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現在……と言うより元王家と言う方が良いのかもしれないが、そのやらかし王家の負の遺産とも言えるバルクリスは、王族の捕縛と言う大事件に協力した事で、監視の目がかなり緩くなっていたのだそうだ。
味方であると安心したのかもしれないが、監視は勿論、警護の者は居なかったのかと、エリューシアは額を気鬱に押さえた。
断種薬というのは読んで字の如し、そのままの意味だ。
廃嫡や他国との婚姻等で、血を入れたくない、出したくない場合に用いられる男性用の錬金薬の事で、一時的に避妊するのではなく、永久的にその機能をなくす。
そんな薬なので、個人的に持ち歩く事等なく、本来は王城医室や薬室で厳重管理されるべき物であり、それを協力者とは言え、王族でもある彼が持ち出していたとなれば、如何に野放し状態だった想像出来ると言うものだ。
それだけでなく王城内の警備警戒態勢も、如何に杜撰だったかがわかる。
(捕縛劇直後の混乱に乗じるとかしたのでしょうね……だけど…)
「服用後に昏倒する等の副作用はなかったと思いますが?」
当たり前だ。
時と場合に依っては秘密裏に用いる可能性もある薬に、昏倒する等のわかり易い副作用等があるはずもない。
開発されたばかりなら兎も角、断種薬は古くから存在する薬だ。改良もされずに残っている訳がない。
「……まず、そんな薬にも詳しいらしいエルルに、お父様は吃驚だよ……。
普通はあまり知る事のない薬だと思うのだけどね…」
「日々研鑽を積んでおりますから」
何処か自慢げに言う愛娘エリューシアに、力ない笑みをハハ…と浮かべるしかない。
「それで?」
「あ~……それはだね…勢いよく煽り飲んだせいで、そのまま後ろに倒れて、頭を強かに打ち付けたのだそうだよ」
「………」
(馬鹿だとは思ってたけど、そこまでだったとは……つくづく救いようがないわね)
「まぁ、そんな訳でね……。
とりあえず飾りで玉座に座らせる事は可能だろうけど、存続と言う意味では難しい。それだったらいっそ、回り道するよりもう現段階で…と、ソドルセン公爵も言っているんだよ」
「つまり婚約が成立した時点で……」
「そう言う事。
まぁエルルなら大丈夫だろうけど、君の意思や感情を確認した事がなかったからね」
「理解しました。
……そうですね…公爵家の存続や領民の生活に、不都合がないのであれば」
今更婚約撤回や破棄などするつもりもない。
それに、エリューシアにとっても、既にクリストファは替えの利く存在ではなく、クリストファだからこそ婚約に頷いたのだ。
その……惚れた腫れたを言葉にするのは、小恥ずかしいので御容赦頂こう。
それに乱暴な言い方が許されるのなら、領民が国民に変わるだけとも言える。
圧し掛かる責任他は比べ物にならないだろうが、規模が大きくなるだけなのだ。
しかし懸念がない訳ではない。
(正直、前世の『星守 真珠深』の影響かしら、何となくテレビでも見てるような他人事な感じがして…)
そう、前世では一般人……平民だったのだ。
現在の『公爵令嬢業』でさえ肩が凝るのに、『王妃業』等、肩どころか全身凝ってしまいそうである。
そんな事を考えて視線を下に落とすと、アーネストが何を心配したのか苦笑を交えた。
「我が家の教育は王子妃、王妃教育に遜色ないと思うよ。
マナー他不備はないだろうから、エルルは心配しなくて良い」
にこやかにそう言われて、今度はエリューシアの方が苦笑を浮かべる他ない。
(ま、結局はなる様にしかならないわよね。
私は私以外になれないのだし……ただ、被る猫がこれ以上に増えるのは、叶うなら御免被りたいのだけど、逃亡ルートはない感じかな。
