どうしてこうなった!?
マルグリット公爵夫人の水の別荘から戻った翌日。
水面下で父親が進めている縁談の条件交渉が、対面で行われることになった。相手は伯爵家の三男。浮いた話もなく、ただ三男ということで人気がなく、売れ残った27歳男子であると父親は言っていた。
条件面は……相手は伯爵家。提示条件は、公爵家である我が家がいいはずだ。つまり条件交渉は、うまくいくはず。問題は、その次の姿絵の交換。
そんなことを思いながら、その日は終わった。
そして迎えたその翌日。
舞踏会は無理だとしても、宮殿の独身貴族が多く参加していそうなサロンにでも顔を出すかと、目覚めた瞬間、私は思いついていた。
サロンというのは、宮殿で行われている上流貴族の社交的な集まりで、音楽サロン、絵画サロン、文学サロンなどいくつかのサロンが存在している。
サロンに参加し、人柄を知ったうえでお茶にでも誘い、さりげなく縁談を持ちかける……もはやナンパに近い。だが舞踏会を使わず、出会いを求めるなら……。背水の陣覚悟で、ナンパの一つもやってみせよう。
こうしてラズベリー色に、グリーンのリボンの飾りが襟や袖にあしらわれたドレスに着替え、決意も新たに自室を出ようとしたまさにそのタイミングで、部屋に両親がやってきた。
「お、おはようございます、お父様、お母様、どうされました?」
「今朝、とんでもない話が舞い込んできたんだよ、チェルシー」
興奮気味の父親の言葉に、オウム返しで尋ねてしまう。
「とんでもない話……?」
父親から聞いた話は……確かにとんでもないものだった。
まず、もたらされた話は、表向きは縁談。
だが実際は……縁談とは、とても言えないもの。
なぜなら。
断るなんてほぼ不可能なものであり、私が最も恐れていたものなのだから。
そう、アレクサンデル王太子との婚約の話だ……!
なぜ?
彼との婚約は、ゲームの設定では、王太子が18歳になった冬に結ばれるはずなのに。
どうして前倒しで今、話がきたの……? そもそも王太子は、結婚可能となる18歳になってから、婚約をするのではなかった!?
その点を両親に確認すると。
「誕生日まで一カ月を切った。婚約の手続きもある。よって婚約を進めることが、認められたそうだよ」
父親にそう言われると「そうなのね……」と唸るしかない。
でも確かに。
例え王族が相手であっても。
縁談の手順は踏む。
まずは条件面の交渉。
これは当然だが行われる。
ここが難航し、最終的に婚約を結ぶのが、王太子18歳の冬……になれば、ゲーム通り。
そうも考えたが……。
我が家はもう二十五回も、この条件交渉を行っていた。
バリエーションはあるかもしれないが、提示できる条件は、ある程度決まっている。言ってみればバークモンド公爵家側の条件は、すぐに出せてしまう。
一方の王家はどうかというと……。
侍従長を中心に、王太子の婚約のため、代理人や弁護士など様々な職員が一丸になって動く。条件を整えるのに時間がかかる……なんてことはないだろう。
そうなると……どんなに引き延ばしても、条件の裏取りなど行ったとしても。
一週間以内で、婚約の手続きにまつわる条件交渉は終わる……。
あとは姿絵の交換だが、今回、絵を王宮のアトリエから持ち出して……なんてことをする必要はない。王太子は即刻確認だろう。
我が家には王太子の姿絵が届くだろうが、それを見たところでやはり「ノー」なんて言えない。その後の顔合わせもしかり。「ノー」の選択肢は一切ないのだ。
つまり条件面で「イエス」と答えたら、もう婚約成立も同然だった。
王太子はもうすぐ18歳ということで、誤差の範囲で進んで行くのかしら?
私がそんな風に考え込む一方で。
「二十五回もうまくいかなかったのに! まさかここに来て、王家から縁談の話がくるなんて! チェルシー、喜びなさい。きっとこれまでの『ノー』は、この日のために神様が与えた試練だったのだよ」
父親がそう言うと、母親も目元をハンカチで拭い、喜んでくれている。
本来なら私が一番大喜びしていいはずなのに。
喜ぶどころか、顔は青ざめ、背中に汗が伝う事態。
なぜ、急に?
どうして、今?
そこで考えに考え、一つの可能性を考える。
ルイズ!
彼は「チェルシー。僕が……頼んでみるから。既成事実婚なんでしないで済むよう、相手を……見つけるから」と言っていた。
そして宮廷画家の弟子というのは。
権威付けされ、畏怖の対象として見られていることに、私は気づいた。
先日の水の別荘の工房にて。
もしやルイズがアレクサンデル王太子に近い貴族に近づき、その貴族から私との縁談を王太子に提案した……?
もしくは、宮廷画家として王宮内でも一目置かれている師匠ピエーロに頼みこみ、私と王太子との縁談を、国王陛下に相談したのではないか。
二十五回もお断りされているが、それはすべて姿絵の段階。
条件だけで見れば、バークモンド公爵家の令嬢チェルシーとの縁談に、文句などつけようがないはずなのだ。
よって王家では「悪い話ではない」となったのでは?
でも……。
二十五回もお断りされているなんて、噂になっていると思う。王家の人間がそれを知らなかったなんて、あるのかしら?
知った上で進めることにしたの……?
この話は、こちら側からノーの選択肢はない。
でも王家からノーをつきつけることは許されている。
それを踏まえると……。
条件面はいつもクリアするのに、姿絵で落とされるなんて、チェルシー・バークモンドはどんな女性なのかと興味を持ち、話をすすめることにした……? 姿絵を見て、二十五回も断られる理由に納得出来たら、「ノー」と言ってお終いにするつもり?
いや、でも、姿絵が気になるなら、それこそ王宮に絵を保管しているアトリエがあるのだ。そこへ出向き、一目見たら完了だ。
わざわざ大袈裟になるようなことを、する必要はない。
そう。
今、貴族達は大騒ぎしているハズだ。
二十五回も縁談でお断りされている、あのチェルシー公爵令嬢と、王太子の婚約が浮上していると。
いくら考えても、どうしてこうなったのか、答えは……分からなかった。
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