9話 その星は太陽の光に目を覆う
「……」
目的地の坑道に辿り着いた僕たちは、入り口付近で隊列を決め、前列にソルさん、後列にシャルさんで間に僕とアンナと言う並びで、ウリアン坑道を進み始めた。
僕もアンナも少しは戦いに参加できることを伝えたけれど、それがどの程度の物かわからないとのことで、とりあえず自分たちに守られてほしいと言われた。
最前列を歩くソルさんの背を眺めながら、僕が小さく微笑んでいると隣のアンナがにゅっと顔を出してきた。
「ステちゃん、ソルくんのこと気に入ったのぉ?」
「……さぁどうでしょうかね。ただ、良い人ですよね」
「意地悪じゃないステちゃんと同じ空気感かなぁ」
「あら、それならいつもの僕と同じと言うことですね。僕がアンナに意地悪するはずがありませんし」
ぷくと膨れるアンナを撫で、今彼女から尋ねられたことについて考えを巡らせる。
気に入ったのか。答えはイエスだ。
彼――ソルディオ=クレイスさんは錬金駆動に乗ってから今の今までずっと、僕とアンナを気にしてくれていた。
戦闘科の生徒としてとても優秀なのだろう。
それに……。
僕が顔を上げて彼の背に再度目を向けると、こちらに振り返っていたソルさんと目が合い、驚いてしまう。
ソルさんは微笑み寄りの苦笑いを浮かべており、僕は首を傾げる。
「依頼人が不安を覚えてしまうのは、まだまだ俺たちが力不足ってことなのかな?」
「え、えっと?」
「足元、段差があるから気を付けてな」
そう言ってソルさんが手を差し出してくれた。
僕は彼の手を取るのだけれど、もしかしたらアンナとの内緒話に集中し過ぎていたせいで、ソルさんの言葉やしぐさを見逃してしまったのだろうか。
依頼人が不安に思う。彼らの声も聞けないほど、僕はアンナに頼り切っていたと思われてしまったのだろうか。
「あの――」
「ちょっと引っ張るぞ」
少しだけ高い段差に、ソルさんが手を引いてくれて抱き着いてしまうほどの距離で、彼が僕にだけ微笑んだ。
「仲がいいんだな」
「え、ええ、アンナは可愛いので」
「可愛さに逞しさは敵わんか。お前さんに俺の言葉が入るくらいには精進したいものだな」
「あぅ、気を付けます」
ソルさんは可笑しそうに笑い、僕から手を離すとアンナにも手を差し出し、彼女を引っ張り上げた。
「ソルくん女の子慣れしてる~? モテモテ男子だぁ」
「生憎、そんな時代はないな。まあ女の子慣れしているのかはわからないが、下に2人の妹と弟が1人いるからな。妹たちに鍛えられたんだろう」
「お兄ちゃんだぁ」
「まあ確かに、アンナを見ていると妹を思い出す」
「……それは幾つの妹さんですかぁ?」
ソルさんが笑顔を浮かべてその問いをはぐらかし、最後にシャルさんは引っ張り上げた。
「ソルの面倒見のいい性格は兄妹がいたからか。俺も頼りにしてますよ」
「それは構わないが、自分の役割は果たしてくれよ」
そうやって話しているソルさんとシャルさんを改めて見るのだけれど、ソルさんは短い黒髪で、身長は僕より高く、ほどほどの筋肉質で、キリッとした目の好青年で、ショートソードと見覚えのあるグローブをした冒険者然とした格好の男の子。
シャルさんは何度か見たことがあるのですが、肩ほどの長めの茶髪で耳にはピアス、ソルさんよりも身長は高く、彼よりもがっちりとした男性。さらに装備はさすがアーデルハイド家というか、彼らは代々、盾の聖騎士と呼ばれており、両手に盾を持ち、守りに特化した聖騎士の一族。
シャルさんも例にもれず、その両手には体を隠してしまうほど大きな盾を持っているが、名のある盾と言う感じではなく、およそどこにでも売っている感じのする装備であった。
「ねぇシャルくん、ウチはそう言うのに詳しくないんだけれど、そういう盾の使い方で戦えるのぅ?」
「ん~? ああ、初めて見る人だとちょっとびっくりするよな。だが家はこれがデフォルトなんだわ」
「アンナ、アーデルハイド家は盾の聖騎士と呼ばれていて、高い守備能力に加え、さらにパラディンと呼ばれるにふさわしい格と、僕も昔お世話になったことがあるのですが、戦う姿も素晴らしいものなのですよ」
「……ステラ――さん、にそう言われると、聖騎士冥利に尽きるな」
「ステちゃん苦手? 顔だけ見てれば大抵のことは許そうかなって気分になれるよ?」
「んヴ~」
シャルさんが口を閉ざしてしまい、僕は彼に笑みを返すと同時に、アンナの口を手で塞ぐ。
するとソルさんが首を傾げているのが見えた。
「そんなにデカい家なのか?」
「ええ、まあ。ただ家を大きくしたのは父と母、それとアリアハートの先代たちです。僕は別のジョブを第一位に置いてしまったので、随分と異端なのですけれどね」
「ふ~ん、つまりステラは、今度は錬金術師でアリアハートの名を刻むようになるのか」
「――」
僕はポカンとソルさんの言葉を聞いていた。
その言葉に待ったをかけたのは他でもないアーデルハイドだった。
「いやソルさん、なんでそうなる。アリアハートにはアリアハートの伝統があって――」
「それがどうした? ステラはそのアリアハートなんだろう? 何のジョブを選ぼうが、どんな生き方をしようが、ステラ=アリアハートだ。伝統だか何だか知らないが、その事実がある以上、どうあってもその名で生きていくのだろうが」
「いや、だが、そもそもその名がデカすぎというか」
「ステラが錬金術師で大成しないと誰が決めた。そもそもで言うのなら、アーデルハイドのお前だって聖騎士で大成するとは――」
「止めろぉ! 傷つくだろうが!」
頭を抱えるシャルさんでしたが、アンナがソルさんの隣に行き、彼の腕を頑張って上に挙げた。
「ウチもソルくんと同じ考えかなぁ。ステちゃんはステちゃんだし、今あるお家の栄光よりおっきなことをするかもだしぃ」
「しかもステラの言い分じゃ、両親も認めてくれているのだろう? それを外野がとやかく言ってもしょうがないだろう」
「ええ、父も母も、好きに生きなさいと。随分と甘えさせてもらっています」
シャルさんがあんぐりとしていた。
教会に近い家柄故に、納得は出来ないでしょうね。
「どんな家か聞いてもいいか?」
「……ええ、大丈夫ですよ」
隠すものではなく、僕自身父と母を尊敬しており、2人を誇りに思っているので隠したくはない。
「父は現魔導騎士団騎士団長をしており、母は聖女です」
「ほ~、それはまた随分な家柄だな」
「そんだけ!」
「いや、帰り道誘拐されないように守りの意識を強く持とうとは思ったぞ」
そしてソルさんは僕に体を向けて、手を伸ばしてきた。
「お前さんはそう選んだんだろう?」
「……はい」
「ならこうして初めて依頼を受けた同期のよしみだ、俺が手を貸せることなら手を貸そう。何も1人で生きるわけじゃないんだ、こういう小さい力を幾つも持てばいい」
僕はつい笑ってしまう。
この人は、僕と違って生きるための繋がりを理解している。夢を追うための道標の読み方を知っている。
きっとこのソルディオ=クレイスという男の子は、僕を僕として、ステラ=アリアハートとして見てくれる。
そんな予感を覚え、彼の手を取った。