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「『聖女』と言う単語に反応を見せたのはエルルだけだったからね」
アーネストの言葉に、エリューシアは微かに自嘲するような笑みを浮かべる。
偏見なのは重々承知だが、どうしても前世の記憶があるせいで、『聖女』と言う単語を素直に受け取る事が出来ない。
なんちゃって聖女とか、勘違い聖女とか、他にも阿婆擦れ聖女とか……すみません、ごめんなさい、偏見ですね…ハイ。
「この国で『聖女』等と言う存在は、これまで公式に記録された事はない。
人ならざるモノ…と言う事なら、公式記録があるのは『精霊の愛し子』で、それについてはエルル自身が、誰よりよく知っているだろう。
勿論非公式な所まではわからないが……。
実際、その単語にセシィもクリスもよくわからないと言う表情だったが、エルルだけ違った反応で………何と言うか、こう嫌悪感? が滲み出た様な……ね。
だから聞いておいた方が良いと判断した」
更に続けられた言葉に、エリューシアはあからさまにガクリと項垂れた。
「不覚です。
表情を読まれるなんて……まだまだですね」
「いや、普通は気づかないだろうね。
本当に一瞬、微かな反応だったよ。だけど家族だから。
反対にその年齢で出来過ぎなくらいだよ。
それで……教えてくれるかい? エルルが知ってる『聖女』と言う存在を」
「……はい」
そうする事は構わないのだが、さて、どう話したものだろうとエリューシアは暫し考え込む。
自分の事は前世含めて話しはしたが、何も全部を詳らかに話した訳ではない。
ゲームシナリオについても経過は話したが、それがゲームと言う遊戯のストーリーである事は話していない。
日々生きている現実世界がゲームだなんて、言われた方も困るだろうし、何よりそう言う認識は、エリューシア自身がしたくない。
「聖女と言うのは基本的には高潔且つ神聖で、宗教的な存在である女性を指すとでも思えば良いかと思います。
本来は悪い意味ではない単語です。
読んで字の如し『聖なる女性』と言うだけの事なので、神に仕え人々に奉仕し、救いの手を差し伸べてくれる神聖な女性…で、間違ってないと思います。
他には、奇跡を起こした存在……前世では魔法も精霊も御伽噺でしかありませんでしたから、普通に考えて不可能と思われる事象を引き起こした場合も、奇跡だ、聖人聖女だと騒がれる事がありました。
例えそれがトリック…嘘であっても、そう信じさせる事が出来れば、誰でも聖人や聖女になれたとも言えますね。
しかし持て囃されるばかりではなく、反対に神を冒涜してるとか、悪魔が取り憑いたとか言われて糾弾されたり、酷いと処刑される等した事も……。
そう言う仄暗い部分もあるので、色々と題材にし易かったと言うか……まぁ、そんな感じです」
「じゃあそんなに危険な存在ではない?」
アーネストの言葉に、一瞬躊躇ってから、エリューシアは首を横に振った。
「断定出来ないので、ジョイに調査に向かって貰いました。
手紙に書かれていたのは、王都で聖女と言う言葉が広まって、嫌な予感がするからジ……ぃぇ、クリス様に王都へ今は来ないようにと言う、ベルモール夫人のお話だけです。
客観的ではありませんし、何より情報量が少なすぎます。ただ………
……無責任に邪推するような発言でも構いませんか?」
「ここには私だけ……あぁ、ハスレーがいるが、ハスレーにも聞かせたくない?」
そう問われて『はい、そうです』とは流石に言い難いが、ハスレーの口の堅さは折り紙付きだから大丈夫だろう。
エリューシアは小さく首を横に振った。
「単に寄り添い優しくしてくれる神官や、回復等何かしらで救ってくれる女性と言うだけなら問題はありません。
実際『聖女』と言われるのは、癒しの力を持ってる方に向けられる事が多かったように感じます。癒しの力を持たずとも、献身的に支え看病してくれる女性に向ける言葉でもあったと思いますし、他にも戦場を駆けた聖女と言うのも居たように思いますが…。
