弟子
「おはようございます」
声に工房の入口を見て「あっ」と思わず声が出る。
左側で束ねられたサラサラの長いプラチナブロンド。
セルリアンブルーの美しい瞳。
血色のいい唇に、少し日焼けした肌。
白シャツに青い上衣とズボン、茶色の革のブーツ。
今日はまだ、帆布のエプロンをつけていないが、細身のこの少年は昨日、私に声をかけた画家の卵・ルーだ。
私の対応していた女性は、ルーの姿を見ると「ルー、こっちへ来て」と気軽に少年に声をかける。
するとルーはこちらを見て、私を認識し、驚きの表情になった。扇子で顔を隠しているが、どうやら私が誰であるか、認識できたようだ。私を見て微笑を浮かべるも、名前を呼ばれている。すぐに手に持っていた道具箱をテーブルに置き、私達のいる奥のテーブルへとやってくる。
「彼、昔、短い期間ですが、王都にいたんですよ。あの宮廷画家のピエーロの弟子を、子供の頃していたこともあるんです」
ルーがこちらへ向かってくるのを待つ間、彼を呼んだ女性の画家の卵が、思いがけない情報を教えてくれた。
ピエーロの弟子だったのね!
ということは宮殿に一時いたと。だから私を知っていたのね。
そう思うものの。名前まで知っていたのは……。
そこでふと「あれ?」と思ってしまう。
こちらへ向かってくるルーは、今も少年のように見え、若いと思った。
でもその身長をうんと小さくして、髪も短く、幼い顔にしたら……。
似ているような気がする。
ルイズの子供の頃に。
「アニエス先輩、おはようございます。僕に何か用がありますか?」
ルーはチラリと私を見て、頬を赤くした。
すると。
ルーのことを呼んだアニエスという女性の画家の卵は、ツンとルーの額を指で押した。
「こら、ルー! こちらは王都からいらした貴族のお客様なのよ。顔を赤くしている場合じゃないでしょう!」
「す、すみません、アニエス先輩。ご、ごめんなさい、チェ……お客様」
ルーはペコリと頭を下げる。
「こちらのお客様は、王都にいる画家のお友達に、お土産を買いたいそうよ。ルーは王都にいたのでしょう? 結構前だけど。王都では手に入りにくい顔料とかあった?」
「! それなら紫の顔料ですかね。鮮やかな発色の紫が、王都ではまだ少なかったと思います。でも最近、チャリーさんが開発した紫が、とても美しい紫ですよね」
顔料について聞かれ、話すルーの瞳は、キラキラと輝いている。それを聞いたアニエスも「あー、なるほど。なら、紫の顔料がいいわね。貴族や宮殿でも、紫は高貴な色として人気だから」と納得した。
「お客様。紫の顔料がお土産にいいと思いますよ。化学工房にいるチャリーさんという方は、いろいろな開発をされているのですが、最近、紫の顔料を作ってくれたのです。それがとても美しい発色で」
そこでアニエスはルーに声をかける。「ルー、ブロスの絵、あれ、空の一部にチャリーさんの顔料、使っていたわよね。あれ、持ってきて」と。ルーは頷き、壁に立てかけられた沢山の絵の方へ向かう。
「今、実際にその紫を使った絵をお見せしますね」
「はい。わざわざありがとうございます。……あの彼は子供の頃、宮廷画家のピエーロの弟子をしていたんですよね。いくつぐらいの時か、ご存知ですか?」
アニエスに尋ねると、彼女は「えー、いくつだったかしら?」と少し考えたが「あ、5歳ですよ。5歳になったばかりで弟子になって、でも三か月もしないうちに、この工房に来ることになった。理由は……本人が語りたがらないので分かりませんが、ピエーロはスパルタだったみたいですよ」と教えてくれた。
なるほど。ピエールがスパルタ。それはルイズも言っていた。でも、そうか、5歳。もしかしたらルイズのことを知っているのかしら?
そこでルーが、一枚の絵を手に戻ってきた。
「こちらがチャーリーさんが開発した、紫の顔料を使った絵です」
アニエスの言葉に、ルーがテーブルに置いた絵を見ると……。
「わあ、綺麗ですね……!」
ブルーアワーと言われる時間の空を、綺麗なグラデーションで表現している。そこで紫が使われているが、とても美しい色だった。
「友人も気に入ると思います。この紫の顔料でお願いします」
「賜りました! ルー、用意して」「はい!」
私はアニエスに金貨を渡す。
彼女はカウンターへ金貨を手に向かう。ルーは左手奥の、顔料の瓶が並んだ棚に向かった。
テーブルに置かれたままのブロスの絵を再び眺める。
綺麗な紫だった。
これならルイズが喜んでくれそうだ。
瓶に紫の顔料をいれたルーが、こちらへ向かって歩いてくる。
そこで再び思う。
ルーが幼い頃は、ルイズにそっくりだったのではと。
「お待たせしました。こちらが紫の顔料です」
微笑んだルーが、テーブルに紫の顔料が入った瓶を置いた。
「ありがとうございます。……あの」
「はい」
「あなたは宮廷画家のピエーロの弟子だったことがあるんですよね。私の友人の画家は、実はピエーロの弟子なんです。彼の名前は」「チェルシー!」
「!」と思い、顔上げると……。