婚約し、結婚を。
ひとしきり話を終えたセントは、その頬を高揚させ、嬉しそうにこんなことを口にする。
「チェルシー様が、ここまで理解があるとは思わなかったです。今日、お会いして本当に良かったと思います。チェルシー様を紹介いただいた、マルグリット公爵夫人にも、心から感謝の思いでいっぱいです」
感無量という感じでそう言うと、いきなりセントが自身の体をこちらへ向ける。
アクアグリーンの瞳をキラキラさせると、私の両手をぎゅっと掴む。
驚いて心臓が飛び跳ねている気がした。
「チェルシー様、わたしと婚約し、結婚していただけますか!」
「は、はいっ!」と答えそうになったが、思い留まる。
セントが不能かもしれない……というのは、私が勝手に想像したこと。
実際はどうなのか。
それは本人に聞かないと分からない。
彼が不能だから婚約者になりたくない……わけではなかった。
それはある意味仕方ないことだろうし、受け入れていいと思えている。
だからこれは念のためので確認だった。
聞くには勇気がいる。
でも聞くしかない。
ということで意を決し、尋ねる。
「セント様。失礼を承知で質問させていただいてよろしいでしょうか」
「ええ、勿論です」
「もし間違っていたら、本当にごめんなさい」
するとセントは優しく笑う。
「大丈夫ですよ、チェルシー様。たとえどんな質問をされても、わたしは怒ったりするつもりはありませんから」
この言葉に安堵し、ついに尋ねる。
「セント様は……その……ふ、ふ、ふ」
「落ち着いてください、チェルシー様」
セントが背中をさすってくれる。
優しい……。
この動作に励まされ、深呼吸をし、気持ちを落ち着かせ、再度口を開く。
「セント様はもしや不能ですか?」
もう一気に言い切ると。
セントは一瞬、キョトンとし、しばし考え込み。
「ある意味……そうかもしれません」
なんとも曖昧に答える。
ある意味、そうかもしれない?
ど、どういうことかしら?
セントは少し困ったような顔をして、自身のシルバーブロンドの髪をかき上げる。
なんだか不安になり、その顔を見ると。
彼はふうっと、大きく息をはく。
「チェルシー様には、ちゃんと打ち明けないとダメですよね」
それは私に言ったことなのか、自身に言い聞かせるための言葉だったのか。
ともかくそう言うと、私にアクアグリーンの瞳を向けた。
何を言われるのかと、なんだか心臓がバクバクしてきた。
「わたしは……どんなに魅力的な令嬢であっても。機能しないのです」
……そうなのね。やはり不能だということ。
でもそれは仕方ないと思うわ。
「ただ、同性に対しては、反応するのです」
え。
「それで現在、わたしには恋人がいます。同性の」
そ、それって……。
「ですから、それを理解した上で婚約し、結婚できる相手をと思っていたのですが」
……。
「条件面の交渉に、この件は入れないといけないと弁護士から言われ、困っていたのです。なかなか縁談も、できませんでした」
そこでセントは、実に嬉しそうな顔になった。
「いきなり顔合わせからスタートの縁談の話があると、マルグリット公爵夫人から言われた時は……。もう飛びついてしまいました。そしてこうやってチェルシー様にお会いして。救世主に会えたと思えました」
セントは再び私の手を、ぎゅっと握りしめる。
「次期伯爵家当主として、当然ですが衣食住は保証し、舞踏会や晩餐会、式典や行事では、チェルシー様のことを心からエスコートします。よき夫して振る舞い、他の令嬢がうらやむような最高の笑顔をあなただけに向けますから。そしてきちんと毎晩、満足させることを約束します!」
一瞬、何も問題ないではないか!
そう思ってしまうが。
未来の夫になる人には、同性の恋人がいる。
夫婦の夜は……私一人が満足しても。味気ないものになる……。
え、どうしてなのですか?
先日のジョルジオと言い、セントと言い。
一見すると何も問題ないと思う。
でもいざ詳しく話を聞くと……。
ジョルジオは二十三人の愛人を囲いたいといった。
セントは同性の恋人を妻公認とし、今後も交際を続けるつもりだという。
振り返ると。
半世紀の年の差の縁談。下衆野郎。愛人囲いたい男。同性恋人あり男子。
どうして私の周囲には、こう、変な男性しか集まらないの……?
私はただただこの時代に一般的な、貴族同士の婚約からの結婚をしたいだけなのに。
「チェルシー様、どうされましたか? わたしと婚約を」
「す、すみません。私、もしセント様が不能であるならば。仕方ないと思い、それでも構わないと思いました。でも言ってみれば愛人がいるけど婚約しましょう、結婚しましょう……は、む、無理です!」
「そ、そんな……! 不能であることと、変わらないですよね!?」
セントはとても真剣にそう言うが。
変わらないわけがない!
結婚した後に、実は同性しか好きになれないと目覚めたのならまだしも。
同性愛人付きの男性と、婚約からの結婚は……無理!