二十四人
ジョルジオは、社交的で気遣いもよくできる。魅惑の美男子として、多くの令嬢が彼に心惹かれるのも、納得だった。かくいう私もこの短い時間で、彼のことを好ましく感じていた。
下衆男爵のおかげで、見知らぬ男性と二人きりは、勘弁と思っていたのに。それさえ払しょくするぐらい、魅力を感じさせる男性――それがジョルジオだ。
その彼がこの縁談を進めるにあたり、私に話しておきたいことがあるという。
何かしら?
少し緊張しながら彼を見ると。
「大丈夫ですよ、チェルシー様。そこまで重い話ではありませんから」
「は、はい」
ジョルジオはグラスのシードルをごくりと飲むと、こう切り出した。
「私は自分のことを愛してくれる女性を、心から幸せにしたいと思っています。注いでくれた愛情分。いやそれ以上の愛をお返しし、愛してあげたいと思うのです」
これは……未来の愛妻家宣言かしら?
「現状、二十三人です」
「……?」
「いえ、正確には本日、チェルシー様が加わり、二十四人になりました」
これには何のこと?と固まり、言葉が出ない。
「この国は一夫一妻制です。よって結婚できる相手はお一人。でも私は、二十四人の私のことを心から愛してくれる女性たちを、幸せにする必要があります。そのためには、財力があることが必須。我がデーツ子爵家の財産では、養えてせいぜい三名が限度。でもバークモンド公爵家なら、地方にお持ちの領地に加え、代々引き継ぐ財産、バークモンド公爵が手掛けられている幅広い事業があります。二十四人の女性を、きっと幸せにすることが可能でしょう」
ジョルジオは実に嬉しそうにほほ笑み、グラスに口をつける。
「私の愛に差異はありません。それでもチェルシー様は別格です。ゆえに、私の結婚相手、正妻。それはチェルシー様です。二十四人の私の愛する女性の中で、チェルシー様が最優先されます。舞踏会や晩餐会。式典や行事。私がエスコートするのは、たった一人の妻であるチェルシー様です。どうです? これであれば何も問題ないですよね?」
問題ない……?
いや、そんなことはない。
問題ありまくりでは!?
白い歯を見せ、実に朗らかな顔をジョルジオはしているが、今、彼はとんでもないことを口にした。
私が結婚相手で正妻? では残りの二十三人は愛人??
自分を心から愛する二十四人の女性を幸せにしたい?
バークモンド公爵家の財で、愛人二十三人を養うつもりだと、ジョルジオはのたまった!
そんなこと、受け入れられるわけがない!
二十三人も贅沢を求め、着飾ることを好む令嬢を養ったら、すぐに破産だ!
というか、ジョルジオ、とても素敵に思えたが……。
却下だ、無理だ、ありえない!
せっかく。
せっかく!
初めて顔合わせができたと思ったのに。
しかもジョルジオは性格もよく、容姿も素晴らしく、最高の婚約者を見つけたと思ったら……。
断罪回避と生きるために。
アレクサンデル王太子との婚約を回避するため、別の相手と婚約し、結婚することを考えている。
婚約し、結婚は、このジョルジオとならできるだろうが……その後の結婚生活が、成り立たない!
遅かれ早かれ、金欠となり、路頭に迷うことになる。
しかも多額の借金を抱え、両親にも迷惑をかける未来しか見えない。
いくら自分の生存がかかっているとはいえ、両親に迷惑をかけ、バークモンド一族を崩壊させるような相手との婚約や結婚は、ダメだ。
「チェルシー様、ご理解いただけましたか?」
ジョルジオは嬉しそうにリンゴのお酒を飲み干し、私に尋ねる。
この引きつった表情を見て、分からないのかしら。
理解できたか? 理解なんてできるわけがない!
叫びそうになるのを堪え、口を開く。
「ジョルジオ様の恋愛観、その志は理解できました。理解できましたが、それを受容できるかというと、無理です」
「えっ!」
え、ではないだろう、え、では!
多くの令嬢が同じ反応をすると思いますが!!!!!
「そもそも私は、一人の殿方から、オンリーワンで愛されたいのです。夫となる男性の愛情は、妻だけに向けていただきたいと思うのですわ。二十三人もの女性と、夫の愛を分け合うこと、私では無理です」
「そんなことはないと思います。心優しいチェルシー様なら、寛容のお心をお持ちのチェルシー様なら、きっと大丈夫です」
プチンとキレそうになるが、なんとかこらえる。
「いえ、無理です」
「そこをどうにか」
「絶対に無理です」
「そう言わずに」
「無理です!」
しばらくは不毛な押し問答が続いた。
もう怒り心頭の私は、ゴンドラを降りたい気分になっていた。
そこでギロッと船頭を見ると。
彼はビクッと体を震わせ、慌ててゴンドラを漕ぐ手を、忙しく動かし始める。
「私のこの素晴らしい考えに、チェルシー様なら同意いただけると思ったのに……」
ジョルジオは、ゴンドラを降りる最後の最後までそんなことをのたまったが、私は聞く耳を持たず、そのまま両親の元へ向かった。
それから一時間後。
ガーデンパーティーが終わった後、私は両親に対し、ジョルジオとのこの先はないことを告げた。