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甘々って……難しい(笑)
エリューシアは真っすぐ突き進み、正面に立ち塞がった。
進路を阻まれ、思わず足を止めたのはクリストファだ。その手に持っていた小瓶をエリューシアに取り上げられ、苦笑している。
クリストファは意識を取り戻してからも、ラステリノーア公爵家に現在進行形で滞在中だ。
「もう染める必要ないでしょう?」
「どうかな…だってこの髪色じゃ目立つからね」
彼は意識を失う事件の前、ラステリノーア領で仕事(アーネストにこき使われていた)をしていた時は、ずっと髪色を黒に変えていた。
ここリッテルセン王国で精霊の系譜とされる金色と銀色は、とんでもなく珍しい為に目立つのだ。
「目立つかもしれないけど、ダメ! だって……」
「…だって?」
クリストファに復唱されて、エリューシアが頬を赤くしながら口をへの字に曲げた。
「クリス様は意地悪だわ」
「ジール」
「…ッ……」
「ジール……エル、ジールって呼んで」
微笑みを浮かべたまま、少し屈みこんでエリューシアの耳元で甘く囁き、そのままエリューシアを腕の中に閉じ込める。
免疫のないエリューシアは沸騰寸前だ。硬直してフルフルと小さく震えている。
「……ジール…」
「合格」
真っ赤になったエリューシアの髪に、微笑んだまま口付けを落とす。
「慣れすぎ…よ」
「したいように振る舞ってるだけで、慣れてると言うのは違うよ」
「嘘吐き」
「嘘じゃないって…。
手を繋いだ事があるのは母上とコフィリーとニーナだけだし、こうして僕が自分から抱き締めるのはエルだけだよ」
それは事実なのだろう。
エリューシアの両親がその辺調べ上げていないはずがなく、ほんの小さな欠片でも、女性の影が見えていたならエリューシアの傍に寄るどころか、とっとと領内から追放していただろうと、躊躇なく言い切れる。
優秀な影達も居るのだから、調査漏れはない。
だからクリストファの言葉にも行動にも嘘はないと分かってはいるが、こうした行動に免疫がないのだ。
「兎に角……もう染めないで」
頑なに理由を口にしないエリューシアだが、実のところ単純な理由だ。
髪色がどうあれクリストファに違いはないが、他人から見て髪色が違えば不貞を疑われかねない。
まだ婚約もしていないのだから不貞も何もないのだが、婚約を渋っているのはアーネストだけなので、実質秒読み段階ではあるのだ。
とは言え、アーネストだってクリストファを認めていない訳ではない。
あの事件の日まで、クリストファはベルクと共にアーネストにこき使われていた。書類整理は勿論の事、領地視察等々……最早こき使うと言うより、婿教育の様相となっていたくらいだ。
アーネストにとって、殺しても飽き足りない王家の血筋と言うだけでも忌々しいのに、誰よりも見事な王色を持ち、愛娘エリューシアに思いを寄せた挙句奪うかもしれないと言う少年なのだから、忌々しさも一入であった。
ベルクについても憎き前宰相の直系の癖に、愛娘アイシアを狙う不届き者だ。こちらも忌々しさは勝るとも劣らない。
子に罪はない―――理想ではあるが、それを心底体現出来る者はどれほど居るのだろう……少なくともアーネストやセシリアには、直ぐ切り替える事等出来なかった。
最初はそんな、どうにも難しい感情が綯い交ぜとなり、相容れないかのように見えていたが、アーネストもセシリアも、底意地が悪い人間ではない。
真摯に誠実であろうとするクリストファ自身を、ベルク自身を、見ないふり等出来る訳がなかった。
そうしてこき使うつもりが、いつの間にか婿教育にすり替わって行った。
アイシアは嫡女だが、ベルクとの結婚を視野に入れるなら、嫁ぐ事になるだろう。何しろベルクは東方辺境伯家キャドミスタの嫡男と言うだけでなく一人っ子なのだ。婿に来て貰うのは難しい。
その点クリストファは問題が無い。
王弟の第2子としてグラストン家に生まれたクリストファには兄が居て、彼自身はスペアでしかない。
しかも現在はグラストンでさえない。母親のシャーロットの生家であるベルモール公爵家の養子となっていて、継承についても現当主の血筋は、滞りなく受け継がれているのでクリストファは身軽なものだ。
となれば、クリストファが婿としてラステリノーアに入るのは、当然の流れと受け止められた。
勿論問題が無いわけではない。
セシリアから話を聞かされたが、クリストファには王位継承の打診があったと言う。シャーロットはそれに賛成の立場で、グラストンからベルモールに逃がした訳だが、あの事件のせいでクリストファは意識不明……いや、半ば死んでいた……そんな状態に陥った為に、王位継承の話は立ち消えとなっていた。
―――はず…だった。
セシリアが持ってきた封書を開いて、アーネストは眉根を寄せた。
「今度は何を…?」
開いた封書に施されていたのは、暫定中央を預かる形となっているソドルセン公爵家の封蝋。
「今度も何も……また同じだね」
「一度は立ち消えになったお話ですのに、諦めが悪くていらっしゃいますわね…」
「まぁ馬鹿王子が王位継承権放棄を、早々に宣言してしまったからね……」
エリューシア達が事件に巻き込まれた頃、丁度時を同じくして王家に調査の手が入る事になった。
宰相の妻であるソミリナ夫人が、ザムデン宰相や王家の不都合が散見される手紙他の証拠品を、中央に提出した事が切っ掛けだった。
それを受けて王子バルクリス協力の下、知らないと叫んで暴れるホックス王とミナリー王妃を捕縛。
王太后モージェンについても調査の手が伸びた。
公金横領散財等については公にされ、ホックスとミナリーは幽閉後毒杯となるが、王太后の事は公にされる事はなかった。勿論噂と言う形で影で囁かれてはいるが、公式に認められる事はないままだ。
何故なら、抜きん出た所がなく凡庸ではあったが、堅実な政で良王と言われていたヴィークリス王に、婚約者候補殺人疑惑が浮上したのだから、公にすることは難しかった。
ちなみに王家と宰相によって闇に葬られたラステリノーア公爵家の話も、噂となって流出している。
それ等諸々で王家王族への求心力は、最早見る影もない。
そんな状態だったので、早々にバルクリスも王位継承権放棄を口にしてしまったのだ。
ここまでお読みいただき本当にありがとうございます。
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