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しかしイルミナスが言う事にも一理ある。
ネルファの言う『協力』の内容もまだ聞けていない以上、更なる長話になるのは目に見えている。それに時間的にも帰邸する事には賛成だ。
とは言え、一度ギルドへは報告に行った方が良いだろう。
特に急かされている訳でもないし、報告に行ったとしても、タイミングによっては仕事の邪魔になってしまうかもしれないと言う懸念もあるが、駆け出し冒険者である下級ギルド員が近付けなくなっているのは事実だ。
これが長引くのはギルドとしても避けたい所のはずである。
領主の娘としても、こういう問題は早々に解消しておきたい。
だが、そこまで考えて、エリューシアは『む…』と唸ってしまった。
(報告に行くのは当然として……どう報告するのが一番かしら…。
何にも居ませんでしたよ~…では、5階級ギルド員の顔を潰す事にならない?
だからと言って馬鹿正直にドラゴンが居たんです…とも言うのは憚られるわよね?)
それを正直に言葉にすると……。
「ふむ。
では我が出向けば良いのか?」
このドラゴン……人の話を聞く気はないのだろうか?
それ以前に自分が人間にとってどんな存在か、やはり理解していないようだ。いや、反対に境界世界で監視者? 管理人? まぁ何にせよそんな…ある意味引き籠りだから、他の生命と触れ合えるのが楽しくて仕方ないのかもしれない。
だが、頷く訳にもいかず困っていると、ネルファが首を傾けていた。
「つまり、この森にあった脅威についての報告に困っていると言う事ですか?」
「えぇ……何もなかったと言うのは簡単だけど、それでは注意を促してくれたギルド員の面目を潰す事になるかもしれないから、出来れば避けたくて…」
「ふむ……。
報告するにしても、ドラゴンが居たとなれば大騒ぎになってしまうから、丁度良い落としどころに悩んでいると」
エリューシアはこくりと頷く。
「新人達の出入りに問題がなくなれば良いだけだから、僕が何もなかったと報告する…それで良いのではない?
確かに5階級の者達には申し訳ないけれど……」
「やっぱりそれが一番無難かしら…」
クリストファと結論に至りかけた所で、ネルファが提案してきた。
「では私を発見した、と言う事で如何でしょう?」
「貴方を……ですか?」
思わず『何を言っているのだ?』と声に出さなかった事は褒めて欲しい。
ネルファは、確かに気配は人間のモノではないが、その正体は未だ不明のままである。
主であるイルミナスがドラゴンなのだから、彼も同種の可能性が高いが、それなら尚更、何の問題解決にもなっていない。
「それは流石に……仮に貴方が其方のドラゴンより小型種だったとしても、竜種であるならあまり変わりは……」
困ったように言うエリューシアに、ネルファは何かに気付いたのか、微かに目を瞠った後、ゆっくりと頭を垂れた。
「大変失礼しました。
そうでございました……。
まだ名しかお伝えしておりませんでしたね」
そう言うと、ネルファの姿が音もなくブレる。
まるで投影されたノイズのような一瞬の歪みが落ち着けば、其処に居たのは先程までのイケメン従者ではなかった。
大きさは先程までとあまり変わっていない。
顔のあった高さに、今も顔がある。だが、その顔は人間のモノではなかった。
翡翠の瞳は円らだが鋭く、真っ白だった髪色はしなやかな全身を柔らかく包み込んでいる。
艶やかなそれは見るからに触り心地が良さそうだ。
大きな耳は左右対称で美しく、耳先のリンクスティップはかなり長い。タフトの方も長く、優美な曲線を描いて肩辺りにまで及んでいる。
そう……一言で表すなら……『猫』だ。
いや、その筋肉質な体格や、きりりとした精悍な顔つきから言うと『豹』の方が近いかもしれない。
「…………はぅ…」
エリューシアの可憐な唇から漏れたのは、極まったような吐息だ。
それに気づいたクリストファは、エリューシアの表情を見て打ちひしがれたような表情で固まっている。
ただでさえキラキラしいアメジストの宝石眼は更に輝きを増し、唇は感動に震えているのだ。
愛しい婚約者のそんな表情に、クリストファはショックを隠せない。
そんなクリストファに気付いていないエリューシアは、喜びに震えながら叫んでいた。
「は……はぅぁ……ぁぁぁああああぁぁ!!!!!! 猫型魔物だわぁぁぁぁ!!!!!」
感動のままに目の前の猫型魔物に抱き着くエリューシア。
クリストファは石になってしまうし、イルミナスも口をへの字に曲げている。
抱きつかれているネルファはと言えば、困ったように俯いて固まっていた。
「ジール! 猫よ! しかも魔物!! ぁ、魔物じゃないかも……だけど意思疎通が可能な猫よ!!
