13
防具を外して、負傷した左腕を露出して貰う。
辛うじて血は止まっているようだが、まだ傷口は生々しく赤味を帯びている。 お誂え向きの被検者だと思ったのだが、負傷度合いとしてはかなり軽く、アヤコは内心嘆息した。
――なーんだ…がっかり。
――もっと派手に切り落とされてるとかなら、いいパフォーマンスになったのにな~。
勿論言葉にしたりしない。
目一杯、優し気で愛嬌のある笑顔を振りまいてやるとしよう。
「大丈夫ですか? とても痛そう…」
悲し気とも苦し気とも取れる様な表情で呟くアヤコに、傷口を向ける兵士は顔を赤くする。
どちらかと言うと素顔は平凡且つ少し幼い感じの顔立ちで、美人と言う枕詞がつく事はないが、笑顔は可愛らしい。だが、これまでは少し長めのベールのせいで目立つ事はなかったが、体つきは男性好みと言っていいだろう。所謂ボンキュッボンって奴だ。
そんな絶妙にアンバランスな乙女に悩ましい表情を向けられて、女性に免疫のなさそうな田舎の兵士が平静を保つ事等難しい。
「…ぅ…その…」
「大丈夫ですよ。直ぐ痛くなくなりますからね」
そう言うとアヤコは傷口に手を翳した。
途端に傷口を含む周辺の皮膚が、ぼこぼこと気味悪く蠢き始めた。
ついさっきまでアヤコの色香に顔を赤くしていた兵士も、その光景に慄いて息を飲み、顔色をなくす。
「ヒッ!!」
「まだ動かないでね」
ちらりと視線だけ動かして、貴族男性と神殿関係者らしき女性の様子を盗み見る。
貴族男性の方は今にも逃げ出さんばかりに、椅子の上でみっともなく腰が引けていた。女性の方は一瞬怪訝な表情を浮かべるが、傷口の様子は具に観察しているように見える。
そうしているうちに、ぼこぼこを波打っていた皮膚から一本の緑色の紐のようなモノが伸び、瞬く間にその先端に蕾を付けた。
「!」
「なんと……」
「花乙女の名の由来と言う訳ですか」
被験者の兵士は自分の傷口のあった部位分を凝視し、腰が引けていた貴族男性は目を見開いて身を乗り出している。
女性の方はと言えば、一瞬目を瞠ったものの、直ぐに落ち着きを取り戻し、小さく呟いた。
蕾は見る間に綻び、例えるなら一重の薔薇のような大輪の花を咲かせている。
だが、暫くするとはらはらと花弁を散らし、あったはずの傷口諸共、跡形も残さず消え失せた。
「「「………」」」
室内はただ静まり返っている。
「………あの…」
静寂に耐えかねたアヤコが、不安そうに声を発すると、それを合図に、まず貴族男性が大声をあげた。
「な…なんてすごいんだ!!
