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「これで、完了よ」


 ムガエトが、皺深く厳しい顔に笑みを浮かべる。

 その隣でフタムス子爵が大きく頷いた。それを受けてか、控えていた使用人が近づいて来て、アヤコを別室へと促す。

 その別室へ着き、ソファへ座るとお茶の用意はされたが、その使用人も退室してしまい、アヤコは何となく口をへの字に曲げる。


「何なのよ……どいつもこいつも……」


 それにしても…と、アヤコは両手を見つめて。握ったり開いたりを繰り返した。


 ――これでやっと一歩前進

 ――大人しい良いの子の振りをした甲斐があったと言うもんだわ


 ―――――アア、オマエノイウトオリダッタ


 ――でしょ? 出自の不明な聖女なんて噂になったら、絶対に利用したい貴族とかが接触してくるって、ネ


 ―――――アア


 ――それにしても、さっきはひやりとしたわ

 ――あのババアが言ってた『おかしな気配』って、あんたの事よね?

 ――あたしの聖女の力に、上手く紛れられるんじゃなかったの?


 ―――――ダイジョウブダトオモウ


 ――誰にも気づかれないようにしてよね

 ――ヴェルメの事がバレたら困るんだから


 アヤコが『ヴェルメ』と呼んだ存在は、肯定の気配を伝えてきた。



 あの日、彩子がこの世界に落ちたあの時、今にもパニックでおかしくなりそうだった彼女に声を掛けたのが、この『ヴェルメ』と呼ばれた存在。


 必死に毛を逆立てるようにして警戒する彩子に、取引を持ち掛けてきたのだ。


 世界を渡った事に対するギフトなのか何なのかわからないが、彩子には確かに何かの力が備わっていたらしい。

 だが使い方がわからなければ、宝の持ち腐れだし、何より攻撃力は皆無の力だったようだ。

 とは言え、はなっから怪しさしかないヴェルメの言葉を、疑う事なく信じた訳ではない。まぁ今にして思えば、あのギリギリの状態にも拘らず、まず力の使い方を教えて貰って、実践してみるという頭が働いたのは奇跡だったと思う。

 しかし、言うとおりにしても劇的な変化は起こらず、翳した手の先の傷が、息が上がる頃になってやっと薄くなる程度……そう、確かに彩子には聖女の治癒力が備わっていた。

 とても微かで、攻撃に応用する事も出来ないゴミみたいな力……。


 だが、ヴェルメの能力は寄生した宿主の力の強化だと言う……。

 これによって彩子は元々備わっていた聖女の力の強化と言う恩恵を受け、少しは攻撃も出来るようになり、生存確率が上がる。対するヴェルメの方は、寄生する事で安全に人間に近づき、餌と出来るのだ。しかも彩子の聖女の力のおかげで、魔物としての気配もかなり薄く出来る。


 その提案を、彩子は迷って悩んで……挙句、受け入れた。

 詰まる所、利害が一致したのだ。


 そんな馬鹿な取引を……と蔑む人も居るだろう。

 だったら同じ目に遭ってみれば良いのだ。右も左もわからない場所でたった一人……抵抗する術もない中、差し伸べられた藁を掴んだだけの事。





 一方、アヤコを見送った2人…フタムス子爵とムガエト司祭長は、扉が閉まると同時に溜息を漏らした。


「馬鹿な娘では困るのだけど…ね」

「馬鹿って…素直な良い娘だっただけじゃないか?」

「まぁ、そうね。

 だけどお互い、これで中央への手土産を得られた事に間違いはないわ。

 私は中央神殿への。貴方は侯爵への……こんな何もない田舎で朽ち果てるなんて真っ平御免だもの。貴方だってそうでしょう?」

「まぁ、な……ワシはあの娘を養女にする事で、侯爵との繋がりを強化出来るが、お前さんはそう上手くいくか?

 ワシは片田舎で燻ってただけの下位貴族にすぎないから、危険視してくる奴もそんなに居らんだろうが、お前さんは失脚しての左遷だろう?」


 ヒヒっと下卑た笑いを漏らすフタムスに、ムガエトは眉を顰めて嘆息する。


「言葉は選んで頂戴。

 わたしは神殿の意向に従っただけなのよ。なのに全部押し付けられて……わたしを降格処分にして左遷したあいつらに、一泡吹かせてやりたいのよ」

「ま、何でもいい。

 しかし侯爵への手土産にするにしても、あれはまず学ばせんといかんか…」


 フタムスの呟きに、ムガエトも渋い顔で頷く。


「記憶がないと聞いてはいたけれど、文字すら書けないなんて聞いてないわよ。

 まったく……これじゃ学院へのゴリ押しも難しくなってしまうわ」

「ま~ま~。この国の文字が書けないってだけで、あの娘の生国だかの文字は書けてたじゃないか? 養子縁組の書類としては問題が無かったし、おいおいやらせればいいだろう? それに少々頭が悪かったとしても、愛嬌があればなんとかなるだろうさ。

