わ、分かったのですか!?
アレクサンデル王太子は、私のことを好きでいてくれた。
その上で、婚約の話を進めてくれたのだ。
でも私は彼と婚約したら後がないと、既成事実婚だけではなく、既成事実が成立したふりまでしようとしていた。
客観的に見れば、まさに私は……暴走していた。
そしてこの私の暴走を、アレクサンデル王太子は知っている……!
「そ、その件は……!」
「マルグリット公爵夫人の舞踏会。チェルシー嬢はいらしていましたよね」
「!」
心臓が激しく反応している。
思いっきり既成事実婚狙いで足を運ぶつもりでいた。でもそこにアレクサンデル王太子がいると分かり、変装にも近い装いで出向き、そして――。
「チェルシー嬢が来場していることは、把握していました。当然ですが、マルグリット公爵夫人には、警備の都合上、招待客のリストを見せていただいています」
「……!」
で、でも。そうよね。そうしますよね。王太子の警備だもの。そこまでする。
「私は……水面下でチェルシー嬢との縁談の準備を進めていました。あなたにお会いできるのは、顔合わせの時だろうと思っていましたが……。同じ舞踏会に偶然でも参加しているなら、会いたいと思いました。でも部下にあなたを探させましたが、一向に見つからないのです」
そ、それは……。私がフルフェイスの仮面をつけ、強烈金髪縦ロールのかつらを被り、へんてこりんなデザインのドレスを着ていたからで……。あれで見つけることができたら……。
「ようやくあれがあなただと分かった時は、驚愕しました」
「わ、分かったのですか!?」
「消去法です」
部下に探させても私は見つからない。
そこで舞踏会開始の挨拶をするマルグリット公爵夫人のそばに立った時、アレクサンデル王太子はホールにいる貴族の顔を確認した。確かに私は見つからない。でも逆に「これは誰だ?」という人物が数名いた。つまりはフルフェイスの仮面をつけている人物だ。
その中の一人の背格好、スタイルの良さから、私ではないかと見当をつけたのだという。
「正直、驚きました。ルイズからは既成事実婚を狙っていると聞いていたので、どれだけ男性の心を溶かすようなドレスを着て、舞踏会に参加すると思ったら……。仮面、かつら、ドレス。そのどれをとっても、チェルシー嬢の魅力を減退させるものだったので……」
これにはもう、苦笑するしかない。
アレクサンデル王太子に見つかるまいとして変装をした結果。逆に悪目立ちし、バレていたなんて。
「でも、魅力は減退されていましたが、やはりチェルシー嬢は魅力的でしたから。……ティーシュー男爵。彼があなたに近寄った時は……。わたしは嫉妬の炎で気が狂いそうになりました」
最後の一言はリップサービスね。
まさかこの国で一番モテる美貌のアレクサンデル王太子が、あの変装した私がティーシュー男爵と話しているぐらいで、嫉妬するなんて!
「嫉妬もそうですが、心配にもなりました。……ティーシュー男爵は公になっていませんが、自身の屋敷のメイドに手を出したり、招待された舞踏会で、その屋敷のメイドを手籠めにしたという話が耳に入っていたので」
「そ、そうなのですか!?」
私の言葉にアレクサンデル王太子は、こくりと頷く。
「心配でしたので私の護衛騎士に、あなたのことを見守るよう、指示しました」
え、それってもしかして……。
「でもそんな風に見守るのは……不快に思われるかもしれませんよね。自分の恋人や婚約者ならまだしも、チェルシー嬢からしたら、わたしは他人。それなのに護衛騎士に見守らせるなんて……。嫌われたらと思い、彼にはあなたを助けたら、名乗らずに消えろと命じてしまいましたが……」
「ティーシュー男爵の暴挙から私から救ってくれたのは、アレクサンデル王太子様の護衛騎士だったのですか!? 私を守るよう、指示を出してくださったのは……お、王太子様だったのですね……!」
するとアレクサンデル王太子は静かに「そうです」と答える。
……!
どうこの気持ちを表現すればいいのだろう。
私はこの舞踏会で、なんとかアレクサンデル王太子にばれないように、ばれないようにと動いていたのに。彼は私を守ろうと、自身の護衛騎士を動かしてくれていた。
もしアレクサンデル王太子がいなかったら。
私は今頃、心身共にズタボロになり、下衆男爵との結婚か、修道院へ行くための準備をしていただろう。
「アレクサンデル王太子様、助けてくださり、ありがとうございます」
「怪我をされていないか。男性不信になっていないか。心配していたのですが……」
「打ち身はありましたが、それも大したものではありませんでした。間もなく痣も消えます。男性不信には……なりかけましたが、でも多分、大丈夫です」
「そうでしたか」と安堵の顔を浮かべる彼を見ると、胸がキュンとしてしまう。そこでさらに気が付く。下衆男爵に下されたあの厳しい領地替えについて。
「ああ、それは……。先ほど話した通り、男爵という地位をいいことに、メイドに手を出した過去もありますから。チェルシー嬢への狼藉も含め、罰があたったのでしょう」
そう冗談めかして微笑むが……。
間違いない。
アレクサンデル王太子は……下衆男爵に対して相当頭にきたのだと思う。本当は断頭台送りにしたいぐらいだろうが、私の件は未遂であり、未遂であっても私の名誉のため、表沙汰にするつもりはなかった。そうなると、できる最大限の罰が、死亡確定の領地替えだったのだろう……。