最後の禁じ手を……
王太子アレクサンデルとの縁談の条件面の交渉は、一週間ぐらいかかるだろう。
この私の読みは甘かった。
私の父親と我が家の弁護士。
王家側の国王陛下と王太子の代理人、弁護士、侍従長……その他の関係者は、一堂に会することになった。条件面の交渉のために、宮殿の会議室に集合した。
それは一日がかりで行われ、その二日後。
条件の吟味も終わり、お互いに「イエス」の回答に落ち着いた。
そもそも我が家で「ノー」はないわけで。
続いての姿絵の交換。
そこで私は改めて、アレクサンデル王太子の姿を見ることになった。
その容姿はゲームのパッケージは勿論、実際のゲーム画面でも見た通りの美しい姿だった。
高い鼻に宝石のようなセルリアンブルーの瞳。
きりっとした眉に長い睫毛。
透明感のある肌に、血色のいい唇。
姿絵の中ではドラマチックに、サラサラのプラチナブロンドが揺れているように描かれていた。
背筋が伸び、脚が長く、スラリとした体には儀礼用の軍服を纏っている。
眩しい程の白い軍服には、ゴールドの飾りボタン、飾緒もゴールドで、サッシュは濃紺。マントは裏地が薄い水色で、表は濃紺。革のロングブーツも、ビシッと決まっている。
普通にもう、目の保養になる美貌でハンサムな王太子だった。
両親はこの姿絵を見て「なんと凛々しい」「なんて素敵なのかしら」と二人してため息をついている。ここで妙齢の令嬢であれば、頬を赤くし「まさか王太子様の婚約者に選ばれるなんて」と泣いて喜ぶのだろうが……。
私も泣いている。喜びではなく、絶望的な気持ちで。
この姿絵を見た我が家の回答は当然だが「イエス」。つまりは次のステップ、顔合わせに進んでください――だ。
この姿絵の交換に一塁の望みをかけていた。
だって。
二十五回。
二十五人の男性が私の姿絵を見て「いや、この方はちょっと無理です……」と反応しているのだ。
いくらゲームやシナリオの強制力があっても、そこまで「ノー」を引き出した姿絵。もはや“ノーの呪い”でもかかっているのかと思えるぐらいなのだ。
国王陛下夫妻でも、アレクサンデル王太子でも、誰でもいい。
私の姿絵を見て「これはダメですね。お断りしましょう」にならないか。
それを期待した。
ところが……。
「チェルシー、喜ぶといい。アレクサンデル王太子様から、直筆で手紙が届いたぞ。素晴らしい姿絵でした。ぜひお会いしたいと!」
父親は感動の涙を流しながら、そう私に伝えたが……。
私としては……え、本当に?だ。
素晴らしい姿絵。
それはそうだろう。
あの宮廷画家、天才と言われるピエーロが描いたのだから。
だから絵の価値を認めたのなら、理解できる。
でも「会いたい」になるのは理解できない。
それならば過去の二十五人は、なぜ会いたいにならなかったの??
もしかすると王太子アレクサンデルは遠視だったりする?
いや、でも、そもそもあの姿絵の出来栄えに、私も両親も満足していた。変にデフォルメしたり、抽象的にしたり、幾何学的にしたりなんてない。実に写実的に描かれ、とても美しいのだ。
どんな姿絵なのかというと。
私……チェルシーは、珍しい紫色の瞳をしている。その美しい瞳はアメシストのように、透明感と輝きがあふれるものとして描かれている。さらにミルクのような柔肌は、その質感さえ感じさせるような秀逸な筆使いで表現されていた。小顔で細い首も、高い鼻も、本物そっくりの再現度。
何より秀麗なのは、西洋版かぐや姫と私が考える、艶々ホワイトブロンドの長い髪を、流れるようなタッチで描いている点。これは心から綺麗と感嘆してしまう。
加えて女性にしては長身で、スラリとして、でもメリハリが効いた体。こちらも洗練されたデザインのドレスと共に、余すことなく表現してくれている。
デコルテが映えるカッティングがされたドレスの身頃には、立体的な淡いピンク色の薔薇が散りばめられていた。細いウエストに結わかれた白いリボンにより、まるで身頃はブーケのようにも見える。スカート部分はチュールが贅沢に重ねられ、裾のティアードの切り替えも、とってもオシャレ。それがきちんと絵の中でも再現されているのだから……。もう、素晴らしい!の一言に尽きる。
完璧だった。この姿絵は。
だからむしろアレクサンデル王太子が「会いたい」と思うのが、正解――だと思う。なぜ他の二十五人が、「無理です。お断りします」になるのかが分からなかった。
とにかくにも私と王太子アレクサンデルの会う日が決まる。
それは……明日だ!
早過ぎる。
何なんの、このスピード展開は!?
しかも王太子アレクサンデルとの縁談が始まると、なぜか屋敷には警備の騎士が配備され、私はなんというか……見張られている。
この件について父親に問うと「それは王太子様の婚約者候補になったのだ。それを逆恨みし、仇をなす者。婚約に向けお金が動くとを見込んで、盗みに入るような輩もいる。そのための配慮だろう。さすが王家は違うと思わないか、チェルシー」こんな答えをして、不信に感じる様子はなく、むしろ喜んでいる。
おかげで下衆野郎事件のトラウマを克服し、最後の奥の手・禁じ手の、既成事実婚を狙おうにも、屋敷の外に出ることすら難しくなってしまった。外に出たいと父親に泣きつくと「異例のスピードで、王太子様との縁談はすすんでいる。すぐに結果が出て、自由になれるよ」なんて言われているけれど……。
婚約が決まれば、王太子妃教育があるからと、王宮に住むことになるのだ。
もう、婚約後の自由もない!
こうなったら仕方ないと思う。
夜中にこっそり屋敷を抜け出し、酔っ払いでも捕まえ……。
既成事実婚にならなくてもいい。
既成事実だけ作り、王太子との婚約を破断にしよう!
王族は婚前交渉を禁止している。
つまり既に純潔を散らした令嬢との婚約なんて、無理なのだ。
私がそんなことをしたと知ったら両親は悲しむし、きっと修道院に入れられるかもしれない。でも殺されることはない。なにせ婚約まで至っていないのだから。
ということで皆が寝静まった頃合いを見計らい。
街の女が着ているようなワンピースに着替え、屋敷から抜け出した。
お読みいただき、ありがとうございます!
【ご報告と御礼】
活動報告でもお知らせしましたが
第9回キネティックノベル大賞で、一次選考通過していました!
応援くださっている読者様
本当にありがとうございますヾ(≧▽≦)ノ
ネット小説大賞、HJ小説大賞、そして今回と
日頃の読者様の応援への感謝の気持ちを込め
新作を急遽公開しました♪
『聖女ではありませんでしたが
聖騎士様に溺愛されそうです』
https://ncode.syosetu.com/n7262im/
聖女ではないのに魔物が見えてしまう主人公アリーと
自身の生命力で魔物を倒すという美青年聖騎士ランスとの
波乱万丈の旅がスタート!
聖騎士は、聖女に仕え、忠誠を誓い、純潔が求められるのに!
魔物を倒す生命力は、性的な興奮により高まる!?
今もランスがぐいっと私の腰を抱き寄せ
さらに荒々しく顎を持ち上げられ――。
アリーは聖女ではなかったけれど、修道女なのに!
二人の旅はどうなってしまうのか!?
ページ下部にイラストバナーでリンクを設置しました。
上から二つ目です。
こっそり19時に四話公開!
遊びに来ていただけると嬉しいなぁ☆彡