強烈金髪縦ロール
アレクサンデル王太子と同じ舞踏会に参加する。
こちらは彼のことを知っていても。
向こうはまだ、私のことを知らないはずだ。
……二十五回も縁談で破談している……ということは、知られているかもしれない。でも現時点ではまだ婚約者でもないし、姿絵も見えていないだろうから、バレることはないと思う。
それでもここはゲームの世界。
シナリオや設定による見えざる力のリスクもある。
ということで普段のチェルシーでは着ることがないドレスを選ぶことになったが……。
正直。
自分でもこんなドレスを持っていたのね……とため息をつきたくなるほどダサイ!
チェルシーは紫色の瞳なので、ドレスもその瞳にあわせた色が多かった。瞳と同じ紫、紺、黒、青……。さらにホワイトブロンドの髪色に合う、白、クリーム色、ゴールド、シルバーなどがイブニングドレスの色として選ばれていた。
こんな蛙みたいな色のドレス、絶対に着ない……。
しかもやたらとリボンが多い。
フリルもたくさん。レースもたっぷり。
これだけスタイルのいいチェルシーが着ても、ださくなるのだから、このドレスはよっぽどだと思う。さらに合わせるかつらは、絶対にほつれることのない強烈金髪縦ロール仕様。
チェルシーは悪役令嬢だが、髪については西洋版かぐや姫みたいにサラサラストレートなのだ。ヒロインが波打つウェーブの金髪だから、対照的にストレートヘアになったのだと思うけど。おかげでチェルシーは、凛として冷たい令嬢に一見見えるのだが。
この強烈金髪縦ロールのかつらを被ると、その凛とした面影は……微妙に残るのが、まさに古典的な悪役令嬢みたいなのだ。鏡に映る自分を見て、苦笑するしかない。
そして購入した仮面。
顔全体を覆う白いマスクだが、月と星が純金で表現され、おでこから顔の側面が、金ピカで飾られている。もはや成金趣味みたいな仮面で、おそらく二度とつけることはないと思われた。
アレクサンデル王太子に顔割れしたくない。
けれどこれはやり過ぎで、既成事実婚の相手が見つからないのでは……と、一瞬に不安に思う。
というか、着替えを手伝ったメイドも全員、困惑している。
かつらは……やめておく?
いや、ダメだ。
王太子にバレたら大変なことになる。
この舞踏会をきっかけに、婚約話が浮上するようなことがあったら、文字通り命取りになるのだから。
「準備が整ったから、出掛けようかしら」
「か、かしこまりました。従者に馬車をエントランスに回すよう、伝えてまいります」
メイドが慌てて部屋から出ていった。
◇
マルグリット公爵夫人の屋敷は、バークモンド公爵家の屋敷から、比較的近い場所にある。
両公爵家が暮らすエリアは、王都の中でも高級屋敷街で知られていた。伯爵家の上位の者の屋敷も、このエリアに集中していた。
馬車に揺られ、あっという間にマルグリット公爵夫人の屋敷に到着だ。
エントランスで馬車を降りると。
着飾った貴族が、エントランスホールをゆっくり移動している。
さすがアレクサンデル王太子も参加する舞踏会だけあり、皆、気合が入っていた。
そんな中、私のこのドレスは……。
いや、気にしない。
それよりも。
一人で来場している貴族の男性を、ちゃんと見つけないと。
まずは様子見だ。
招待状を渡し、会場となっている大広間に入り、男性貴族を物色する。
なるほど。
王太子が来場すると分かっているから、アイマスクの令嬢が圧倒的に多い。
その一方で、男性貴族でも、アイマスクや仮面姿の人がいる。
そうだった!
ここにきて唐突に思い出す。
いとこのバーバラから昔、聞いた話を。
彼女がまだ、結婚する前。
婚約する前に、話してくれたことだ。
「既成事実婚を狙っているかどうかって、分かりにくいでしょう。だから暗黙のルールが存在しているのよ」
バーバラによると、既成事実婚狙いの女性は、露出の派手なドレス、もしくはそういうことをしやすいドレスを着ているのだという。スカートにたっぷりフリルがついていたり、破れやすいレースがこてこてに飾られていると、いろいろと面倒だからと。
そこで自分のドレスが、既成事実婚から対局にあるようなデザインであることに気が付く。
でも仕方ない。思い出すのが遅かった。着替えのドレスも持ってきていないのだ。
その一方で。
既成事実婚狙いの男性は、アイマスクや仮面をつけているという話も思い出していた。
男性としては、容姿や財力に自信がないから、既成事実婚を狙うわけであり。仮面やアイマスクは、特に容姿をカバーするのに最適だった。
まあ、容姿については仕方ないわよね。
半世紀の年の差に比べたら、まだ耐えられると思う。
再びホールに目を向けると、アイマスクや仮面をつけている男性は……。
な、なるほど。
わりとでっぷりお腹だったり、白髪の方が多いわね。
一見、容姿に問題なさそうな男性も見受けられるが、アイマスクを外したその下に、何かあるのかもしれない。
一番回避するべきは、仮面の男性だろう。
そうなると……。
うん。
よさげな男性を一人発見した。
中肉中背でアイマスク。
年齢もまだ若そうだ。
三十代後半ぐらい?
よし。
舞踏会がスタートしたら、彼に声をかけよう。