信頼
悪役令嬢にならないために、何をしようとしているのか。
それは、何をしようとしていた、から説明することになる。
「王太子様の婚約者にならない。そのためには先に婚約者を作ればいいと思ったの。婚約してそのままその相手と結婚してしまえば……。王族の婚約者は、純潔であることが条件の一つでしょう。だから結婚してしまえばもう、私は王太子様の婚約者にならないで済む。悪役令嬢にならないで済むと思ったのよ」
「だから沢山、縁談を……」
私は頷く。
二十五回も縁談をしているのに、話がまとまらず、婚約者が決まらない。これは小説のストーリーに反することを、私がしているからだと思うと話すと……。
「それは……そうとも限らないのでは?」
ルイズはそう言うが、「ではどうして?」と問うと、首を傾げる。
「ともかく私は王太子様の婚約者にならないよう、懸命に15歳から動いているのに。まさか王太子様から婚約の話が持ち込まれるなんて……。王族からの縁談なんて、断ることなんて無理じゃない。もう最悪よ」
「そんな……! チェルシーはその王太子様のこと、知っているの? どうしてそんな頭ごなしに嫌がるの?」
そこでもしやと思う。
ルイズのこの、王太子を擁護するような言い方。
「ねえ、ルイズ。もしかしてあなたなの? あなたが師匠である宮廷画家のピエーロ様に頼んで、私のことを王太子様に推薦してくれたの? 私が婚約者を冬までに作らないといけない。時間がないって必死だったから、助けてくれたの?」
「そ、それは……」
ルイズのこの困り切った表情。やっぱり正解なんだ。
「ルイズ。あなたは良心に従い、行動してくれただけよ。だから責めるつもりはない。ルイズは私を追い詰めようとしたわけではないと分かっているわ。だからそんな顔をしないで」
もうルイズは泣きそうな顔で、私を見ている。
「でも、私は本当に絶体絶命なの。このまま王太子様の婚約者になったら、数年後にこの世界から消えるわ。ルイズとも、もう会えなくなっちゃう。だから協力して。お願い」
「な、何をすればいいの? チェルシー」
そこで私は笑顔で打ち明ける。
今晩、一緒にこの宿に泊まって欲しいと。
まだ17歳のルイズに何かさせるつもりはない。
ただ、この宿に男女で泊まったという事実があれば。
大人は勝手に想像してくれる。
ルイズの名前、年齢、職業を明かす必要もない。
公爵令嬢と男が、宿に泊まった。
同じ部屋で、一緒に泊まったのだ。
一晩を明かした。
二人の間には……勝手に想像してくれる。
「そ、それって、既成事実はないのに、あったかのように思わせるということ!? そんなことになったら、チェルシーの名が傷つく。下手をしたら、修道院にでも送られるよ? それに王太子様が、その主人公と恋に落ちるなんて……」
「修道院に送られてもいいの。生きていたいから。修道院からでも綺麗な星空を見ることができる。鳥のさえずりや虫の声を聞けるわ。でも死んだらすべてお終いだから。さすがに正式に婚約する前なのだから。牢屋に入れるとか刑罰に処すなんてことは、ないと思うわ」
するとルイズは、暗い顔で恐ろしいことを口にする。
「でも相手は王族だよ。王家なんだよ。婚約の話が出ているのに、そんなことをしたら……」
「そ、それは大丈夫よ。だって悪役令嬢の断罪は、婚約後だから。婚約前に」
「チェルシー。僕が思うに、二十五回も婚約に至らなかったということは。その小説のストーリーの強制力が、働いたのだと思うよ。既成事実もないのに、それを匂わせ王太子様との婚約をないものにするなんて、無理だと思うな」
力強い声で、そう断言されると、そうなのかもしれない……と、思ってしまう。
「冷静に考えよう。小説のストーリーの強制力。それは悪役令嬢が婚約し、婚約破棄されることを求めているのだろう。まずはそこをうまくやり過ごすことを考えないと。後は……主人公と王太子様が恋に落ちる……いい方法がある。大丈夫。恋に落ちることはない。上手くいくと思うよ」
「え、どういうことかしら?」
「ねえ、チェルシー。君は自身にまつわる、とても重要な話を僕にしてくれたよね。僕はそのことがとても嬉しく感じているよ。それだけ僕を信頼してくれたのかと。僕のことを信頼して。お願いだよ、チェルシー」
信頼……。確かにルイズのことは信頼している。でも……。
「チェルシーがこれからとるべき行動は、屋敷へ帰り、明日はちゃんと王太子様と顔合わせをすること。そこからがスタートだよ。僕も全力でサポートするから。……宮廷画家の弟子ごときが何をできるのか、そんな風に思わないで」
「も、勿論、そんな風には思わないわ。でも明日、顔を合わせをしたら……」
「僕を信じて、チェルシー。王太子様との縁談。認めるよ。チェルシーが王太子様の婚約者になれるよう、画策したのは僕だ。だからこの後のことも、僕に任せて。チェルシーが絶対に数年後も、笑顔でこの世界にいられるように。僕が協力するから」
……! 認めた、ルイズが!
一体どうやって手を回したかは分からない。
でもやはりルイズが……。
宮廷画家のただの弟子だと思っていたけれど……。
王家を、王族を、王太子を動かせるのだ、ルイズは。
信じてみて……いいのでは?
「分かったわ。屋敷に戻ります」