奥の手
アレクサンデル王太子と婚約したくない。
彼ではない貴族と婚約しようと願っても。
ゲームのシナリオの強制力なのか、婚約相手が見つからない。
しかもこの世界の女性の結婚適齢期は、おおむね23歳ぐらいまで。
そして私は21歳。
15歳から婚約者探しを始め、6年が経っている。
それで相手が見つからない。
あと2年で見つかるのかしら……?
何よりも。
アレクサンデル王太子はこの冬、18歳になってしまう。
そう。
ゲームの中では、彼が18歳になる冬。
チェルシーは彼と婚約しているのだ。
こうなったら……。
舞踏会に参加し、既成事実を作るしかないのではないかしら?
舞踏会に参加し、既成事実を作る。
いわゆる“既成事実婚”とこの世界で呼ばれるものだ。
しかしこれは、上流貴族では推奨されない方法である。
条件面では弾かれてしまう、下流貴族や容姿に自信がない貴族達の奥の手、それが既成事実婚だった。
つまり舞踏会に参加し、そこで知り合った男女が、婚約のためのプロセス「縁談」をすっ飛ばし、関係を持ってしまう。関係の証を示すハンカチを持ってして、強引に婚約に至るというものだった。
王族の婚前交渉はご法度。
でも貴族の、下流貴族や平民はそこまでを求められていない。ゆえに奥の手ではあるが、使う貴族は相応にいた。そうしなければ、延々と結婚できない貴族――特に令嬢は、未婚のまま修道院へ身を寄せることになってしまう。そうなるぐらいなら、気の合った相手と合意の上で既成事実を作り、結婚に至るというのは……そこまで悪くないシステムである。
とはいえ。
三拍子そろったチェルシーが、舞踏会で相手を見つけ、いきなり結婚に至るなんて。
せっかく前世の自分とは真逆の完璧令嬢なのに。
でも背に腹は代えられない。断罪され、断頭台送りになったり、一生牢獄に入れられ劣悪環境がたたり病死したり、国外追放され野垂れ死ぬよりは――ましなはずだ。何せ、生きていられるのだから。
でも、両親にそれを目的に舞踏会に行くと話せば絶対に止められる。
そこでこうすることにした。
舞踏会を使った既成事実婚は、広く貴族の間で知られているが、舞踏会=いかがわしい場、というわけではない。宮殿でも月に数回は舞踏会が行われている。そこには既婚者の上流貴族が健全な目的=社交で参加している場合が多かった。そこにごく一部、既成事実婚狙いの貴族が紛れ込んでいる。
宮殿以外の舞踏会では、既成事実婚目的の舞踏会も堂々と開催されている。でもそこに参加するのは、宮殿の舞踏会に参加しても、相手が見つからなかった時だろう。
宮殿で開催される舞踏会に、気晴らしで参加したいと言えば……両親も許してくれるはずだ。なにせ私が、既成事実婚を狙っているとは考えないだろうから。
私が既成事実婚を狙っているなんて両親は考えてない……。
ある意味、その両親を裏切ることになるのは心が痛む。
でも生存のためなのだ。
許してくださいと心の中で思う。
こうして私は宮殿で開催される舞踏会へ足を運ぶことにした。
◇
私が舞踏会へ行きたいと話すと、両親はあっさり認めてくれた。
認めてくれたのはいいが、父親がエスコートすると言い出し、それを断るには難儀だった。
仕方ないので既婚の伯爵夫人のいとこ・バーバラを誘い、彼女と舞踏会へ行くことが決まる。
ただ、バーバラには舞踏会の会場に着いたら、自由行動をお願いし、彼女はそれを快諾してくれた。私が未だ婚約者がいない身の上であることを分かっていて、舞踏会で男性と仲良くしたいと思う気持ちを汲んでくれたのだ。
男性と仲良く……まさか既成事実婚を狙っているとは、さすがのバーバラも思っていない。私になかなか婚約者ができない理由を、バーバラは私の両親が選り好みしていると考えてくれていたのだ。心優しいいとこである。
ともかくバーバラの協力を得て、舞踏会へ行けることになった。
久々の舞踏会。
ドレスは何を着ようかと迷うことになる。
最終的に選んだのは……。
クリーム色のドレスには、白の繊細なレースに加え、雨が降っているようにビジューが散りばめられている。ウエストベルトにはダイヤモンドが飾られ、とても洗練されたデザインだ。
白猫をイメージしたアイマスクには黄金で装飾が施され、とても上品な仕上がり。
髪をアップにし、しずく型のイヤリングとネックレスをつけると、馬車に乗り込む。
まさに清純なイメージに仕上がり、既成事実婚を狙っているとは……誰も思わないだろう。
そのまま伯爵家に立ち寄り、バーバラをのせ、宮殿へ向かった。
馬車の中ではバーバラと、王都の貴族の間で流行しているロマンス小説について話し、盛り上がっていたけれど。宮殿が近づいてくると、じわじわと緊張してきた。前世で私は、恋人いない歴=年齢だった。
悪役令嬢になることを回避するため、もうこうなったら既成事実婚しかないわね――と悟りを開いたようにしている。でもその実、本当にうまくいくのかと、心臓はバクバク、ずっと緊張状態が続いていた。
「ではチェルシー様。お互いに舞踏会を楽しみましょうね!」
馬車を下りたバーバラはすぐに仮面をつけると、慣れた様子で通路を進んで行く。既婚歴が長いバーバラは、舞踏会にも気軽に足を運んでいる。完全に馴れっこなのだろう。
一方の私は……。
既成事実婚に対する緊張もそうだが、舞踏会が久々過ぎた。昼間とは違う宮殿の煌びやかな雰囲気にも、圧倒されている。このまま会場となるホールへ向かうのは……。
舞踏会の開催にあわせ、庭園が解放されていた。
ホールに向かう通路沿いにある庭園のベンチで、少し気持ちを落ち着かせることにした。