しかしその存在を利用しようとする向きがあれば、それは注意が必要かと思います。例えば政治的に……等。
後、聖女が本当の意味での聖女ではなかった場合……ですね。
聖女の力が『そう思い込まされる』等の魅了系であった場合や、聖女と称された人物の心根が腐っ……ぃぇ、清らかでなかった場合等々…。
何にせよ、聖女と称される本人もそうですが、救ってくれるからと縋る人が居るから祀り上げられる訳で……だから例え魅了の力がなくとも簡単に…」
正直、どう話したものか、頭を抱えてしまう。
祀り上げる側が居なければ、そこまでの話なのだ。
神を信じる事を否定する気なんてさらさらない……と言うか、それ以前に此処は神様が存在する世界だし、幽霊や精霊だって存在するのだから否定のしようがない。
それにお金が絡むから問題になる訳で、でも神に仕える聖職者だって食べて行かなければならないのだからお金とかが必要になるのは必然で……結局はモラルや程度の問題次第になってしまう。
いや、あくまでラノベ等創作の話……フィクションの聖女について話せば良い。
前世の事実も踏まえて話そうとするから、頭を抱える羽目になるのだ。
そう切り替えて開き直ろうとしたところで、エリューシアはハッと目を見開いて固まった。
(待て……冷静になって私……実は聖女は性女だったりする事もあるとか何とか、そんな話をこの父にするの……?)
面白い話をするのは吝かではないが、ドン引かれるのは必至だろう。最悪淑女教育の復習を要求されるかもしれない。
ここは一つ、濁して逃げるに限る。
「と、とりあえず『聖女』と称される方に、まず悪意があるのかないのか……周囲はどう考え動いているのか今はわからない事ばかりです。
それを探る為にも今は調査報告を待つしかありません」
エリューシアが締めくくると、アーネストは腕組みをして視線を下に落とした。
「政治的……確かに今この国には王家が不在で、民は不安を抱えているようだし、そう言う意味では付け込みやすいかもしれない状況かもしれない。
王派…元王派と言うべきか……彼らの動きも気になる所だしね…。
しかし魅了系か……それだと本当に厄介だね。
そんな能力を持つ者が『聖なる』とは……皮肉が過ぎるにも程があるだろうに」
「思い込まされる、認識を誤認させられる等すれば、人間等案外脆いものです。
と言いますか、私と言う『転生者』が既に存在してるので、『転移』『転生』した者の可能性もゼロではありません。その場合、その者は別の世界の知恵や知識、常識等々を持っている事になります。万が一そう言う相手である場合、この世界の常識他ではどうにもならないかもしれません」
アーネストは組んでいた腕を下ろし肩を竦める。
「エルルの言う通り、確かにまだ掴んでいる情報が少なすぎるね。それにかなり注意して動いた方が良さそうだとわかった。
話してくれてありがとう、参考になったよ。
ジョイの邪魔にならない程度に、王都の影達にも連絡を入れておこう」
「お話は以上です? では「エルル」……はい?」
アーネストに途中で遮られて、エリューシアは下げかけていた視線をゆっくりと上げた。
「エルル……『王妃』についてどう考えている?」
急すぎる話の変わり様に、エリューシアの方が追い付けない。
「………はい?」
ここまでお読みいただき本当にありがとうございます。
リアル時間が少々慌ただしく、隙を見計らっての創作、投稿となる為、不定期且つ、まったりになる可能性が高いですし、何の予告もなく更新が止まったりする事もあるかと思いますが、どうぞ宜しくお願い致します。
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もう誤字脱字他諸々のミス、設定掌ぐる~が酷い作者で、本当に申し訳ございません。見つければちまちま修正加筆したりしてますが、その辺りは生暖かく許してやって頂ければ幸いです<(_ _)>




