12
畑と言うより荒地と言った方が正しい気もする土地の間にある道は、当然ながら舗装等されていない。デコボコと、地面の様子を如実に振動に変えて伝えてくる。
そんな酷い道を走り続けていると、徐々に風景に建物が増えてきた。
建物と言っても大層なモノではなく、村よりは少しマシな小屋や家が増えてくるのだ。寂しく貧しい地方とは言え、町ともなれば、それなりに人も建物も多い。しかしながら大抵は木や藁なんかを素材にしたものなので、奥の方に小さく見えてきた石造りの建物が、余計に大きくとても荘厳に思えた。
「ツヴェナ様、あれが神殿ですか?」
朝から悪路を走る馬車と言う籠に押し込められ、ツヴェナの方はすっかり参っているようで、元気なアヤコの声に応答する気力もないようだ。
見れば顔色は悪く、今にも寝こんでしまいそうに見える。
「ツヴェナ様?」
「……あ…あぁ、ごめんなさいね……ちょっと馬車に酔ったみたい」
貧乏分院の神官でしかないツヴェナは、普段馬車に乗る事等ない。
前回この地方の分院を束ねる地方神殿に訪れた時は、ロバを貸して貰ってそれに乗っての移動と言う、慣れた手段だった。
とは言え道もマシになったと分かるし、そろそろ到着するだろうからと、ツヴェナは自分に活を入れる。
そして何気なく窓を見た時、ツヴェナは思わず呟いてしまった。
「……神殿…じゃない?」
てっきり今日も地方神殿へ行くとばかり思っていたので、迎えの御者に確認する事もなかったのだが…。
「神殿じゃないとなると、子爵の家…かしら」
なるほど、それで合点がいったと言いたげに、ツヴェナは一人頷いた。
ツヴェナ達の分院のある村からだと、地方神殿の建物の方がずっと近い。子爵の住まう館は、その地方神殿を通り過ぎ、町の中を通り抜けたその先にあるので、馬車も爆走……とまでは言わないが、ゆったりと進んでいては日が暮れてしまう為、あの速度だったのだろう。
そしてやっと馬車が止まったのは、大きな門の前。
少し奥…小高い丘の上に見える建物は石造りで、よく言えば歴史がある……有体に言えば古びた館だが、存在感は他と比べるとやはり大きい。
此処で降りてあそこまで歩くのかと思いきや、再び馬車が動き出した。
だが先程までとは打って変わって、ゆっくりとした進みである。
馬車が止まり、悪趣味な馬車から降りると、数名の使用人らしき者達が頭を垂れている。その使用人の一人に館の中へと促され、奥まった一室に案内された。
開かれた扉の奥、テーブルとソファがあり、そこに一人の男性と、一人の女性が座っている。
目を引くのは女性の方だ。
年の頃は…初老と言って差し支えがない程、顔には皺が深く刻まれている。骨ばった体つきも相まって、とても厳しい顔立ちに感じられた。
髪も白髪だが、纏う衣装と釣り合いが取れていないにも拘らず、調和して見えるのが不思議だ。
何しろ後ろから見たなら、恐らく20代とかに見間違えてしまうだろう。
纏っているドレス……腰を絞り上げた形ではなく、少しゆったりとした…形だけならツヴェナが纏っているワンピースに近い。
だか上質な生地の色は白で、金糸の刺繍が随所に施されている。
しかもベールの使い方が斬新だ。髪を覆い隠すのではなく、髪飾りのように結い上げた髪に刺し垂らしていた。
ツヴェナと同じく神殿関係者だろうと思われが、その装いは雲泥の差が……ありすぎる。
男性の方は、わかり易く下位貴族の装いだ。
少々……いや、かなり草臥れて見えるのが気になるが、それ以上に品がない事が気になってしまう。
顔も身体も弛みきっている事からも中年…もしかしたらそれより上かもしれないが、派手派手しい装いで、年相応の落ち着きが感じられない。
どうにもちぐはぐな2人だが、ツヴェナは何時もの事だからか、目を伏せたまま一歩下がっている。
アヤコの方は物珍し気に室内を見回していたが、最初に口を開いたのは、その弛みきった貴族男性だ。
「その娘が聖女とか言う奴なのか?」
言葉自体相手を見下げた様なセリフだし、顔に浮かんだ表情はとても下卑ていて、絶対にお近づきになりたくないような輩である。
ツヴェナは下がったまま頭を下げてるだけで、恐らくだがこの男性が苦手なのだろう。
アヤコだって出来れば関わりたくないが、今後の事を思えば無下にする訳にはいかない。
――そうよ……あたしはあんな貧しい村で、お腹を空かして、汚れて生きる人生なんてまっぴらよ。
――第一、あたしは転移者よ…普通ならハッピールート確定のヒロインのはずなんだから!!
どっぷり嵌り切っていた訳じゃないが、流行のアニメやゲーム、漫画やドラマなんかは、友達との会話のネタの為にも軽く触れていた。
そのおかげで上辺だけでも、そう言った知識がある。
(こういう時ってなんだっけ……スカートを摘まんでお辞儀するんだったわ…よ、ね?)
触っただけで、興味を持って調べたりした事がある訳ではない。所謂付け焼刃にもならない知識だが、アヤコはそれを実行した。
「はい。
下沼石 彩子と言います。
あ、こちら風に言うなら、アヤコ・シモヌマイシです」
視線だけ動かして窺えば、2人共軽く目を瞠ってから、満足そうに小さく頷いている。
何とか第一関門は突破出来たと思ってもいいだろうか…。
「名前以外の記憶は失っていると聞いたが、本当か?」
これは予めツヴェナと相談して決めた事だ。
ツヴェナには転移の事も話したが、彼女は怪訝な顔をするばかりで、何処か歪曲して理解したようだ。
それも仕方ないだろう。
この世界にはどうやら魔法他はあっても、転移だとかは御伽噺クラスのようだし、人間は理解したいようにしか理解出来ないと言う部分がある。
色々と辻褄が合わなくなるし、それならいっそ記憶を失ったとするのが良いだろうと言う結論に至った。
何より説明の手間が省ける。
「はい…。
ツヴェナ様に拾って貰えなければ、何もわからないまま死んでいたと思います」
憐憫を誘う様に、言葉を濁した。
「で、だ。
癒しの力を使えるのだそうだな?
この場で見せる事は出来るか?」
期待…と言うより下心が詰まった表情で、値踏みするようにアヤコを見つめる中年男性が言った。
「えっと…はい。
ただ相手がいないと……その」
癒す対象が居てこその能力だ。
病人……出来ればわかり易く結果が見える怪我人だと嬉しい。
そう思っていると、男性は使用人らしき人物に合図を送った。
暫くすると兵士が1人連れられてきた。どうやら腕に切り傷を負っているらしい。訓練でついてしまったそうだ。
ま、アヤコにとっては経緯等どうでも良い。
これはプレゼンなのだ。
此処で目の前にいる初老の女性神官と、中年男性のお眼鏡に適わなければ、アヤコの目論見は露と消えてしまう。
――貴族の養女になって、学校に行って…そこでイケメンゲット
――それが王道ってモンでしょ?
ここまでお読みいただき本当にありがとうございます。
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もう誤字脱字他諸々のミス、設定掌ぐる~が酷い作者で、本当に申し訳ございません。見つければちまちま修正加筆したりしてますが、その辺りは生暖かく許してやって頂ければ幸いです<(_ _)>