幼馴染み
月が綺麗な夜だった。
月が明るい分、星はいつもより少なく感じる。
でも前世で見た夜空より、沢山の星が見えていた。
初秋の今、そこまで寒さはない。
残暑が厳しかった分、この涼しい感じが心地よく感じる。
庭園の木々にはランタンが灯され、秋の虫の声が響いていた。
この世界は美しい。
転生できてよかったと思う。
できればここで生きて行きたい。
自然の美しさの中に身を置くことで、生への渇望を強く感じていた。
「チェルシー!」
この声は……。
白シャツに紺色のベストとズボン、茶色の革のブーツ。
トレードマークの眼鏡に長い髪。
「ルイズ、久しぶりね!」
「久しぶりだね、チェルシー」
ルイズは天才と言われる宮廷画家ピエーロの弟子の一人。
私が覚醒した8歳の時に、この宮殿で出会った。
もう十年来の付き合いになる、幼馴染みだ。
私の父親は宮殿で、当時宰相の筆頭補佐官をしていた。
私はよく父親に会いに、宮殿へ足を運んでいたのだ。
お茶の時間にメイドと共に訪問し、庭園のベンチで届けたお菓子を父親と一緒に食べる。それがその当時の習慣だ。
その日、父親は会議が長引いていた。
先に庭園に着いた私はベンチに座り、父親の到着を待つことになったのだが……。
そこに現れたのがルイズだった。
一目見た時は、まるで天使みたいに見えた。
透明感のあるセルリアンブルーの瞳。
ミルク色の肌に、血色のいい唇。
陽射しを受け、輝くようなサラサラのプラチナブロンド。
白シャツにシアン色の上衣、紺色の半ズボンという姿のルイズは、何かから逃げているようだった。
「どうしたの?」と思わず尋ねると……。
「お願い。そのベンチの下に隠れさせて」と言われた。私が座っていれば、ドレスのスカートで椅子の下に隠れていることがバレないからと彼は言った。とても慌てている様子だったので、快諾すると、彼はすぐにベンチの下に隠れた。
ほどなくして何人かの大人が来て、庭園の様子をキョロキョロと見渡し、去って行った。
彼らがいなくなると、彼はベンチの下から出てきて、事情を説明してくれた。
名は「ルイズ」と言い、宮廷画家ピエーロの弟子の一人だという。
言われてよく見ると、手に油絵具がついている。
ピエーロの指導はスパルタで、辟易したルイズは指導の最中に、逃げ出してきたのだと言う。
「だって師匠、本当に厳しいんだもん」
少し涙ぐむルイズは、聞くと私より三歳年下。
「5歳でそんなスパルタでしごかれているなんて、大変ね」と、私はルイズに同情し、すぐに打ち解けた。
その日はそれでおしまいだったが、その後も宮殿を訪れると、ちょいちょいルイズに会うことになった。父親の会議が長引いている時に、ひょっこりルイズが現れてくれるので、いい時間潰しになる。
ルイズは自身が学んだ絵画について、私に教えてくれた。一方の私は、兄の英才教育で学んだ、他国の歴史についてルイズに語る。またある日は、ルイズが風景画のモチーフにしている宮殿の温室や蓮池について話し、私は隣国の絵のような文字について解説をした。
そうやって月日は流れ、ルイズは身長がぐんぐん伸びた。丸型の眼鏡をかけ、後ろで一本で結わかれた髪は長く、次第に画家らしい姿へと成長していく。この世界では、音楽家や画家はかつらを好んでつけている。特に宮廷音楽家や宮廷画家は、それが正装の一つとして扱われていた。
おかげでルイズは初対面では美しいプラチナブロンドだったのに。次に会った時はチョコブラウンのかつらを被っていた。それは彼を画家らしく見せているが、なんだか少しもったいない……とも思う。それは私が前世が日本人で黒髪だったからかもしれないけれど。
そんなルイズと会う機会が増えたは、私の姿絵を用意することになった時だ。
そう、ルイズの師匠である宮廷画家のピエーロに、姿絵を描いてもらえることになると……。ピエーロのアトリエを訪れることになり、その時は連日のようにルイズと会っていた。
ただ、最近はルイズも忙しいようで、かつ私も宮殿に併設されている王立図書館に、たまに足を運ぶぐらいだった。よってルイズに会うのは、半年ぶりだった。
「ルイズ、こんな時間に、まだアトリエにいたの?」
私がルイズに宮殿で会ったのは、圧倒的に日中が多い。舞踏会が行われているような時間に会うのは、初めてのことだった。
「アトリエではなく、宮殿の礼拝堂にいたんだ。礼拝堂の壁にフレスコ画を師匠が描いていて、納期が厳しくてさ。僕達弟子も、その手伝いに追われていたんだ。今は宮殿で泊まり込みをする日もあるんだよ」
「そうなのね。あ、隣に座る?」
頷いたルイズは目を細め、私のドレスを見ている。
「……チェルシーは、舞踏会に来たの?」
思わずドキッとしてしまう。
「え、ええ、そうよ」
しどろもどろで返事をすることになる。
ルイズはかけがえのない幼馴染みだ。乙女ゲームをプレイしていた時には見たことがないキャラクターであり、モブなのだろうが、大切な友達。そのルイズに既成事実婚のためにここに来ているとは……知られたくなかった。
「……縁談は、上手くいっているの?」
幼馴染みであり、気心が知れているルイズには、縁談のことを赤裸々に話していた。
「それがね、またダメだったの。せっかくルイズの師匠に、私の姿絵を描いてもらったのに。お相手のお眼鏡に、私は叶わないみたいなの。残念ながら」
私は手にしていた扇子で顔を全体を隠す。
恥ずかし過ぎて。
「もう二十人目だっけ?」
「二十五人目よ」
縁談、それすなわち前世のお見合いみたいなもの。
それを二十五回もやるのは、この世界では異例。
多くが三回目ぐらいで相手が決まる。
よって縁談を始めて、三年以内で婚約者が決まり、そこから半年以内で結婚しているのが慣例だった。
6年もかかって二十五回も縁談をやって、まだ婚約者が見つからないなんて……異常だった。