すべて彼のおかげ
王太子アレクサンデルは「休憩を」と言ったが、席を立ったのは彼ぐらいで、新たに提出された婚約の証を、私達家族は弁護士と共に見ることになる。
一方の国王陛下夫妻も、自身の弁護士から写しを見せられ、説明を聞いていた。
「これは……条件第7項のaに記載されている王太子妃教育に関する事項ですね。婚約者であるチェルシー様が、王太子妃教育に取り組む間、基本的にアレクサンデル王太子様は、公務以外で未婚の令嬢と会うことはない……と追記されています」
!? そ、そんなことが可能なの!?
「さらに舞踏会においては婚儀が終わるまで、婚約者以外とのダンスを、公務を除き、拒否する……とも書かれています」
母親が「まあ、そうなのですか!?」と思わず声をあげている。
「さらに婚儀が終わる迄、公務以外の未婚女性からの手紙の受け取り、お茶会・晩餐会・舞踏会その他の一切の誘いには応じない……そうです」
今度は父親が「な、なんと」と驚いている。
「つまりこれは……アレクサンデル王太子様が、婚儀を終えるまで、チェルシー様以外の未婚女性と、公務を除き、一切接触をするつもりはない……ということですね。一種の浮気・不倫防止かと。既婚者との不貞の罰則は、条件第12項にあらかじめ記載されています。よって今回加えられた事項は……。王太子様が、さらに自発的にご自身を律するつもりなのかと」
そこで弁護士は「後は……」と付け加える。
「チェルシー様についても、追加の記載事項があります。婚儀を挙げるまで、基本的に王宮に滞在し、ご両親や友人とは王宮で会うこと――これは既出の記載事項ですよね。条件第15項に記入があります。これに加え、アレクサンデル王太子が、その場に同席されるそうです。これは警備強化のための措置、と書かれています。外出もそうですね。アレクサンデル王太子が随伴すると。でもどちらも婚儀を挙げるまでのことです」
新たな婚約の証に記載されていることは、どう考えても、アレクサンデル王太子がヒロインと恋に落ちるのを防止するための施策に思えた。さらに私がヒロインに嫌がらせをしないよう、彼が同席してくれようとしていることも分かった。
「あ、あとはこれですね。これは……もしアレクサンデル王太子が婚約期間中に浮気をしたら……彼自身が断罪を受けるつもりだと、追記されています」
弁護士のこの指摘には「「「えええええ」」」と、親子三人で声を挙げてしまう。弁護士自身も「王族の方が、ここまでされるとは」と衝撃を受けている。
自身が断罪されて構わないなんて。アレクサンデル王太子が、追加で盛り込もうとしている内容に、もう驚くしかない。彼がそこまでしてくれる理由。それはルイズのアドバイスの結果としか思えない。
ルイズは一体何者なの!? 宮廷画家の弟子で、本当にここまでできるなんて……。
そこでアレクサンデル王太子が戻って来た。
美貌の王太子は、涼やかな顔で椅子に腰を下ろす。
そして再び会話が始まる。
国王陛下夫妻は、断罪の追記について「やり過ぎではないか」とアレクサンデル王太子に指摘したが、彼は譲らない。
結局、双方新たな婚約の証を受け入れ、その場でサインをして――アレクサンデル王太子と私の婚約は成立した。
すると。
「婚約は無事、成立しました。わたしはチェルシー嬢と二人、庭園でも散歩しながらお話をさせていただきたいのですが」
この提案に私を含め、異論を挟む者はいない。
私自身、アレクサンデル王太子に、ルイズとの関係について聞きたいという気持ちがあった。
何より、これだけガチガチに固めてもらったら、悪役令嬢になるのは不可能に思えた。これを婚約の証に盛り込むことを決めてくれたアレクサンデル王太子に、御礼を伝えたいという気持ちにもなっていた。
「ではチェルシー嬢、よろしいですか」
アレクサンデル王太子にエスコートされ、部屋を出て歩き始めると、とても緊張してきた。何せ彼と二人きり……後方に護衛騎士がいるけれど……は、初めてのこと。
さらに彼はとてもハンサムなのだ。カッコいい。こんなイケメンの友人、前世でも現世でもいない! そういった意味でも、どうしても心臓がドキドキしてしまう。
「緊張されていますか」
「そ、そうですね。お会いするのは、初めてですから」
するとアレクサンデル王太子は、クスリと優美に微笑む。
なんて綺麗な笑みなのだろう。
思わず見惚れてしまうが。
気を引き締める。
まずは御礼だ。
「アレクサンデル王太子様。今回の婚約にあたり、私への多大なる配慮、ありがとうございました」
歩きながら頭を下げる。
「いえ。そんなに恐縮されなくていいのですよ、チェルシー嬢。そうすることが、二人の幸せにつながると思ったので」
二人の幸せ。
アレクサンデル王太子は、もう私との未来を確信している様子だった。
それはなんだか不思議。
私と彼は、今回の顔合わせで初めて出会ったに等しい。
勿論、宮殿の舞踏会で社交界デビューをしているので、その時に見かけたかもしれない。数は少ないが、社交界デビュー後も、宮殿の舞踏会には足を運んでいる。そこで彼を見かけたこともあったと思う。何せこの国の王太子なのだから。
先日のマルグリット公爵夫人の舞踏会は……あれは私が変装していた。下衆野郎事件の後、バトラーに抱きかかえられている私を見たかもしれないが……。一応まだかつらを被っていたし、庭園は薄暗かった。多分、私だとは……気づいていないはず。
それを踏まえると。
ほぼ初対面の相手との未来を、当たり前のように考えられるなんて。ここが自由恋愛がほぼないような世界だから? みんなもこうなの? 前世の感覚では考えられない。
その点は大いに気になるものの。
まずはこれを聞かねばならない。
「あの、アレクサンデル王太子様。宮廷画家のピエーロの弟子、ルイズのことをご存知ですよね……?」
「ええ。知っていますよ」
やはりルイズとアレクサンデル王太子は、知り合いだったのね!
「今回の婚約に関し、アレクサンデル王太子様は、ルイズとお話しいただいたのですね」
私が問いかけると、彼は笑顔で口を開いた。