何て素晴らしいの!!
ネルファ様、是非我が家へお越しください!!
もう、最大の歓待を!!
はぁぁぁぁ……なんてもふもふなの!!??
ジール、ジールも触ってみて!! ふあぁぁぁぁ……触り心地がもう……」
はしゃぎつつもウットリとするエリューシアに、我に返ったクリストファが困って固まっているネルファから引きはがした。
その行動に、何故かイルミナスがうんうんと頷きながら拍手を送っている。
「ダメ!
エル……君が抱いて良いのは僕だけ!
良い?」
「でも……だって…猫ぉ……」
「そ、それに見て?
ネルファ殿も困って固まってしまってる…ね?
まだ初対面の方なのだから、困らせるのは申し訳ないよ?」
「ぁ……それは…そうね」
「僕ならどれだけ抱き締めても構わないから」
「ジールなら…?」
「そう」
「うん…」
しおしおと大人しくなったエリューシアに、クリストファはホッと息を吐いた。
勿論、ネルファには敵愾心満載の視線を向けると言うおまけ付きで……。
ただ……盛大に砂を吐いても良いだろうか? ……リア充爆発しやがれ……。
「全くだ。
愛らしさなら、我の方が上であろうに、何故ネルファなのだ?
イヴサリア様の愛し子なら、我の方を可愛がるべきだ!」
何やらドラゴンが呟いているが、これは全力スルーが正解だろう。
気を取り直したクリストファが、場を纏めようと軽く咳ばらいをしつつ口を開く。
「ぁっと……その、ネルファ殿を報告するのはどうか? と言う提案でしたよね?」
「は、はい! さ、ささ、然様です」
むくれるイルミナスと、萎れるエリューシアを気遣わし気に見回すネルファだったが、クリストファからの声掛けに、慌てて姿勢を正した。
「恐らくですが、私ならイルミナス様を報告するよりは、大騒ぎにならずに済むのではありませんか?」
「……それは…確かに…」
大きさだけで言うなら、人間の大人サイズの猫型魔獣と言うのは珍しくない。
形態的にも、魔獣の『フラウロス』と呼称される種に近く、言い張る事は可能だろう。
ただ真っ白な体毛に翡翠の瞳、優美な耳毛というのは、かなりレアなのだ。
単に報告するだけでは、捕獲依頼が出されても不思議ではない。
其処に言及すると、ネルファはあっさりと……。
「確か従魔登録とか言うのが可能ではありませんか?
それをしておけば、私の存在が大騒ぎにならずに済むと思うのですが? それに珍しいからと、ちょっかいをかけられる事もなくなりますよね?」
確かにギルドで従魔登録と言うシステムはある。
従魔登録しておけば、町中を歩いていたとしても害される事はないし、反対に手出ししてくるような輩に反撃しても不問とされる。
しかし……。
女神の眷属……多分眷属と言って良いと思うが、そんな存在を従魔に…?
しかもそれを当の眷属が言って良いのか?
ドラゴンの従者と言っても、紛う事なく眷属で、神の一端だろう?
クリストファだけでなく、萎れていたエリューシアも目を丸くして、とんでもない事を言いだし始めたネルファを見つめる。
「「………はい?」」
ここまでお読みいただき本当にありがとうございます。
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