まるで奇跡じゃないか。本物だ……彼女は本物だ!」
「えぇ、最初彼女が術を使い始めた時、何かおかしな気配を感じたのですが、わたしの知らない術式のようですし、そのせいかもしれませんね。
何にせよ、見事です」
まだ現実感がないのか、被検者となっていた兵士は使用人達によって、早々に連れ出され、今は室内にアヤコとツヴェナ、そして貴族男性と神殿関係者の女性の4名となっている。
「いや、いい物を見せて貰った。
そう言えばまだ名乗っていなかったか…改めて名乗ろう。ワシはこの地を治めるゴヤイドン・フタムスと言う。
爵位は子爵だ」
「わたしも名乗っておりませんでしたね。
こちらの地方の神殿を纏める司祭長で、名はベホリア・ムガエトです」
「え…えっと、よろしくお願いします」
アヤコは若干芝居がかったように、慌てて拙いカーテシーをして見せる。
それにベホリアは大仰に頷いてから、視線をアヤコの後ろに控えたままのツヴェナに向けた。
「ツヴェナ、もう下がって良いわ」
「はい」
深く一礼してからツヴェナは、アヤコを一度も見る事なく退出する。
恐らくもうこれでアヤコと関わるどころか、顔を合わせる事もないだろう。
怯え震えていた一人ぼっちのアヤコを保護してから、短い間とは言え共に暮らしていたが、アヤコは勿論、ツヴェナも寂しいと言う感情を抱くより先にホッとしていた。
帰り道は馬車を頼まず、時間がかかっても良いから歩いて戻ろうと考える。
「(これで良かったのよ。
アヤコは私が思うよりずっと強かで、強い子だわ……心配なんて反対に迷惑なだけでしょう。必要がないの…そう、ないのよ…。
村人達は残念がるだろうけど、あんな底冷えのするような顔でほくそ笑むような子とはもう……)」
館から出て、誰の目もなくなった事に心底安堵しながら、ツヴェナはそんな事を呟いて、1人帰路に就いた。
退出するツヴェナに一瞥もくれないアヤコに、ベホリアが声を掛ける。
「見送らなくて良かったの?」
「はい。
もうお礼も挨拶も済ませてますから」
幼子のようにコテリと首を傾けるベホリアの仕草は、年齢的にはちぐはぐで違和感を感じそうだが、何故か彼女には似合って見えた。
それを不思議だなと思いながら、アヤコは返事をする。
「それで……あの、あたしはどうすれば?」
アヤコの言葉にベホリアとフタムス子爵は、顔を見合わせて頷きあった。
「こちらの考えとしては、フタムス子爵の養女となった上で、神殿に上がって貰うと言うモノだけど、貴方の考えも蔑ろにするつもりはないわ」
「どちらか一方だけでも、受けてくれるなら構わん。ただその時は振られた方は後見につかせて貰うがな」
フタムス子爵の笑いに、下品なモノが混ざり込む。
それを見て、アヤコは反対に笑みを深めた。
わかり易くて助かる。フタムス子爵もムガエト司祭長も、つまりはどちらもアヤコと繋がりを持ちたいと言う事だ。
繋がりを持ったうえで何か考えているのだろう。
――あっちの言う通りでいいわ
――だって、どちらかを蹴る理由なんてないし、蹴った所で後見につくってんなら、蹴った所で無駄
――一方的に利用されるのは腹立つけれど、元よりこっちも利用するつもりなんだし
――それに後ろ盾は多い方がいいってもんよね?
「振るだなんて、そんな……とっても光栄な事ですし、どっちも受けさせていただくつもりです」
「あら、渋られるかもと思ってたんだけど、物分かりが良い子みたいね」
「神殿に入るにしたって貴族と言う肩書はあった方がいい」
フタムス子爵は使用人に目線を送った。
予め準備されていたらしい書類が、さっとテーブルの上に置かれる。
「文字は書けるかしら?」
そう言えば、こちらに来てから日々精一杯でそんな事を確認もしていない。
何より言葉が通じた事で、御座なりになっていた。
アヤコは不安になって、ついフタムスとムガエトに視線を向ける。文字を書けない事で、面倒とか思われたら厄介だが、此処で誤魔化しても何れボロが出る事だ。
此処は正直に言うべきだろう。
「すみません……この国の文字は、書けるかどうかわかりません」
アヤコは思わず、下唇をギュッと噛み締めてしまう。
「あぁ、良いのよ。
この国じゃなくても、元の国の文字でも。魔法契約書だから、貴方が自分の名前を書けるならそれでいいの。
でも…そうね、この国の文字は書けた方がいいと思うし、色々手続きが済んだら勉強して貰いましょう」
本音を言えば勉強なんて嫌いだし、したくないが、確かに学校の事を考えると、書けた方が良いに決まってる。
「はい」
そして日本語で名前を書き記せば、ふわりと光を放った。
初めて見るが、とても綺麗な光だと思う。
ここまでお読みいただき本当にありがとうございます。
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もう誤字脱字他諸々のミス、設定掌ぐる~が酷い作者で、本当に申し訳ございません。見つければちまちま修正加筆したりしてますが、その辺りは生暖かく許してやって頂ければ幸いです<(_ _)>