15
「くそっ……」
リムジールは思わず手にした手紙を、床めがけて叩きつけた。
激高しすぎているのか、握りしめた手がわなわなと震えている。
突然妻であるシャーロットから離縁され、次男クリストファもいつの間にか、シャーロットの生家であるベルモール公爵家の養子になってしまっていた。
それだけでなく、気づけば公爵邸の使用人も随分減っていた。
思えばその頃から、何もかも上手くいかなくなった気がする。
叩きつけた手紙は、ラステリノーア公爵家からの抗議文だ。
以前、嫡男チャズンナートとラステリノーアの娘達を会わせたいと申し入れたのだが、けんもほろろに断られた。しかし諦めきれず、領地に居るラステリノーア公爵アーネストを通さず、彼の娘であるアイシアに直接接触を試みた事について、簡潔ながら冷たい怒りの滲んだ手紙が届いたのだ。
一度断られたにも拘らず、接触を試みた事もそうだが、ティーザーを使った事も不味かったらしい。
「何故こうも上手くいかないんだ」
ガクリと肩を落とし、ソファに崩れるように座り込んで、額を手で押さえる。
やらかし王と名高いホックス王の弟として、諫める時は諫めてきたし、助力が必要なら手を差し伸べてきた……いや、きたつもりだ。
リムジールには何がいけなかったのか、どうしてこうなってしまったのか、さっぱりわからない。
王家を、王である兄を必死に支えてきた。
だから兄が捨てたシャーロットも拾い、公爵家…いや、貴族等の機嫌も取ってきた。
生まれた子供達も、これまでの教えの通り、嫡男を支えるようにと教育してきた。
娘コフィリーの死亡は残念ではあったが、リムジールにとって優先すべきは王家と嫡男で、あっさり思考の外に追いやる事にも抵抗はなかった。
にも拘らず、甥である王子バルクリスの、ある意味裏切りにあい、兄の…王家の衰退を見せられる事になっただけでなく、それに抗おうとする行動のどれもが上手くいかない。
アーネストの事も友人だと思っていたから、これほど拒絶されると思わなかったのだ。
「一公爵令嬢が王族に近しくなれるかもしれないと言うのに、何が不満なんだ……」
確かにラステリノーア公爵アーネストは、子供の頃から優秀で、神童と有名であった。
そんな噂を聞いていたから、学院では引き立ててやろうと、入学早々に声もかけてやったが、あまり手応えがなく、そのままになってしまったが、兄ホックスの尻拭いの為に近づいたシャーロットの友人であったセシリアのおかげで、そのアーネストとも友人になれた……はずだった。
だが結果はこれだ。
「どうしたものか……。
チャズの後ろ盾に丁度良いと思ったんだがな…」
リムジールは過去に対面した、アーネストの娘であるアイシアの事を思い出していた。
本音を言えば『ラステリノーアの妖精姫』こと次女エリューシアの方が欲しかったが、幼いながらも気品に溢れ、マナーも申し分がなく、何よりセシリアによく似た…将来美人になること間違いなしなあの少女を得られれば、少しは運も向くと思ったのだが、、本当に上手くいかない。
「私の何がいけないと言うんだ…? いや、それもこれも、バルとシャルのせいだ…」
はなっから自分に非があると考えないホックス元王やミナリー元王妃に比べれば、幾分マシな思考とは言え、最終的には他責傾向がある彼には理解が難しいのかもしれない。
「しかしラステリノーアとの縁が難しいとなると……」
眉間の皺を深くし、無意識に指の爪を噛む。
「……そう言えば…あぁ、そうだ……。
聖女とか言う娘なら……」
過日、ガロメン侯爵が押しかけてきて噂話を残して行った。
彼の話によると『聖女』とか称される少女が現れ、民が騒いでいると言う。どうやら奇跡を操る少女らしく、騒ぎが転じ、民の人気が高まりつつあるそうだ。
しかし、馴染み深い『精霊の愛し子』なら兎も角、初めて耳にする『聖女』とか言う言葉もそうだが、何より奇跡とか言うモノを頭から信用出来ずに、翌日には自分の目で確かめに赴いた。
その時は、ガロメンの言うような、少女の持つ民からの人気を利用する等は考えて居らず、単に興味と確認だけだったのだが、簡単に得られると思っていたラステリノーアの後ろ盾に難航し、焦燥や不安等が気付かぬうちに降り積もっていたのかもしれない。
「…そうだよ、そうだ……。
民からの人気なんて、何よりの後ろ盾じゃないか…。
民からの人気があれば、ソドルセン公爵達を説得出来るかもしれない。
そうだよ…次男でしかないクリスなんか…スペアでしかないアレなんかより、チャズの方が王に相応しいんだ。
王色など関係ない…。
しかもいつの間にかベルモールなんかに取り込まれているアレが、王に望まれる等あってはならないんだ。
奇跡を起こす娘……チャズの相手として、後ろ盾として使えるかもしれない」
どこか焦点のあっていない、虚ろな気配を滲ませる表情をしたまま呟くリムジールだったが、ふと眉根を寄せた。
「いや、待て……。
例え人気があっても、どの馬の骨ともわからぬ者をチャズに娶わせるのか…?
村民等が交わす言葉を聞いただけだったが、顔くらい見ておくべきだったな。
他に…………そう言えばムバイラは何と言っていた…?
確か……そう、派閥の貴族に養子縁組をさせるとか言っていたか…」
のっそりと腕組みをして天井を振り仰ぐ。
「平民か……それでも養子に出来るのであれば奴隷と言う事はないだろうし…。
とりあえずムバイラに一度連絡を取ってみるとするか。ここで唸っていても何もわからないしな」
1人そう呟いて、使用人を呼び寄せる為のベルを鳴らした。
そしてリムジールからの手紙が、ムバイラ・ガロメン侯爵の下に齎されたのは、その翌日の事だった。
手紙を受け取ったガロメンは、使用人の手前という見栄か、緩みそうになる頬を必死に引き締める。
尤も、使用人が退出してしまえば、そんな取り繕っただけの上っ面は直ぐに剥がれた。
「ハ……ハハ…やっとリムジール殿下も腹を括って下さったか…」
そう、このまま今の暫定中央に任せていては、名前だけは将軍と立派だが、その実、この国にとって穀潰しでしかない自分も、外交功績の殆どが夫人であったシャーロットのモノだったと言う事が明らかになりつつある、王家の残滓でしかないリムジールも未来はないのだ。
次の王が決まってしまう前に、何とかして自分達に都合の良い状況を作り出さなければならない。
『聖女』なんて耳馴染みのない言葉を聞いた時には、首をただ傾げるばかりだったが、このタイミングで何とも使い勝手の良さそうな人物が現れたものだ。これを利用しない手はないだろう。
出来れば一度臣籍降下したリムジールより、王子であるバルクリスの方に立って貰いたかったが、倒れたとの報が入って以降、姿を見る事さえないのだから仕方ない。
「ま、どっちでもいいんだ…。
我にとって都合良く行きさえすれば、担ぐ神輿なぞ何でも構わん…」
手紙を広げ、文面に目を落とす。
そこには聖女について、あれこれ書かれていた。
「ほほう…人気の程度を訊ねてくるとは…。
養子縁組の進捗も……おっと…ほほう、御嫡男との面会を考えても良い…か……フ…フハハ……ハハハハハ…。
あぁ、ようやっと我に運が向いてきたか!」
ガロメンは、リムジールからの手紙を握りしめ、心底嬉しそうに笑った。
ここまでお読みいただき本当にありがとうございます。
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