魅惑の美男子
マグリット公爵夫人の発案による、ガーデンパーティーでの顔合わせ。
これまでにない縁談のスタイルであり、かつ初めて経験する顔合わせ。
やる気満々の私が、この日のために選んだドレスはこれ!
明るい色味のフラワードレスで、色は軽やかなラベンダー。
少し広めに開いた胸元を飾るのは、濃い目のラベンダー色の立体的な小花。
肩から羽織る透け感のあるヨークケープには、シャンパンゴールドの糸で草花模様が刺繍されており、特に後ろ姿が可愛らしい!
スカート部分にも、ケープと同じ素材・刺繍があしらわれたオーバースカートが重ねられており、優しくフェミニンな印象に仕上がっている。
おろした髪には、胸元を飾る小花と同じデザインの髪飾りを散りばめ、お化粧は柔らかい桜色のチークやルージュ、アイメイクはシャンパンカラーで、おしとやかにまとめた。
その結果、姿見に映る私は……まるで妖精!
これだけ愛らしいければ、“魅惑の美男子”も私に対し「ノー」ということはあるまい。
自信たっぷりで、ガーデンパーティーの会場となる庭園へと向かう。
マルグリット公爵夫人の提案に従い、扇子は手にしているが、アイマスクも仮面もつけていない。
「これは……」
庭園についてビックリ!
たっぷりの芝生の上に、まるで応接室が再現されている。
つまりは本来室内にあるようなソファとローテーブルが並べられ、応接室にありそうな調度品もおかれていた。
「まあ、チェルシー様! 先日の舞踏会とは別人ですわね。と~ても素敵ですよ!」
目にも鮮やかなターコイズブルーのドレスを着たマルグリット公爵夫人が、笑顔で迎えてくれる。そこに私の両親も到着した。父親はキャラメル色のスーツ、母親は卵色のふんわりドレス。
「こんにちは、皆さん」
明るい声に振り返ると、そこに“魅惑の美男子”と言われるジョルジオ・デーツがそこにいる!
プラチナブロンドの短めの巻き毛、瞳はサファイアのような深い青、鼻が高く、肉厚な唇は実にセクシー。なるほど。“魅惑の美男子”と言われるゆえんは、あの唇ね。
フリルの袖が見えているオリエンタルブルーの上衣とズボンには、金糸による華やかな刺繍が施されている。胸元のタイは明るい水色、ベストは偶然なのか、私を意識してくれたのか。淡いラベンダー色だ。
ジョルジオの両親も美男美女で、とても若々しい。母親は令嬢のようなピンクのドレスだが、それがよく似合っている。父親はシックな黒のスーツ姿だ。
「今日はガーデンパーティーですから、踊るなり、軽食を楽しむなり、お酒を飲むなり、おしゃべりするなり、ご自由に楽しんでくださいね」
マグリット公爵夫人のこの言葉で、庭園に集合していた音楽家の卵たちが、軽やかな音楽を奏でる。パン工房、お菓子工房の職人が、おいしそうなペストリーや焼き菓子を並べ、料理人は出来立ての軽食を運ぶ。
ジョルジオはメイドに声をかけ、皆にシャンパンの入ったグラスを配らせ、率先して乾杯の音頭をとる。そして私の両親にも気軽に話しかけ、自身の両親を紹介した。私の両親も彼に挨拶しながら、ジョルジオの両親にも声をかける。
マグリット公爵夫人は、この様子をニコニコと眺めながら、メイドに細やかな指示を出す。
ジョルジオがジョークも交えた会話を繰り広げることで、私たちはあっという間に打ち解けることができた。
この社交術はさすがだ。
しばらくは家族ぐるみで話していたが、ジョルジオは私をダンスに誘う。
勿論、応じて、音楽家の奏でる曲に合わせ、ダンスを始める。
しばらく踊ると、ジョルジオは嬉しそうに私に話しかけた。
「チェルシー様、今日はお会いできて本当に光栄です。あなたのことは社交界でいろいろな噂が飛び交っていましたが……。百聞は一見に如かずですね。縁談だからと、条件交渉から始めないでよかった。あなたの場合、絶対に顔合わせからスタートするべきですよ。会えばみんな、あなたと恋に落ちるでしょう」
「ジョルジオ様、お優しい言葉、ありがとうございます。そんな風に言っていただけること、とても嬉しく感じますわ。イレギュラーな手順に関わらず、受け入れていただき、ありがとうございます」
するとジョルジオは白い歯を見せ、笑顔になる。
「それはお互い様ですよ。私は数多の令嬢と浮名を流す“魅惑の美男子”なんて言われているので、条件面からスタートしたら、大変なことになります」
「まあ、そうなんですの?」
くるりと私を回転させると、ジョルジオは頷く。
「浮気禁止、不倫禁止、不貞禁止……。条件というより、禁止事項のオンパレードになりそうです」
これにはもう、笑ってしまう。
「でも今回は逆かな」
「逆?」
「ええ。私がチェルシー嬢に対し、舞踏会には夫同伴でのみ参加可能、お茶会には必ず夫を同伴すること、晩餐会や夕食会は必ず夫と参加する……そういった条件を盛り込むよう、私が言ってしまいそうですよ」
「まあ、そんな!」
ジョルジオは快活に笑い、そしてダンスが終わった瞬間、私に囁く。
「二人きりになりたいので、ゴンドラに乗りませんか。この別荘の周囲をぐるりと回るコースがありますから。二人きりと言っても、船頭がいます。悪いことはできません」
そう言うと、完璧なタイミングでウィンクをした。