 何よりあの力は本物だ…」


 肩を竦めてまたもヒヒっと笑うフタムス子爵に、つい眉根が寄ってしまう。


「そうね。

 ま、記憶喪失は憐憫を誘うだろうから良いけれど、馬鹿だと学院と言う舞台を利用出来なくなってしまう。それは勿体ないわ…。


 ちょっと前から学院は厳格になってしまって……平民は勿論、貴族の子弟だって学力、マナーに問題がある者は受け入れて貰えなくなったのよ。

 まったく……副学院長に就任したベーンゼーンの老いぼれが厳格すぎて……ああ、忌々しい!」

「ま~ま~、学院が使えなくても、侯爵なら何とかして下さるだろうよ。あっちも『将軍閣下』の肩書を手放したくないだろうからな」

「そう願うわ」







 場所は変わって、王都にある学院の借り上げ邸の門前では、エリューシアの姉であるアイシア宛の手紙を差し出されて、運悪く通りかかった馬丁のガンツが唸っていた。

 相手の手にある手紙には、グラストン公爵家の家紋が押されている。


 当然、現在此処の使用人を取り纏めている執事のネイサンに報告をして、指示を仰ぐべきところなのだが、手紙を差し出している気の弱そうな一人の少年に、ガンツは突き放せずに困り果てていた。


 おどおどと、今にも泣きそうになっている少年の名はティーザー・ガバッキー。

 グラストン公爵家嫡男チャズンナートの乳兄弟であり、現在はただ1人の従者だ。


 グラストン夫妻の離縁後、退職、離職者が相次ぎ、現在のグラストン公爵家はかなり物寂しい状態となっているらしいと言う噂は、一介の馬丁でしかないガンツの耳にも届いている。だからと言う訳ではないが、思わず気の毒そうに目の前の少年を見つめた。


 人手が足りない事もあるのだろうが、恐らくだがあえてこの少年に手紙を届けさせたのだろうと思われる。

 何しろグラストン公爵家からの接触には、十分警戒しておくようにと領邸の方から連絡が既に届いているので、通常ならそのまま受け取りを拒否するだけだ。それ以前に馬丁であるガンツが、手紙を受け取る事等してはならない。しかしこの気弱そうな少年に届けさせる事によって、受け取り拒否し難くなるだろうと予想されたのではないかと推察出来る。


 実際、まんまとガンツは唸る結果に追い込まれていた。


「あ、あの!……その…も、申し訳ございません、が…お返事を…その、口頭でも良いんです! でないと……」


 小動物でも虐めている気分にさせられて、ガンツは心底困ったように眉間の皺を深くした。


「いや、すまんが……儂は唯の馬丁でな…お嬢様宛のお手紙をどうこうするような立場ではないんじゃ…」

「じゃ、じゃあ、せめて取次を! 本当に……本当にお願いします!」


 弱り切っているガンツの後ろから、誰かが近づいて来るのが音でわかり、ガンツは急いで振り返った。そしてホッと安堵の吐息を漏らす。

 執事服に身を包んだネイサンが、メイドと一緒に足早にやってきた。


「ガンツ、何事です?」

「あ、あぁ、ネイサン様…それがその…この少年が…」


 ガンツの言葉にネイサンの眉根が訝し気に寄った。

 困ったようなガンツと少年が差し出す手紙を交互に見てから、よくよく観察すれば、グラストンの印章が見え、ネイサンはあぁと納得した。

 手紙の受け取り云々の前に、差出人が悪すぎる。


「申し訳ございませんが、グラストン公爵様の御手紙は、こちらではお受け取り致し兼ねます。

 こちらはあくまで学院在籍中の暫定的な邸でございますので、正式なお手紙は領の方へお願い致します」

「で、でも…… ボク……お返事を頂けないと…」

「申し訳ございませんが、お引き取りを」


 にっこりと笑みを浮かべながら、ネイサンは一刀両断に切って捨てる。

 粘ろうとしたティーザーだったが、笑顔での拒絶に抗えず、渋々帰って行った。


「ガンツ…あの子供を気の毒に思ったのかもしれませんが、悪手ですよ」

「いや、面目ない……あまりに必死の形相だったもんでなぁ…しかも用向きが、お嬢様へのお誘いだったようで、儂も困ってしまったんじゃ」


 ネイサンの眉間の皺が、更に深まった。






ここまでお読みいただき本当にありがとうございます。

リアル時間が少々慌ただしく、隙を見計らっての創作、投稿となる為、不定期且つ、まったりになる可能性が高いですし、何の予告もなく更新が止まったりする事もあるかと思いますが、どうぞ宜しくお願い致します。


こちらももし宜しければブックマーク、評価、リアクションや感想等、頂けましたら幸いです。とっても励みになります!

(ブックマーク、評価、リアクションもありがとうございます! ふおおおって叫んで喜んでおります)


もう誤字脱字他諸々のミス、設定掌ぐる~が酷い作者で、本当に申し訳ございません。見つければちまちま修正加筆したりしてますが、その辺りは生暖かく許してやって頂ければ幸いです<(_ _)>

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