8話 その太陽が照らすのは
「ほぉ、お前さん錬金術師だったのか」
「はい、将来的にはどこかにお店を開いてのんびりするのが夢ですね」
「ふ~ん、それなら今ここでそれなりの成果を出せば、少なくとも在学中はくいっぱぐれることはなさそうだな」
「そうですね、これからもお2人には素材集めを手伝ってもらうかもしれません」
荷台に揺られながらウリアン坑道への道すがら、俺たちは軽く雑談をしている。
まあもっとも話しているのは俺とステラだけだが。
アンナは未だに俺たちを警戒しているのか、ステラにくっ付いたままだし、シャルはシャルでステラの『第一位・導きの福音』を聞いてから頭を抱えている。
「シャルが悪いな。普段はもっと騒がしいんだが」
「いいえ。シャルさんはアーデルハイドの人ですもの、僕の生き方は許容できないでしょうね」
「家柄とかは俺にはわからんが、好きなように生きられないのは少し窮屈だな」
もちろんシャルのように家柄を大事にする人を否定するわけではないが、それでも、それのない俺にとってはやはり物足りなく思えてしまう。
すると俺の隣で頭を抱えていたシャルが、俺の肩を掴み首を横に振った。
「いやソルさんや、そういう話じゃないんだわ。あのな、もしお前さんが資産家の子だったとしよう、お前はその資産をすべてなげうってでも外に飛び出せるのかって話だぜ」
「生憎ながら俺の家は裕福とは言えないのでな、そんなこと想像も出来ないが、必要ならそうすべきだろう」
「いや、だからその……」
俺はため息をつき、ステラに目をやる。
きっとそういう理由ではない。このステラ=アリアハートというお嬢さん、なろうと思えばなんにでもなれただろう。
「ところでステラ、お前さんは選べたのか?」
「……ええ、父と母のおかげか、才能に困ることはなかったので」
「ならよかった」
俺は首を傾げているシャルの頭にげんこつを落とした。
「なんで!」
「さっきからお前はあること前提で話しているが、もしステラがそのことに悩んでいたらどうするつもりだったんだ?」
「……え? あっ」
「お前は家柄が望んでいるだろうジョブを選べたが、そうじゃない奴もいる。それを当然想定しているんだろうな?」
「……」
シャルが顔を逸らして、額から脂汗を流し始めた。
俺はステラに、座ったままだが頭を下げた。
「シャルがすまない。普段は気も遣えるのだが、今回のことはそれほどに衝撃だったらしい」
「僕も少しからかってましたしお互い様です。それにしてもソルさんは優しい方なんですね」
「そうか? 常識的に考えて、依頼人に対してああいう態度はいかんだろう」
「むぅ」
俺がそう言うと、ステラが小さく頬を膨らませたような気がした。
何か怒らせるようなことを言ってしまったのかと小首を傾げると、さっきまでステラにくっ付いていたウサギがくっ付いたまま顔だけを俺に向けていた。
そしてピョンピョンとこの狭い荷台を飛び跳ねて俺とシャルの間に体をねじ込み、そっと耳打ちしてくる。
「せっかく初めての依頼を受けてくれたのに、ただの依頼人と請け人の関係は寂しいって顔に書いてあるですよぅ。もっと絹を扱うように優しく女の子に接してくださいですぅ」
「……え、俺が悪いのか?」
アンナが頷き、そしてステラの隣に戻っていった。
いやまあ、言わんとしていることはわかる。
シャルの言動からステラは相当な名家だし、そういう関係に憧れもあるのかもしれない。
しかし今ここでの俺たちの関係は依頼人と請け人だ。
とはいえ学生か。
寂しいというのもわからんでもないか。
「いやすまなかった。まだ俺たちも一期生だし、冒険者然とするのも早い話か。今回は互いに課題の依頼だし、気軽にやらせてもらうよ」
ステラが嬉しそうに微笑み頷いた。
そして俺は助言をくれたアンナの頭を……耳を触られるのは嫌と話していたかと、そっと彼女の頬に触れて撫でる。
「……もっと他に撫でる箇所なかったですかぁ?」
「お前さんが耳は嫌だと言ったんだろうが」
そう言うアンナだったが、撫でられること自体嫌ではないのか、手に頬を押し込んできた。
流石の騒がしウサギ、懐っこい。
「さて、そろそろ到着だな」
全員が頷くのを確認して、俺は少し伸びをする。
「さっき言ったように今回の依頼は気軽にやる。だがどれだけ危険のない場所とはいえ油断は出来ない。気軽な空気感で、それでも油断はないように」