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談話室へ赴き、お土産披露のお茶の時間は和気藹々と終わった。
夕食までは自由時間で、ここ最近のエリューシアは甜菜糖を使ったレシピの考案や、管理マニュアルを作る事に重点を置いていたのだが、今日は久しぶりに自室でエルルノートを引っ張り出している。
過去、文字を書けるようになって以降、一時は毎日のように何かしら書き込んでいた為か、分厚い革表紙には年季が感じられる。
頁を捲れば、必死になって『マジカルナイト・ミラクルドリーム』というゲームのあれこれを思い出し、書き留めていた事を思い出した。
(久しぶりに前世の記憶を引っ張り出そうと思ったけど……結構薄れてしまってるわね。
あぁ、そう……そう言う描写もあったんだった)
手を止めて、ぼんやりと中空に視線を流してから、その双眸を伏せる。
(うん。
やっぱり『マジナイ』には聖女なんて出てこなかった…。
もしかしたら続編とかでならあるのかもしれないけど、真珠深の死後の事なんてわかる訳がない。
それにしても『聖女』か……『性女』でも『盛女』でもないと良いのだけど…)
どうにも時間があると考え込んでしまう。
気分転換も兼ねて、以前ちらりと考えた癒しの探索に行ってみようと思い立った。
ささっと着替えを済ませる。
辺境領程ではないが、ラステリノーア公爵領にも、魔物が出現する場所は至る所にある。
勿論危険な魔物が出現した時はギルド(こちらではギルド、ギルド員と呼ばれるが、冒険者でも通じたりする)に依頼を出したり、領主が私兵を出す等で対応するが、弱い、大人しい他、特に問題ない魔物なら、積極的に駆除したりしないのだ。
それ故、普通に見かける事も出来るのだが……。
(猫型……私的には犬型より猫型なのよね。
あぁ、フクロウとか猛禽系も捨てがたいかも…でも、そう、問題はそう言う系の魔物って、この辺りで見かけた事がないのよ!)
そんな事を考えつつ剣の準備をしていると、部屋の扉がノックされた。
返事をし、少し待ってと続けようとしたところで、扉が開かれる。
「……ぁ…」
「……エル…その恰好?」
ノックの主はクリストファだったようだ。
彼はエリューシアの装いを見て、目を不穏に細めている。
(だ~か~ら~……圧倒的美少年がそう言う顔しないのよ…。
めっちゃ怖いから、やめて…)
「何処かへ出かけるの?」
まぁ、さっきまでのドレス姿ではないから、そう思うのも当然だ。
「遠乗り?」
これから魔物の住まう森か何処かに行こうと言うのだから、当然ながらワンピースとかでもない。
いや、実を言えば殺す気ならばワンピースどころか、ドレス姿でも問題はないのだ。転移で飛んで、一撃で仕留めるだけなのだから。
しかし思い立ったのは殺害ではなく探索後の捕獲。
つまり歩き回る事がほぼ決まっている。だから歩きやすい服装をと考えたのだが、、生憎とエリューシアには軽鎧系だのの持ち合わせがないのだ。その為あり合わせで、乗馬服にマントと言う装いになってしまった。
「……じゃ…ない……かなぁ」
誤魔化されてくれる訳ないよね…と半分以上諦めながらも、窺うように言えば、クリストファの視線が更に剣呑になる。
続く沈黙に、先に動いたのはクリストファの方だ。
「……はぁ……何処?
僕も行く」
「えぇ!!??」
「当たり前でしょう?
愛しい婚約者を1人で行かせるなんて、考えられないよ」
いちいち『愛しい』とかつけないでくれと、エリューシアの方が赤くなって狼狽える。
「で、でも!
別に危ない事をしに行く訳では……」
「それでも、だよ」
そう、これまでもエリューシアは、普通なら『危ない事』を『何度』もしている。
避難していただけとは言え、一時的にでも辺境領で暫く暮らしていたのだから、魔物や魔獣の脅威は、エリューシア自身、身に染みて良くわかっていた。
勿論ギルド員や騎士達を動かす事もあるが、それは実はそこまでの脅威でない場合が多い。それと言うのも、彼等が動くだけで領内が大騒ぎになってしまうのだ。
緊張と恐怖が漂う空気と言うのは、思った以上に人間から気力体力他を奪っていく。
当然ながら無暗に領民を怯えさせたいなんて思う訳がないので、お祭り的な非日常として、そこまで強くない魔物の討伐は残しているのだが、本当に危険な場合、エリューシアは1人で転移、1人で討伐をしていた。
だが、ある時、それがクリストファにバレてしまった。
同じ離棟で暮らしているのだから、仕方ない事ではあった。あ、ちなみに同じ離棟で寝起きしていた伯父のフロンタールだが、少しずつリハビリが進み、現在は本棟の方に居を移している。
一時期アーネストが公爵位を引き渡したがったのだが、それはフロンタール自身に辞退されてしまった。
彼曰く、何時病人から卒業出来るかわからぬ者に、公爵位とか拷問か? だそうだ。
まぁ、そんなこんなで、バレたのはクリストファだけで済んだのだが、それ以降、危険な魔物討伐にはクリストファも同行するようになっている。
内緒で行って、後からバレたら、その方が面倒なのだから仕方ない。
「で、何処に? 対象は? 目的は?」
矢継ぎ早に問われ、渋々答える。
「えっと……場所も対象もこれから……」
「どう言う事?」
「だから……その、はっきり決まってるのは目的だけなの!」
クリストファが視線で先を促す。
「……癒しに猫型魔獣でも探そうかなと…」
「………態々魔獣…ね。普通の猫ではだめなの?」
「普通の猫だと愛玩にはなれても、相棒にはなれないじゃない?」
「癒しなら愛玩で充分だと思うのだけど」
「そこは、こう一歩踏み込んで!」
力説してからハッと後悔する。もしかしたら呆れられるかもと、ちらっとクリストファを窺い見た。
魔獣をと考える利点は幾つかある。
魔物の方が知能が高かったりする可能性があるのだ。テイム能力がなくても、物理でねじ伏せずとも、説得出来る場合があるのだ。
これが普通の動物だった場合、説得なんて出来ないし、慣れてくれるのにも時間がかかってしまうだろう。
何より……この理由を言葉にして言うつもりはないが……エリューシアの傍は危険なのだ。
これから王位を継承しようと言うクリストファの隣に居ると決めた以上、エリューシアのこれからに平穏は多くないだろう。
だが魔物なら自分で自分の身を守れる。
クリストファが顔を俯けているので、表情がわからない。それだけでなく肩が小刻みに震えている。
やはりやらかし発言だったかと、しょんぼりするエリューシアの耳に、微かな音…いや、声が届いた。
「……ッ……ク……クク……」
あろう事か、クリストファは笑いを堪えている様だった。
「ック…クハ……アハハ、もうエルは……そう言う所も可愛いな」
痘痕も靨なんて、ただの妄言かと思っていたが、どうやら実話らしい。
「じゃあ行こうか。
久しぶりにギルドの方も覗いてみるのも良いかもしれないね。
少しだけ待ってて」
ここまでお読みいただき本当にありがとうございます。
リアル時間が少々慌ただしく、隙を見計らっての創作、投稿となる為、不定期且つ、まったりになる可能性が高いですし、何の予告もなく更新が止まったりする事もあるかと思いますが、どうぞ宜しくお願い致します。
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もう誤字脱字他諸々のミス、設定掌ぐる~が酷い作者で、本当に申し訳ございません。見つければちまちま修正加筆したりしてますが、その辺りは生暖かく許してやって頂ければ幸いです<(_ _)>