麗しの美青年
製菓工房の後は、キャンディー工房で、ジューシーなフルーツ飴を楽しみ、美しい飴細工を鑑賞した。その後は芸術家の卵たちの工房を見て回ったが……。
私に声をかけた画家の卵と、再会することはなかった。
気にはなったが、思い当たる人物もいない。夕食会が始まる頃には、その少年との出会いそのものを忘れていた。
そして夕食会が終わり、寝る準備を始めると。
気持ちは一気に明日の顔合わせに向かっていく。
明日の“麗しの美青年”ことローグ伯爵との顔合わせは、植物園で行うことになっている。
日本の藤棚にあたる緑廊があり、そこにソファやテーブルを並べ、パーゴラパーティーという形で顔合わせを行うという。
今度こそ。
顔合わせからの条件交渉で、縁談を成立させることを心に誓い、ベッドに潜り込んだ。
◇
パーゴラパーティーでの顔合わせのため、朝食を終えると、とっておきのドレスに着替えた。
アイリス色の生地に、同色のチュールを全体に重ねた、実にエアリーなドレスだ。4枚の花弁を持つ立体的な小花が、スカート部分のチュールに、ふんだんに飾られている。小花は白、ピンク、紫と、とても可愛らしい。柱頭にあたる部分には、ゴールドのビジューが一粒ずつ縫い付けられていた。
チュール自体にも、銀糸で小花が刺繍されており、実に手の込んだデザインだ。
濃い紫のウエストベルトは、可愛らしいリボンの形をしているが、しっかりシェイプしてくれて、スタイルアップにも一役買ってくれている。
身頃のドレープといい、大人っぽく、実にエレガント。
髪はサイドポニーテールにして、ドレスの共布で作ったリボンを飾った。
フランボワーズ色のルージュとチークをふんわりつけ、アイメイクはアイリス色とシルバーを控えめにのせる。派手にならず、ほんのり愛らしく仕上がった。
姿絵でお断り令嬢のチェルシーだが、実体はこんなに可愛いのよ!と、思う存分アピールできる完成具合だ。
アイリス色のレースの扇子を持ち、植物園に向かう。
緑廊は、ツルニチソウで覆われており、特徴のある葉が綺麗に広がっていた。その下にはガーデンパーティー同様で、本来部屋の中にあるようなソファとローテーブルが置かれている。勿論、そこには素敵なお菓子と軽食、飲み物が並んでいた。
先に到着した両親は、すでにソファに座り、寛いでいた。
父親は落ち着きのあるオリーブ色のセットアップ。
母親はリーフグリーンにレースが美しいドレス。
母親の隣の席に腰を下ろしたところで、マリンブルーのドレスを着たマルグリット公爵夫人が、ローグ伯爵夫妻とそのご子息であるセントを引き連れ、登場した。
ローグ伯爵は黒のセットアップ、夫人はコスモス色のドレス姿。
伯爵は立派な髭と高身長で、瘦せている。夫人はブロンドの髪がとても美しい。
そして。
セントは……。
“麗しの美青年”。
まさにその通りの姿だ。
シルバーブロンドの髪は後ろで一本で結わかれ、その髪は私に負けないぐらいサラサラ。真ん中分けされた前髪の下にのぞく眉毛は細くしゅっとしており、睫毛が長い! 透明感のあるアクアグリーンの瞳は静謐さをたたえ、通った鼻筋の下には、撫子色の唇。肌は透き通るような白さで、父親似のすらっとした高身長だ。
瞳と同じアクアグリーンの上衣とズボン、シャツはシルバーホワイトで、ターコイズ色のタイには、繊細な銀細工のアクセサリーが飾られている。ベストはリーフ模様が織り出されたカットベルベット。
ローグ伯爵が中心となり、両家の挨拶が始まった。
セントは落ち着いた低めの声をしており、ただそれだけでなんだかエロい。
“麗しの美青年”で声がエロいなんて……。
大変な逸材が登場してしまった。
さらに彼は社交的だったジョルジオに比べ、とても落ち着いている。
軽薄な感じがなく、どっしりと構えた感じが、一緒にいると安心できそうな気がした。
しばらくはマルグリット公爵夫人も含め、軽食をつまみながら、皆での会話となる。
ローグ伯爵がまるで司会者のように、まんべんなく皆に話をふってくれるので、聞き役に徹することなく、適度に話し、話を聞くことができた。さらに頃合いを見計らい、こんな提案もしてくれる。
「マルグリット公爵夫人。植物園には素敵な温室が併設されているとお聞きしたのですが」
「ええ、そうですのよ、ローグ伯爵。世界の様々な植物を集め、季節を問わず、楽しめるようにしましたの。常時温暖ですので、花が咲き誇り、とても美しいので……。どうかしら、セント様とチェルシー様でお散歩をされては?」
マルグリット公爵夫人が、セントと私を見て微笑む。
私の両親も「ぜひ見に行って来ては」と勧めてくれる。
「そのような素晴らしい温室があるのでしたら、この美しいレディをご案内した方がいいですね」
セントはあのエロい声でそう言うと、ソファから立ち上がる。
温室に誘うための言葉なのに。なぜだか寝室へ誘われているような声音に聞こえ、ドキドキしてしまう。
「さあ、レディ、わたしの手に」
ドキドキしながら、セントの手に自分の手を乗せ、ソファから立ち上がった。