工房
ジョルジオとの顔合わせがうまくいけば。
彼とその家族は、水の別荘にそのまま滞在し、その日の夜は、彼らと共に晩餐会の予定だった。
だが、顔合わせは失敗に終わる。
私からなぜジョルジオを断ることにしたのか、その理由を聞いた両親は、異を唱えることはなかった。それどころから両親からマルグリット公爵夫人に、お断りの理由を説明してくれた。
一方のジョルジオとその家族は……。
ジョルジオは最後まで「私はチェルシー様を正妻として心から愛するつもりだったのです!」と主張し、彼の両親が「本当に息子が血迷ってしまい、申し訳ないです」と頭を下げ、ゴンドラに乗り、別荘から去っていった。
結果、この日の夜の夕食会は、なんとも辛気臭いものになってしまった。
すると食後、部屋に夫人からメッセージが届いた。
「チェルシー様。本当に申し訳なかったわ。まさかジョルジオ様が二十三人も愛人を囲うことを宣言するなんて。想定外でした。どうか、気を落とさないでください。明後日、ローグ伯爵がいらっしゃいますから。気持ちを切り替え、前向きに参りましょう! そうそう、明日は別荘の敷地にある工房に案内しますわ。きっといい気分転換になりますから、朝食の後、ゴンドラ乗り場で待ち合わせしましょう」
このメッセージには、確かに励まされることになる。
そうよね。
ジョルジオとは、とんでもない結果になった。
普通ならこれで心に傷を負い、しばらくは鬱屈とするかもしれないが……。
明後日。
“麗しの美青年”と呼ばれる、ローグ伯爵がやってくるのだ。
彼に関しては、その美貌が取り沙汰されるが、浮いた話は……ないっ!
ジョルジオのように、数多の令嬢との浮名というのが、一切ないのだ。
本人はその美貌でモテる。
なんならジョルジオよりモテる。でも浮いた話はない。
それはつまり、身持ちが堅いということ。
愛人を囲うつもりなどないはずだ。
これは……期待できると思う。
ということでこの日は、ジョルジオのことを頭からシャットアウトし、眠りについた。
◇
翌日。
ジョルジオのことを頭から追い払うことで、ぐっすり眠ることができた。
おかげで清々しい晴天と共に、気持ちよく目覚めることができたのだ。
朝食は水路が見えるダイニングルームでとることになった。
少し開けた窓からは、鳥のさえずりも聞こえ、実に爽やか。
焼き立てのパンも、新鮮な卵で作られた卵料理も、採れたての野菜も。
本当に美味しかった。
「それでは工房をご案内しますわね」
今日のマルグリット公爵夫人は、白地に青い水玉の、実に若々しいドレスを着ている。
私はというと、ラベンダー色に白の縦縞模様のドレスに、白い帽子をあわせていた。
父親は明るいブラウンのスーツ、母親はレモンシャーベット色のとドレスを着ている。
最初に案内されたのは時計工房。
懐中時計、鳩時計、置時計などが壁や棚にズラリと並び、テーブルには木や金属、様々な工具が並んでいる。最近、この工房で作り始めたのが、女性がオシャレの一環でつけるブレスレットタイプの時計だ。ただ、視認性や精度を高めるのが課題だという。
「この工房で作られた時計は、王都の時計店に卸していますのよ。水の別荘シリーズと言われるラピスラズリやターコイズを埋め込んだ懐中時計が、人気なんですの」
マルグリット公爵夫人が見せてくれたゴールド、シルバー、真鍮製の懐中時計はどれも美しく、贈り物でも喜ばれそうだった。
次に案内してもらったのは靴工房。
ここには壁に置かれた棚に、沢山の木型が並び、様々な色、材質の革が、巻物ように置かれている。この工房では、男性の革靴を専門に扱っていた。隣の工房では、女性のヒール靴を扱っている。共にオーダーメイドで靴の製作を行っているという。
「一度、この工房に来て、採寸して作った木型は、3年間保管していますのよ。もし気に入っていただけたら、郵送でオーダーもできるようにしたの。今は地方領の貴族も、顧客になっていますわ」
通販の先駆けのようなことをしていることに、驚いてしまう。この工房で腕を磨き、王都で店を持つ職人も多いのだとか。
その次に案内されたのは、被服職人が働く服飾工房。
もうそこは入った瞬間からテンションが上がる。沢山のミシンにカラフルな生地、レースやフリル、刺繍、色とりどりの糸など、見ているだけでワクワクしてしまう。
「東方から伝来した着物の生地が、最近は人気ですのよ。シルクで出来ていて、柄や模様が独特なの。ここの工房では、ドレスの一部に取り入れたり、ベストやカバンに、その着物の生地を取り入れていますわ」
そう言われて見せてくれた着物生地は、流水文様、七宝、蝶、桜などオリエンタルな柄ばかり。確かにこれがドレスに使われていたら、目を引くだろう。
そんな感じでクラフト系の工房を案内してもらっていると、お昼になった。そうなると当然だが、食べ物系への工房へ案内される。チーズ工房で、ピザを食べさてもらい、燻製工房で、スモークサーモン、スモークチーズ、厚焼きベーコンをいただいた。コーヒー工房では引き立てのコーヒーをいれてもらい、そのコーヒーを手に、水路のそばに置かれたベンチに座り、一息つくことになった。