☆エピローグ
ハンカチを取りに廊下を急いで歩いていると、見知った人物の姿が見えた。
あれはアレクサンデル王太子の護衛をしている筆頭近衛騎士のルークでは?
長身の黒髪のルークは、布をかけた何か大きな……額縁を持ち、裏庭の方へ足早に向かっていた。
ルークがいるということは。近くにアレクサンデル王太子がいるのかしら?
トクンと心臓が高鳴る。
行動力もあり、頼れる美貌の王太子。
好きにならないわけがないわよね。
この胸の鼓動。
彼は回避しなければならない相手と考え続けていたけど。
好きになっていいというなら。
当然よね。
あんな話を聞いて、抱きしめられ、必ず幸せにする、どんな苦労もいとわないと言われては……。
間違いない。
既に私、アレクサンデル王太子に恋をしているわ。
期待を込め、ルークの周囲を見るが、アレクサンデル王太子の姿はない。
残念。
その時。
ルークが抱える額縁から布がバサリと落ちた。
足早に移動していたので、落ちた布とルークの間にはすぐ距離ができてしまう。
あら?
額縁が見えたので、てっきり絵を抱えていると思ったのに。
額縁の中に絵は見えない。
代わりに文字が見えた。
ルークが抱えているのと、距離があるのですべてを読み取れたわけではないが……。
「 ル ド 爵令嬢は、王太子ア ンデル イルズ インの婚 への内定が られている。 の年齢が に達していないため、非公式かつ秘密裡に ていることを に記す。ゆえにこの 談をこれ以上すすめることは王家への とみなされ、違反 は、厳罰 与え 。またこの を口外し 者、この について第三者に 者も 罪に処される」
最後に王太子印も見えた。
あれは……何?
ルークはすぐに額縁を布でしっかり包んでしまった。
「!」
ルークがじっとこちらを見ている。
だが彼の黒い瞳からは、感情が読み取れない。
ゆっくりとルークが私の方へ歩いてきた。
「チェルシー様、もうお帰りになったと思っていたのですが、どうされましたか?」
「あ、あの、会議室に紋章入りのハンカチを忘れてしまいまして……」
「ああ、それでしたら私が預かっています。この後、お屋敷へお届けするつもりでした」
ルークは布でくるんだ額縁を大理石の床に置くと、胸元から私のハンカチを取り出した。
「ありがとうございます!」
「いえ。お屋敷へ出向く手間が省けました」
彼が差し出すハンカチを手に取ろうとすると……。
「チェルシー様」
ルークの声に、ハンカチをつかもうとした手が止まる。
「アレクサンデル王太子様は、チェルシー様のことを本当に心から。長い間ずっと想われています。誰よりも深く、あなたのことを愛されていることを忘れないでください」
「は、はい。アレクサンデル王太子様の私への深い愛は、強く感じています」
するとルークは微笑を浮かべ「チェルシー様がずっとそばにいてくだされば、アレクサンデル王太子様は、賢王になれますから。彼だけを見て、彼のことだけを考えてください。王太子様のすべて、それはチェルシー様なのです」と言うと、私の手にハンカチを握らせた。
ルークの言葉に頬が熱くなる。そこまでアレクサンデル王太子に愛されているということに。
「ルーク、ありがとうございます。アレクサンデル王太子様が賢王になれるよう、支えてまいります。……ところでその額縁は?」
「ああ、これはもう不要になった絵なので、処分するものです」
絵? 文字しか書かれていなかったのに。
「チェルシー様。アレクサンデル王太子様は、王太子教育を歴代の王太子の中で最高の成績で修了し、騎士になれる程の武術を会得、性格も一途で真面目でありながら、決断力と行動力もあります。そしてあの容姿です。彼以上の男性は、今生にはいないでしょう。そのアレクサンデル王太子様が心に決めた方、それがチェルシー様なのです。それ以上、何か望むことが?」
それは全くもってしてその通り。さらに彼は婚約の証で浮気をしないと明言し、私だけを愛し、守ると誓ってくれたのだ。これ以上、望むものはない。
「何も。何もこれ以上望むことなどありませんわ」
「それを聞いて安心しました。ではこれで失礼します」
ルークはそう言うと、額縁を抱え、歩き出す。
その後ろ姿を見て「あっ!」と気が付く。
下衆男爵から私を救ってくれたのは、彼なのではないかと。
まさか筆頭護衛騎士であるルークを自身のそばから離し、私の救出へ向かわせるなんて……。
アレクサンデル王太子の愛をさらに感じ、胸が熱くなってしまう。
ルークの後ろ姿を見送り、エントランスに戻ることにした。
悪役令嬢に転生してしまった!と気付き、断罪回避をしようと、すべての原点であるアレクサンデル王太子との婚約を回避しようとしたけれど……。
乙女ゲームのシナリオの強制力で、まさかの二十五人からふられ、もう詰んだと思っていた。だがそれはルイズが過剰な気遣いをしてくれたのが原因だっただけで……。それも今となっては、これでよかったのだろうと思える。
最終的にルイズという心強い幼馴染みと、ずっと私のことを好きでいてくれたアレクサンデル王太子のおかげで、私は悪役令嬢にならないで済みそうだった。
これからは。
王宮への引っ越し、王太子妃教育、アレクサンデル王太子との距離を縮めて行く。
すべて始まったばかり。
まだ先のことはどうにかなるか分からないが、アレクサンデル王太子がそばにいてくれれば、悪役令嬢にならないで済むはず。彼を信じ、生きていこう。
未来のために。幸せのために。
心から頑張ることを誓った。
〇・…☆…・ fin. ・…☆…・〇
宮殿の北側の一角。
そこは日も当たらず薄暗く、近づくものはほとんどいない。
そこへやってきたルークは静かに火を起こす。
パチパチと音を立て、木の枝が燃え、額縁を包んでいた布が勢いよく燃え始めると……。
額縁から外したキャンバスがくべられ、さらに木枠をその屈強な力で折ると、ルークは薪替わりで放り投げる。
ひときわ炎が強く燃え盛った時。
ルークは人の気配を感じ、剣の柄をつかみ、振り返る。
「アレクサンデル王太子様……。いかがなされましたか?」
「うん。これももう、いらないからね。処分をしようと思って」
アレクサンデル王太子は燃える焚火に向かい、丸型の眼鏡とチョコブランの長い髪のかつらを放り投げた。
ルークはガラス面が割れ、ぐにゃりと変形していく眼鏡を眺める。
かつてアレクサンデル王太子は、宮殿で暗殺者に狙われたことがあった。以後、初対面の相手に、王太子であると不用意に名乗ることを、禁じられていた。
だから本名と身分を明かさなかった。
主であるアレクサンデル王太子の、整った横顔をルークは見る。
一目惚れだったのだろう。
賢く、美しく、優しい彼女に。
それなのに彼女は、3歳年下の彼には理解はできないだろうと、社交界デビューをしたら、婚約者をすぐに見つけると話してしまった。だから彼は……。
「ルーク、きっちり灰になるのを確認してくれよ」
「御意」
プラチナブロンドの髪をサラリと揺らし、美貌の王太子は王宮へと静かに歩いていく。
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
サプライズ(……になりましたか?)!!
ラストで判明!実は初のヤンデレ作品でした~
よろしければページ下部の
☆☆☆☆☆をポチっと、評価を教えてください!