17
途切れさせた言葉を促すように、少し冷たい風が髪を揺らす。
「僕は……どうしたら良いんだろう、ね…」
普段はしっかりして見えるこの精巧な天使人形も、未だ未成年なのだから揺らいで当然だ。
エリューシアは眉尻を下げて、彼の背中に腕を回す。
そして優しく、トントンと幼子をあやすように叩いた。
「……ごめん…」
「色々と降りかかりすぎだもの。
それに私の前でくらい、弱った姿で居ても良いのではない?
反対に他の人の前でされたら……その…やきもち焼いちゃう…かも…」
「ぇ……エル、本当に?」
つい今しがたまで弱り切っていたのに、エリューシアの言葉であっさり復活する。
エリューシアの方はと言えば、口にした言葉を後悔しているのか、頬を染めて視線を泳がせていた。
「もう一度言ってくれる?」
強請るクリストファに、更に茹蛸のように赤くなったエリューシアは、高じた気恥ずかしさのまま、デコピンを喰らわせた。
「言いません!
……もう、恥ずかしいんだから…」
デコピンを喰らった跡を手で擦りながら、それでも復活したクリストファは、嬉しそうに笑みを深める。
「うん。
でも……また気が向いたらで良いから、僕が喜ぶ言葉もくれたら嬉しいよ」
「……えっと……ぅん…」
まだ肌寒い空気の中、互いを暖め合うかのように抱き締めあった。
寒さを互いの体温でどうにも出来なくなってきた頃合いで、クリストファがそっとバルコニーから建物内へ戻る様に誘導する。
「ごめん、冷えてしまったね…」
クリストファが後ろ手に扉を閉めてから、その手を伸ばしてエリューシアの頬に触れた。
「お、お互い様……よ。それに……」
続く言葉を真っ赤になって飲み込むエリューシアに、クリストファが首を傾ける。
「エル?」
「な、何でもないわ。
そ、それより!
そう、それより、どうするの?」
クリストファは目を伏せて視線を床に落とした。
「そう…だね。
まだ考えが纏まらないんだ…」
「でも、気になるのでしょう?
何より王都は、クリス様が育った所だもの」
「エル…ジールだよ」
「……ぅ…」
何としても、特別な愛称で呼んで欲しいらしい。
「ジ…ジール…」
「うん」
クリストファが心底嬉しそうに頬を緩めた。
が……すっと表情を消し去り黙り込む。
「育った場所と言っても、然程思い出があるとか、そう言うのはないんだ。
前にも話したけど、僕は両親や兄のいる本棟ではなく離れの方で育ったしね。だからかな…王都だけじゃなくこの国そのものにも、思い入れはないと思ってた」
平坦に、感情が乗らないように慎重に話すその姿に、エリューシアの方が苦しくなった。
「思い入れがない訳ないでしょう?
コフィリー様の思い出だってあるでしょう?
シャーロット様や使用人達だって……学院に友人もいたでしょう?
他には……そう、冒険者仲間だって居たのではないの?」
エリューシアの言葉に、クリストファはそっと瞼を閉じる。
「コフィリー……よく笑う子だったんだ。
同じように離れに押し込められていたのに、彼女は何時だって笑顔で…」
「今度コフィリー様のお墓参りに連れて行って欲しいわ。
ちゃんとご挨拶したいし」
「うん。僕もエルを紹介したい」
ふふっと互いに笑いあう。
「王都……か…。
そう考えれば、コフィリーやシディル達と過ごしたあの離れは、僕にとって大事な場所なのかもしれない……」
「そんな心細そうに言わないで。
ジールの大事な思い出だわ」
「そうだね」
クリストファはすっと顔を上げ、焦点の曖昧な視線を遠くへ流した。
「使用人は……あぁ、馬丁だった彼にはよくして貰った…。
母上……ぃゃ、もうシャーロット様と呼ぶべきかな。彼女は離れに来るとよく抱き締めてくれたよ。コフィリーも一緒に…。
友人は…ベルクは卒業したはずだけど、そう言えば今は王都に居るのだったか…ギリアンはこちらへも良く来るから、王都と言う場所とあまり結びつかないかも……うん、僕は友人は少なかったんだな…改めて思い知ったよ」
情けなく眉尻を下げるクリストファに、エリューシアは呆れたように肩を竦める。
「それ、ソキリス様達がお聞きになったら悲しむと思うけれど?」
「そう?」
「ジールが学院から姿を消して、彼等もずっと心配してたのよ?」
「……そう…だったんだ…」
「他には? 冒険者仲間は?」
ちょっぴりワクワクしているのか、エリューシアの宝石眼が、何時もよりキラキラして見える。
「仲間って……僕はずっと一人で行動してたからね」
「あら…残念。
お仲間が居たら、ジールの隠された一面とかの話も聞けると思ったのに」
「残念って……。
僕はエルに隠し事なんてないよ。エルの前でなら素の自分で居られるし…ね。
僕が僕であれる場所は、エルの傍だけだ。
だから……。
だから、ずっと傍に居て……離れて行かないで…僕を置いて何処にもイカナイデ…」
さらりと放たれた言葉に、エリューシアは真っ赤になった。
「エル?
ごめん! 廊下で話す事ではなかったね。寒かっただろうに…気がつかなくてごめん…。
大丈夫? 熱は……」
都合よく勘違いしてくれたみたいなので、エリューシアは赤くなった顔を少し背けて、話題の軌道修正を図る。
「だ、大丈夫よ!
えっと……その、何にしても王都には、ちゃんとジールの大事な人も場所もあるって事!
だから行ってみましょう?
ベルモール夫人達が心配する気持ちもわかるけど、ジールの気持ちが一番大切なのだから」
顔を背けたままのエリューシアに、微妙に落ち着かないクリストファだったが、その勢いに思わず頷いた。
「ぁ、う…うん、そうだね」
「転移で行けば一瞬だし、何かあっても直ぐ戻れるわ。
店はそのままだから、あそこを拠点に……一応家と言うか館を用意した方が良いかしら…」
先程までの照れ隠しなどなかったかのように、エリューシアが真顔になって呟き始める。
「館を買うの?」
「店を拠点でも良いけれど、あまりあそこは目立たせたくないかも……他の候補となると宿になるかしら。だけど宿では何処から情報が洩れるかわからないと思うのだけど」
「それは…確かに」
「でしょう?
じゃあ早速行ってみましょ!」
善は急げとばかりに言い出すエリューシアに、クリストファの方が慌てた。
「ま、待って。
エル、落ち着いて?
今はセシリア夫人のお茶を……」
「ぁ……」
すっかり忘れてたと言わんばかりに、思わず口元を手で押さえるエリューシアであった。
ここまでお読みいただき本当にありがとうございます。
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