後は…そうね、色々と外圧も増えそうだし、何より仕事の規模だけじゃなく、襲い掛かってくる問題やストレスなんかも、規模諸々が増大しそうな事は不安だけど)
密かに溜息を零しつつ、今度癒しの為に猫型魔獣の捕獲にでも行くかな…等と物騒な事を考えるエリューシアであった。
「(アヤコ、そろそろ迎えが来る時間だけど、準備は大丈夫?}」
扉越しに掛けられた声にアヤコは顔を上げる。
そしてぐるりと室内を見回した。
保護された分院は古いだけでなく小さく粗末で、アヤコが与えられた部屋も、まるで最安のビジネスホテルかカプセルホテルのように、最低限の物しか置かれていない。
ベッドにチェスト等……木製のそれ等が、余計に貧相感を煽る。
「ま、囚人部屋よりマシってだけよね。
だけど、今日からは違う…違うはず…」
無意識に言葉になっていた事に、アヤコはアッと声を上げて口元を押さえた。
薄い扉と壁でしか遮られていないが、誰にも聞かれずに済んだ事にホッと安堵の吐息を漏らす。
「はーい、今、行きます」
返事をして薄い扉を開けば、そこにいつもの服装…ザ・シスターと言いたくなるような服装のツヴェナが立っていた。
ベールで髪をすっぽりと覆い隠し、暗い色のワンピースに身を包んだツヴェナと、何時もなら同じような服装なのだが、今日のアヤコはベールは外していて、肩に届くくらいの癖のある明るい茶髪を垂らし、ワンピースも少し明るい色にしている。
そのせいでただの町娘のようにも見える。
「あら……アヤコ、ベールはつけないの?
それにそのワンピース…」
「はい、ツヴェナ様。
だって今日からあたし、貴族の養女になるんでしょ?」
笑顔でそう答えるアヤコに、ツヴェナは少し眉を顰めた。
少し前にこの地方の神殿に呼び出されたツヴェナは、そこで地方神殿長である司祭と、分院のある土地を治める子爵と対面した。
2人はどちらも、癒しの花乙女とか聖女とかと噂されるようになったアヤコを、引き取りたいと言ってきたのだ。
まだ打診段階で、決まった訳でもないのに、アヤコはその話の後ずっとそわそわして…浮かれていると言っても良い様な状態だった。
日々分院に救いを求めてやって来る村民達への癒しも、どこか面倒そうな様子で……こちらは何とかこなしてはいたものの、それ以外は全く手につかない様子だったのだ。
遠い異国に攫われてきた挙句一人になり、心細さに怯えて震えていたと思しき少女は、引き取りの話以降すっかり変わってしまった。
分院に訪れた村民へも、時折酷く冷めた目をしている事に気付いてしまい、違和感を払拭出来なくなっていたツヴェナは、アヤコと少し距離を取るようになっており、何とも落ち着かない…居心地の悪い日が続いていたのだ。
それを思えば、確かにツヴェナにとっても喜ばしい日かもしれない。
アヤコと連れ立って分院入口へ向かえば、丁度馬車が到着したところだった。
神殿からの馬車のようで、神殿の権威か何かは知らないが、悪趣味なそれにアヤコが目を輝かせた。
「す…ごい………真っ赤な馬車なんて!」
全体が鮮やかな赤で、扉等の一部には絵模様が施されている。
しかも品が良いとは言い難い――悪趣味としか表現のしようがないソレに、アヤコとツヴェナの反応は対照的だ。
ツヴェナとしては悪目立ちするそれにドン引きだが、アヤコはとても嬉しそうだ。
そこからも違和感……いや、これはツヴェナの思い込みだったと言うだけだ。
優しく控えめな少女だと思っていたのに、実は虚栄心に塗れていただなんて…とか、ツヴェナの独りよがりな印象を押し付けられても、アヤコだって困るだろう。
「ツヴェナ様、早く早く!」
嬉々としてドン引き馬車に乗り込むアヤコを見つつ、こっそり溜息を吐いてツヴェナも乗り込んだ。
ここまでお読みいただき本当にありがとうございます。
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