らないが、少なくとも身分で選別すると言う事はないだろう。そうであるなら領民が犠牲になってもおかしくないのだ。
領主であるアーネストが、それの探索に乗り出さないと言う選択肢はない。
どの辺りで気配が消えたのかも、ざっくりとしかわからない以上、まずは情報収集から始めるべきだろうかと相談していた所へ、ハスレーがやってきた。
何事かと聞き耳を立てていると、どうやらアッシュが帰邸したらしい。
時間を確認するまでもなく、こんな遅くまで戻っていなかった事に驚愕を隠せない。
見ればアーネストとセシリアも、眉間に皺を刻んでいる。
「アッシュ、遅くまで済まなかったね」
作戦会議は一旦休止し、戻ってきたアッシュをアーネストが労う。
「旦那様、勿体ないお言葉でございます。
それより、このように遅くなりました事、お詫びいたします。
それで……なのですが……」
何故か躊躇するアッシュが、白銀の美少年と純白の美青年に視線を向けた。
なるほど……部外者の存在に、報告を躊躇っていたのかと分かり、エリューシアが口を開いた。
「紹介がまだだったわね、ごめんなさい。
こちらの銀髪の方がイルミナス様、白髪の方がネルファ様よ」
「エリューシア様、私の事はネルファと呼び捨てて頂いて構いません」
公爵令嬢と言う人間の身分云々ではなく、精霊の愛し子だからだろう。
主上とも言えるイヴサリアが愛おしむ存在のエリューシアは、彼ら眷属にとっても大事な存在なのだ。
「我もエリューシアならば名を呼ぶ事を許そう。
そうだな、クリストファも許してやっても良い」
相変わらずふふんと踏ん反り返って宣うイルミナスだが、その姿は幼い少年でしかないので、子供が背伸びしているようにしか見えない。
笑いを堪えているエリューシアの隣で、クリストファが耐えきれなかったのか、プっと吹き出していた。
女神の眷属である神獣だと続ければ、アッシュが慌てて平身低頭しかけたが、それを止めて報告に移って貰った。
「……は…では。
神殿の方ですが、懸念は当たっておりました」
アッシュの言葉に、やはりという空気が流れる中、セシリアだけは落胆した様に溜息を零す。
「実際にはこの領の神殿長ではなく、王都から来たと言う司祭が邪魔してきたのですが」
「王都からの司祭が?」
そんな話は聞いていないと、アーネストも眉根を寄せる。
「何時もの神殿長には目通りが叶わず、王都の司祭の話は要領を得ず、誓書は預かるから出せの一点張りで……」
「神殿長に会えなかったと言うのか…」
「旦那様……何か嫌な予感がしますわ」
不安気なセシリアの声に、アーネストも頷く。
結局、出せないまま持ち帰る羽目になった誓書を、アッシュが懐から出して、アーネストに差し出す。
それを受け取ったアーネストの表情は冴えないままだ。
「誓書の方も困った事だが……神殿長の身が心配だね…」
「そうですわね…ジョイが無事提出出来れば良いのですが……まさか、本当に手を回してくるだなんて…」
呟くセシリアを慰めるように、アーネストがその肩を優しく叩いた。
そんな、何処か重苦しい空気の中、イルミナスがついていた頬杖を外し、組んだ足の上で腕を軽く組み直した。
「ネルファ」
「は」
その一言で何か伝わったらしく、ネルファが立ち上がり、アーネストに近づいた。
「失礼します。
その誓書、見せて頂いても宜しいでしょうか?」
「ぇ……ぁ、あぁ…」
人の姿を取っているとは言え相手は神の眷属だ。
アーネストは一瞬困ったような表情をするが、逆らえるはずもなくゆっくりと差し出す。
受け取った誓書を開いて確認した後、それを持ったままネルファがイルミナスの方へ向き直った。
「問題ございません」
「そうか」
ゆっくりと上体を起こし、ソファの背凭れに背を預けたイルミナスが、微かに口角を上げて頷く。
「ならば……。
その誓書、我が受けてやろう。
ネルファ」
恭しく片膝をつき、元通りに畳んだ誓書をイルミナスに掲げる。
姿勢はそのままに、イルミナスが軽く右手を振ると、掲げ出された誓書が光を放ち始めた。
「女神イヴサリア様に代わり、眷属たる銀光龍イルミナシウスが、この誓書を受け認める」
誓書が放つ光が眩い程に強くなり、そして……一瞬で消え去った。
思いがけず包まれた厳粛で荘厳な空気に、誰もが息を飲み、言葉を発する事が出来ない。
…………だと言うのに……。
「見たか!
我もやるであろう?
エリューシアよ、ほれ、我の頭を撫でる栄誉をやろう!
我は出来る子じゃぞ!
ネルファ!
どうだッ!
ちゃんと出来たぞ! 誓書の受理なぞ初めてであったが流石だと思わぬか!?」
「はい。
イルミナス様、流石でございます」
誰もが思った…。
――――― 台無しだよ ―――――
「少しは慣れましたか?」
「はい、ベホリア様」
真っ白な法衣を金糸でゴテゴテと飾り立てた白髪の老女が振り返ると、後ろについていたアヤコが頷く。
こちらも老女の纏う法衣とシルエットは変わらないが、重ねられたレースが目立ち、一見ドレスと言っても通る装いだ。
どちらにしても、神職とは思えない程、贅沢で華やかな装いである。
「座学の方も順調だと聞いています。
ただ文字の読み書きは難しいですか?」
無表情に問われるが、それに一々たじろぐアヤコではない。
「ごめんなさい」
「アヤコ」
咎める鋭さを内包した声で、名を呼ばれる。
「ぁ、『申し訳ありません』」
「いいでしょう。
貴方はこれから高位貴族達との縁も増えるのですから、言葉遣い他、マナーは疎かにしないように」
「はい」
細かく訂正してくるベホリアに、アヤコは内心で毒づく。
――糞ババアが……
――だけど我慢よ。これを乗り切ったらやっとゲーム本番だもの
――ヴェルメも、待たせたわね。やっと美味しい餌にありつけるわよ
―――――ソウカ ヤットカ
――そうよ、やっとよ! アンタだって痩せぎすの貧乏人より、肥え太ったお貴族様の方が食べ甲斐があるでしょ?
―――――ウム
――それにしても、文字くらいどうにかなんないの?
――なんで日本語じゃないかな、この世界。面倒ったらありゃしないわ
―――――モジ ワカラナイ
――ま、そーでしょーね。
――でも、何とかなる気がしないのよ……はぁ
歴史はこの国、そして神殿の事だけで良いから、前世の日本史世界史に比べれば大した事はない。
数学は大人でも算数レベルに近いから、こっちも問題ない。
魔法に関しては、アヤコの使う能力はヴェルメの力だし、それ以外も補助がある。
勿論、苦手な教科がない訳ではない。
何しろ元々の成績も良くはないアヤコだ。
詩とかはちんぷんかんぷんだし、刺繍とかかったるすぎてやってられない。
だけど……前世でも英語はぶっちぎりで赤点だったアヤコに、文字は特に頭の痛い問題になっていた。
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